第13話
陽も完全に沈んでおり、月明かりもほとんどなく、周囲の状況が見渡せない暗闇の中。
魔法で懐中電灯の様な明かりを再現し、私はのんびりと平原を歩いていた。
モンスターどころか動物1匹すら見当たらないが、今後街の外で生きていく場合、この様な状況の中でも食べるモノを見つけることが出来るのだろうか?
少しだけ心配になった。
暗闇での問題は2つ。
『明かりを当てているところしか見えないこと』と『複数の魔法を同時に扱う技量がないこと』だ。
……冷静に考えれば暗視出来れば解決するな。
筋力の様に魔法で視力を強化できないだろうか?
とりあえずやってみる。
魔力を眼の奥、視神経に働きかけるように集中してみると、不意に周囲が明るくなったような気がした。
空を見上げても雲に変わりはないので、月明かりで明るくなったわけではない。
無事に暗視出来るようになったみたいだ。
暗視というとナイトビジョンスコープの様に緑がかった視界になるイメージだったが、少し白っぽい気はするが普通に明るく……。
やっぱ魔法ってイメージに寄るんだな、緑がかった視界にもなるのか。
とりあえず緑がかった視界から、普通に明るくなっただけの視界に戻す。
良く見えるようになっても相変わらずモンスターも動物も見つからないが、先ほどまでよりは足取りが軽い。
やはり懐中電灯程度の明かりじゃ見える範囲が狭いから、歩く速度を無意識に抑えていたのだろう。
正直そろそろ眠気も感じているが、今日はどこまで歩こうかな?
……眠気って魔法で何とかなるのかな?
……やめておこう。
体を大きく成長させるためにも睡眠は凄く大事。
下手に眠気を抑えて活動する習慣を身につけたら、将来身長が伸びなくて困ってしまいそうだ。
モンスターのいるこの世界では強さが大事。
強くなるのに体が大きいと凄く有利。
よって、出来るだけ大きく成長できるように努力しないといけない。
……もう今日はその辺で寝ようかな?
お、少し先にポツンと1本木が生えてる。
あの根元で寝てれば馬車に轢かれる心配もないだろう。
トスターの街まで子供の足2日か3日か……。
筋力強化の反動も確かめたいし、明日はちょっと走ってみようかな?
そんなことを考えながら歩き、道から少しズレた位置にあった木の元へと着いたので、今日は眠ることにした。
木にもたれかかるようなことはしない。
普通に大の字に寝転がり、一面薄い雲のかかった夜の空を眺め、すぐに意識が落ちた。
翌朝。
ここからは見えないが、既に朝日は昇り、周囲が明るくなり始めた頃。
人の話し声や馬車の揺れる音が聞こえ、目が覚めた。
寝ていた体を起こし、体の調子を確かめてみるが、地面で寝たというのに体の感覚は凄く良い。
どこでも寝れるって、結構良い才能なのではないだろうか?
流石に昨日から何も食べていないので結構な空腹感を感じるが、食べ物を探すべきか、街へ帰ることを優先すべきか……。
とりあえず、動くには問題なかった。
魔法で出した水を飲みながら音の聞こえてくる方を見てみると、統一感のない装備の方々に、2頭の馬が引いている少し大きな荷馬車。
荷馬車には屋根がなく、そこには非常に大きな鹿の死体が乗っているのだった。
恐らくあの人たちは傭兵ギルドのメンバーだろう。
探索者ギルドはダンジョン関係の仕事しかしないので、街から離れた位置でモンスターを狩るのは傭兵ギルドくらいなのだ。
まぁ、この辺にダンジョンがあって、街へ帰る前に小遣い稼ぎとしてあの鹿を狩った可能性もなくはないが……。
まぁ、傭兵ギルドで間違いないだろう。
さて、私がこうしてあの人たちを観察出来ている様に、向こうからも私の姿は確認できる。
特に私は、ポツンと立っている木のすぐ近くにいるから目立つのだ。
当然ながら傭兵ギルドの人達に見つかり、傭兵ギルドの人達は歩みを止めた。
私は寝起きの為ボーっと傭兵ギルドの人達を見ており、傭兵ギルドの人達は私の姿を凝視している。
私たちの間に、非常に静かな時が流れた……。
流石に沈黙は長くは続かない。
傭兵ギルドの人達は、仲間内で軽く言葉を交わした後、2人がこちらへと歩いてきた。
1人は大柄な男で背中には非常に大きな大剣を背負っている。
あと顔が怖い。
もう1人は腰にナイフを差しているだけの、軽装な女性だ。
顔は怖くない。
こんな感じの2人組みに質問されることをなんて言うんだっけ?
