第15話

ガリューさんに『西へ逃げろ』と言われた私は、どちらかというと東側にある自宅へと寄り道せずに移動した。。

途中に見た家々は、倒壊していたり延焼していたりとそれはそれは酷い有様だったが、幸いにも私の家周辺は無事にそのまま残っている。

まぁ、火の手は結構すぐ近くまで迫っているから、あまり猶予はないのだが……。


家に泥棒などは入らなかったようで、家具も荷物もランニングに出る前の状態のまま、何も変わっていない。

つい最近母親の荷物整理ついでに家の物を整理したので、どこに何があるかは完璧に分かっている。

革の袋に残っている芋や小麦などの食糧を手早く入れて、タオルや着替えも入れる。

お金は……これも袋に入れておくか。

落とすと勿体ないし……。


さて、これで荷物はまとまった。

……これからどこへ行くべきなのだろう?

今更だが西へ向かった方がいいのだろうか?

西には何があるんだろう……。

ただモンスターがまだ来ていないから西へ行くのかな?


そんなことを考えながら家から出る。

火がこちらに来るまでまだ少し余裕がありそうだ。

一応忘れ物がないか振り返って確認すると、入り口の横に置いてあった、ガリューさんから貰った木剣が目に入った。


木剣か……。

まぁ、しばらく持っていてもいいかな。

素振りには使えるんだし。


革の袋を左肩にかけ、右手には木剣を持ち、とりあえず西に向かって移動を始める。


ほぼ毎日走っていた道が、こんな感じになるとはなぁ~……。

モンスターがいる世界なので、こういうこともあるのだろうと、頭では分かっているのだが、実際に見慣れた街並みの家々が、燃えたり崩れたりしているのを目にすると、何とも言えない気持ちになる。

怒ったり悲しんだりはしていない。

ただなんと言えばいいのか、諦めに近い無力感を感じる様な……?

まぁ、現実ってそんなもんだよね。

転生前も色々なことを諦め・妥協し・受け入れながら生きていたのだ。

本当に自分のやりたいことを見つけたときに諦めなくて済むように、この世界では生まれてからずっと努力を重ねてきたつもりだ。

それでも母親は死に、父親はクソで、街はもう崩壊する……。

こんなのもう笑うしかないよね。


笑いながら歩いていると、モンスターが飛び出してきた。

見たところ大きな熊型モンスターなのだが、な~んか違和感がある。

既に私の存在を認識している様なので、落ちていた瓦礫をコントロールし、顔面へと射出した。


……命中はしたけど全然余裕そうだな。

まぁ、あれだけの大きさだし、打たれ強いのはまぁ分かる。

あの熊が踏んでいた木材……踏んでいた箇所だけ黒く肉球の形に焦げてない?

炭の上を歩いてきたのかな~?


今の実力ではあまり相手にしたいモンスターではなかったので、魔法による筋力強化を全開にして、その場を離脱した。

私は英雄でもヒーローでも救世主でもない。

面倒な敵を相手に、遠慮なく逃げる選択肢を持っている。

最近だけで、今まで生きてきた中で得ていたほぼ全てのモノを失ったけど、今の私は非常に自由な存在なのだ。

自由だからウサギの魔物にすれ違い際木剣のフルスイングを叩き込んじゃう。

……やっぱ木剣じゃ軽すぎて駄目だな。

どっかでまともな武器を調達しないと……。


鍛冶屋には縁がなかったので、店の位置が分からない為、武器の調達は後回しにして移動した。

筋力を強化しているので西の城門まですぐに着いた。

城門前は大変な混雑となっている様だ。

この街に戻ったときに、城門の前で喧嘩をしていたモンスターを見て、『やっぱり知能の低い生き物は馬鹿だな~』なんて思っていたが、人間も大差ないようだ。

喧嘩に荷崩れに転倒をきっかけに発生した将棋倒し……。

私は賢いから城門を飛び越えて街の外に出るとしよう。


「ウィル!無事だったか!」


……またガリューさんだ。

まぁ、『西門に行け』と言ったのはガリューさんなので、ここにいること自体は不思議ではないのだが、これから自由を手にした私が大空へ飛翔し、城門を越え街の外へと落下していくところだから邪魔しないで欲しい。


「何か用?」


「え……?あ~……その荷物はどうしたんだ?」


「家に戻って最低限持ってきた。」


「……モンスターは大丈夫だったのか?」


「走って逃げ切れるから問題ない。」


「……そうか。でも危険だから、自分からモンスターに近づくような真似はやめた方がいいぞ。俺はこの後、西の方にあるイサドの街に向かうんだが、ウィルも一緒に来るか?うちの家族も先に向かわせてる。」


「その街の名物は?」


「……今大事か?それ。」


「正直どこででも生きていけそうだし、どうせ行くなら楽しめるところに行きたい。」


「……想像以上に逞しいというか、だいぶ変わったやつだったんだなぁ……。」


ほら、遠い目をしてる暇があったら情報を教えるんだよ!

その『イサド』って街の名物や特産品、近くの観光地なんかの情報を寄こすんだよ!