……『悪い警官と良い警官』?
そんな感じだった気がする。
確か1人は相手をこき下ろすように接して、もう1人は優しく寄り添うように接するんだったよな~。
海外ドラマの尋問で使われていた手口だった気がするけど、あんまり覚えてないや。
「こんなところで何をしているの?君1人?」
やはり最初は女性の方が話しかけてきた。
私がまだ小さい子供だからだろう。
「寝てただけだから気にしないで。」
「『寝てた』って……こんなところで?お父さんかお母さんは?」
「いないけど?」
「……そう。行く当てはある?」
「トスターの街に戻るとこ。」
「それなら一緒に行きましょう。私たちはトスターの傭兵ギルドに所属していて、トスターの街へ帰っている途中なの。」
……どうしようかな?
今日は筋力強化しながら走る予定だったし、たぶん私一人で移動した方が圧倒的に速く街に着くと思う。
ただその場合、流石に途中で食料を調達から処理・調理までして食事をとらないと、流石にエネルギーが持たないだろう。
結構な空腹だろうと動くことは問題ないが、パフォーマンスは落ちるのだ。
移動プラス食材調達&調理しての食事の時間を考えたら、正直どっちが先に街へ着くのか分からない。
安定しているのは間違いなく一緒に行く方がいいんだろうなぁ~……。
「1人で帰るよ。途中で食べ物を調達しないと、お腹が空いて動けなくなりそうだし。」
「……もしかして、何も食べてないの?食料には余裕があるから、食べるまでは一緒に移動しない?」
……それは魅力的な提案だね。
この人たちが人攫いの可能性は捨てきれないけど、私は結構お腹が空いている。
食べ物を貰って食べたら、人攫いでなければ先に帰って、人攫いなら処分しよう。
そんな訳で普通よりも硬めのパンと干し肉を貰い、荷馬車の隅っこに乗せて貰えることとなった。
のんびりと座りながら食べているのだが、さっきの女性以外の人たちが話しかけてきて若干面倒臭い。
でも大剣を背負った顔の怖い男は一言も話してないんだよなぁ……。
まぁ、世の中にはいろいろな人がいるということなのだろう。
そういえば1つだけ傭兵の方々に聞きたいことがあったんだ。
「傭兵ギルドって何歳から入れるの?入るのに試験とかある?」
「なになに?傭兵になりたいの?傭兵ギルドに入るには一応試験があるよ。と言っても、軽く模擬戦をして実力を測るだけだけどね。一応年齢に決まりはなくて、何歳でも入れることになっていたはずだけど、試験を突破して入ってくるのは若くても12歳とかかな~?」
……ほぉ。
探索者ギルドも似たような感じなのだろうか?
何歳でも入れるのなら、私も入って生活費を稼ぐくらいならできるのではないか?
まぁ、入ることは出来ても、年齢を理由に仕事を受けさせてもらえない可能性はあるが……。
……さて、聞きたいことは聞けたし食べるものも食べた。
私はそろそろ走ろうかな。
ちゃんとお礼だけは言っておこう。
荷馬車から降りて、食べ物をくれた女の人の方へ移動する。
「あら、もう食べたの?お腹はいっぱいになった?」
「なった。食べ物ありがとう。……それじゃあ、先に行くね。」
「……そう、気を付けてね。」
「待て。」
……大剣を背負った顔の怖い男が喋った~!
さっきまで一言も話してなかったのに、何の用だろう?
「これを持って行け。街の外で襲ってくるのはモンスターだけではない。人間の賊にも気を付けるんだぞ。」
そう言って差し出されたのは1本のナイフ。
1度鞘から抜いて確認した感じ、明らかに戦うときに使用することを考えて刃が作られている。
……これは今後末永く使える武器なんじゃないかな?
勿論お手入れをちゃんとすればの話だが……。
「ありがと。」
「ナイフを持っているからと言って無暗に戦うなよ。モンスターだろうと賊だろうと、逃げられるのなら逃げるべきだ。」
「分かった。」
モンスターは出来れば狩りたいのだが、ナイフを貰う以上、素直に返事をしておく。
言ってることは正しいと思うからね。
……あの街だけではなく、この世界全体で顔の怖い男の方が優しい気がするな……。
まぁ、いいや。
「それじゃあ行くね。」
「あぁ。」
という訳で、全身を魔法で強化してから走り出した。
……やっぱりなんか違和感があるな。
全身を強化中は時間の感覚が遅くなるのか?
体に異常は……やっぱり心臓の動きが凄く激しくなっている。
そういえば心臓って筋肉から作られていたっけ?
全身を強化するやり方だと、筋肉の塊である心臓にまで効果が及んでいるのだろう。
だけど魔力って心臓の辺りを中心に流れているんだよな~。
腕や足みたいに、魔力の流れや量をコントロールするのが非常に難しいというか、全身どこに魔力を流すとしても、必ず心臓には魔力が流れることになる。
どうしたものかな……?
魔力を一部に集中させて魔法を使うより、全身から一部だけを除外して魔法を使う方が圧倒的に難しいんだよな~。
となると複数種類の魔法を使うとか……?
手足には筋力強化、心臓周りには……回復魔法でも掛けていればいいんじゃいいんじゃないかな?
道をなかなかの速度で爆走しながらも、全身の筋力強化を維持しながら心臓付近にだけ違う魔法を発動させようと努力してみる。
……完全に不可能という感じではない。
ただ半端なく難しい。
これが出来れば、体の外に魔力を放出して使う魔法も、複数種類同時に使えるようになるのではないだろうか?
(あ、いけそう……。)
そう思った瞬間、私の体は盛大に少し斜め上へと吹っ飛んだ。
普通に走っていたつもりでも、余りにも速度が速かったため、1歩1歩の歩幅の長さが半端ないことになっていたのだ。
その状態で急に時間の感覚が戻った結果、自分の1歩に対して一切反応が追い付かず……。
結果、認識が追いつかない程の速度で走り幅跳びをするような形となり、私の体は15メートル程の距離を跳んだ。
『魔法を使っての高速移動中、絶対に心臓付近の魔力強化を解いてはいけない。』
迫る着地を認識しながら、その結論をしっかりと頭に刻み込むのだった。
とりあえず、この状態ではまともに着地することは不可能だろう。
現状取れる選択肢は非常に少ない。
仕方がないので、着地した後はスライディングをするような形で、地面の上を滑ることにした。
地面に足が接地。
無理に止まろうとはせず、次の1歩を低く跳ぶようにして、土の上を滑りながらブレーキをかけていく……。
……何十メートル滑ったのかは分からないが、なんとか無事に停止することが出来た。
まぁ、流石に無傷とはいかなかったが……。
足のあちこちに出来てしまった擦り傷は魔法で治せるので問題ない。
靴が地面で削られた結果壊れてしまったのだ。
薄っぺらい革で作られた靴だったが、母親が買ってきてくれたものだし、履き心地も良かったから結構気に入って使っていたんだけどなぁ……。
起こってしまったことは仕方がない。
足の傷を治しながら、靴を手に取って状態を確かめてみる。
見たところ革自体は少し擦れただけで、穴が空いたりはしていない様だ。
革を縫っていた糸が切れてしまっただけみたいだし、難しいかもしれないが、これなら自分で修理できそうな感じかな?
そう思いながら靴とナイフを手に持ち、裸足で再び走り出す。
昔は裸足で歩き回っていたのだ。
裸足で走ることに対して特に抵抗はない。
先ほどまでよりも少し控えめに全身を強化し、しばらく走った結果思っていたよりも早く見えてきた街は、遠くからでも分かる程燃えていた。
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