というか……


「ここからイサドの街まで歩いてどのくらいかかる?」


「今から出ても夜には着くぞ。」


「モンスターが追ってきたら?」


「スタンピードで暴れているモンスターがしつこく人間を追い掛け回した話は聞いたことがねぇな。少し追って来ることはあっても、逃げればすぐに興味を失って他の方へ行くし……。」


「へ~。ここにいる人全員がイサドに向かうのかな?」


「親戚が途中の村に住んでいるとかでなければだいたいはそうだろうな。他の街は少し遠いし……。」


他の街は遠いのか~……。

じゃあとりあえずイサドに向かってもいいかもね。

ま、ガリューさんと一緒に行く気はないが……。


「それじゃあ先に行くよ。機会があればまた会えるといいね。」


「いや、方向が同じなら一緒に行けばいいんじゃないか?」


「ついて来れるのなら別に一緒でもいいけど、無理だと思うよ?」


「子供のくせに随分と強気な発言だな。それじゃあ競争するか。」


「いいよ。……この石を地面に落とすから、石が地面に触れたらスタートね。」


「分かった。」


という訳で身体能力をそこそこ上げて、指でつまんでいる石ころを離す。

石ころは体感非常にゆっくりと落ちていき、地面に着いた。


地面に石ころが着いたのを確認できたので、私は1歩で城門の上へと跳び、もう1歩で位置調整、次の1歩はミサイルになるつもりで全力で遠くへと跳んでみた。

あ、結構風がヤバいかも……。

全力で移動するなら、空気抵抗を減らす魔法が欲しくなるな……。

魔力を体の表面に薄く纏わせて、空気をするりと後ろへ逸らす感覚で……。

……出来たんじゃない?

ちょっと魔力の残量が半分を切ったような感じだけど……。


靴を壊した前例があるので、足が地面に設置する際には非常に気を使い、止まったり滑ったりするのではなく、勢いを一切殺さずに軽く地面を蹴って跳ねるように前へと移動していく。

感覚的にはパ抜きのケンケンパをしているだけって感じ。

見た目的には、いくつかのゲームで使っていたバニホの様な動きだ。

これ、現実でも結構便利な技術だよ。

足先だけで跳べるだけの力と、態勢を崩さないバランス感覚が必要だけど……。


当然ながらガリューさんの姿はどこにもないが、勢いを出来るだけ維持したまま、イサドの街があるらしい西へと向かって、バニホで移動していくのだった。




SIDE:ガリュー




「一瞬で行っちまったなぁ……。やっぱり魔法が使えたのか。」


街で避難誘導をしていた時、モンスターに囲まれて絶体絶命って場面でウィルの姿を見つけてしまったときは心から神に祈った。

いくらなんでも、5歳の子供がモンスターに襲われたら無事で済むはずがないからだ。

だから叫んだ。

『今すぐ西の方に向かって逃げろ』と……。


大声に反応してモンスターが飛びついてくることも考えていたのだが、返って来たのはウィルの『分かった』という短い返事だけだった。

そしてそのままウィルは走って行ってしまった。

素直に指示を聞いて即行動してくれるというのは非常にありがたいことだと思う。

でも普通はもう少し迷ったりする時間とかあると思うんだよなぁ……。


その場から動けないまま(なんとか住人だけでも逃がそう)と覚悟を決めた時、見つけたのはモンスターの下で広がっていく血だまりだった……。

よくよく観察してみると、地面から太い槍の様なものが生えていて、全てのモンスターの首の辺りへ突き刺さっていた。

この時、(助かった)という安堵と共に、(これをやったのはウィルなのではないか?)という疑問が湧いていた。

そして今、一瞬で城門の上へと跳んで行ったウィルを見て、モンスターを魔法で倒したのはウィルだと確信した。

まず間違いないだろう……。


……『逃げろ』と叫んだのは俺だが、モンスターを倒しているのなら教えてくれてもいいんじゃねぇか?

絶対わざと言わなかっただろ……。

思えばウィルは、1人で行動してることが多かったからなぁ……。

一緒に行動したくないから、死んだモンスターを前に動けない俺を置いて、さっさと行ってしまったんだろう。

……そういえば『家に戻った』って言ってたな……。

俺の言うこと、素直に聞いてねぇや……。


……面白い子供だ……。

剣の才能もあって、魔法の才能もある。

クラリサはほぼ毎日仕事に出ていて、子育てをする暇などあまりなかったと思うのだが、どうやったらあんな子が育つのだろうか……?

そういえばリグ……実はこの辺り一帯の領主だったリゲルの子供でもあるのか……。

……『貴族の血』という奴だろうか?

眉唾もので信用していなかったが、『貴族の血』を強くひく者は類稀なる才能を持っているなんて話がある。

教育をまともに受けていたとは思えないウィルがあれ程の力を持っているのを見ると、案外見当違いの話ではないのかもしれない。


「ガリューさん!」


城門を出たところで声をかけられた。

見ると傭兵ギルドで何度か指導をしたことのあるパーティーがいた。

確か数日前から農村の畑を荒らしているモンスターを狩りに街の外へ出ていたな……。

ちょうど今日街に帰って来て、北門の状況を見て、避難の候補先として有力なイサドへと向かう為の西門へと、街の外を回り込んで来たところなのだろう。

とりあえず無事な様で安心した。


「無事だったか。」


「私たちは今戻って来たところですから……。……スタンピードですか?」


「あぁそうだ。チラッと遠目に見かけただけだが、街の中にバーニングベアがいた。何の対策も無しに狭いダンジョンであいつと会えば、領軍の兵士だろうと長くは持たないだろうな。恐らくダンジョンで全滅したんだろう。」


「……子供は見かけませんでしたか?」


「……子供?」


「はい……。実は今朝、街へ戻る途中で5歳くらいの子供を見つけて……。『トスターの街に戻る』と言っていたのですが、もの凄い速さで走っていっちゃったので……。無事だといいんですが……。」


……ウィルだな。

なんとなくそう確信した。

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