第12話
「食事をお持ちしました。」
部屋の扉をノックされた後、そう宣言され、私が返事をする前に勝手にメイドさんが部屋に入って来た。
普通は中にいる人が許可するまで入らないものではないだろうか?
メイドの躾がなってないなぁ~。
それともこの世界ではそういうものなのだろうか?
とりあえずメイドさんが雑な手つきでテーブルに並べた料理を見てみる。
……とてもじゃないが、領主の家の食事とは思えない内容だ。
質素とかそういう訳ではなく、パンはカピカピパサパサボロボロで、スープやサラダには虫が浮き、小さいステーキ肉は完全に冷め切っている様子。
これはもう完全に喧嘩売ってるよね?
「これが誘拐してきた客人に出す食事?」
メイドさんに尋ねる。
「平民にはこれで十分でしょう。せいぜい味わって食べて下さい。」
……素晴らしい答えだ。
本当に……非常に素晴らしい。
これは別に皮肉ではない。
心から素晴らしい返答だと思った。
だって、一切手加減する気が無くなったのだから……。
私は椅子から立ち上がり、筋力を強化してメイドの腹に横蹴りを食らわせた。
ドアを突き破って廊下にまで吹っ飛んでいくメイド。
一応殺さないように手加減はした。
感情が薄い自覚がある私でさえ感じるほどのストレスを与えられたのに、一撃で殺してしまっては不完全燃焼となりそうだからだ。
あまり時間はないだろうが、出来るだけじっくりと甚振るべきだろう。
殺すのは……そこまでする必要はないか。
腹を手で押さえ、倒れたまま咳き込んで動けないメイドに近づき、さてどうするのがいいかと考える。
考えた結果、とりあえず左足首を踏みつけ、そのまま踏み潰した。
もっと骨の折れる音がするのかと思っていたが、案外『ブチュッ』という肉から血が吹き出す音の方が大きい。
そういえばこの世界の医療では、複雑骨折を綺麗に治せるだけの腕を持った医者はいるのだろうか?
宿屋で父親が襲われた後の怪我人への対応を考えると、二度とまともに歩けなくなったような気がする。
私は非常に優しいので、うるさく絶叫するメイドを魔法で外に流れ出た血液以外は元通りに治療してあげた。
そして次は右膝を踏み潰す。
この感触を言い表すなら……前世で気づかず床に落としてしまっていたクッキーを踏んでしまった時のような感触に近い。
足首とは違い、ひざの骨がそこそこ硬かったからだろう。
やっぱり私は非常に優しいので、大声で喚くメイドを元通りに治療し、左ひじ付近を踏み潰した。
……踏み潰す力が少し強かったのか、肘から先が外れてしまった。
でも大丈夫。
私なら元通りに治せる。
母親は死んでしまったが、死因は出血多量、体の傷は全て治した経験がある。
さらにはついさっきまで、自分の体を隅々まで事細かく観察し、人体に対する理解度が非常に高くなっている。
今の私なら、頭をじわじわと踏んで圧迫しながら、肘から先をつなげることだって出来ちゃう!
まぁ、腕を元通りに治した時点で人が大勢来てしまったけど……。
「ウィル!……何があった?その者に何かされたのか?」
領主も来ていたようでそう呼びかけてきた。
「この屋敷ではゴミを子供に食わせるの?平民はゴミでも食べてろってこと?嫌がらせとしてはベターだけど、ウチは貧乏だったから、食べ物を平然と粗末に扱うやつはぶっ殺したくなるんだよね。」
「な……ゴミ?いったい何が……。」
分かっていたことだがこの領主、何も知らない様である。
察しも悪いのでまともに相手をすると話が進まない。
こんなんでよく領主が務まるな……。
『領主が変わって好景気になった』って話を聞いたけど、この領主が優秀なのではなく、周りにいる人たちが優秀なのだろう。
領主を裏から都合のいい傀儡として扱っている者がいる可能性もある。
なんにせよ、こいつはゴミでクズだ。
……今更か。
「帰る。二度とその面見せないでくれる?迷惑だから。」
残念なことに、屋敷の出口は領主のいる方なので、脇を通るために近づく。
「ウィル!」
……近くで名前を呼ばれたから、思わず足払いからの回し蹴りをしてしまった。
まぁ、(一発全力でぶん殴ってやりたい)と思っていたし、別にいいか。
吹っ飛んだ領主は無視し、出口へと向かって進んでいると、美人さんも来ていた様だ。
「これで満足?」
「……えぇ、そうね。これからどうするの?」
「教えない。」
食事はこの人の指示なのだろうか?
食事に毒を混ぜて殺そうとするのではなくただの嫌がらせだったので、暗殺者を送り出してまで私を始末しようとは考えていないのだろうが、この人に今後どうするかを聞かれても話すつもりはなかった。
屋敷から出て街の中心部へ向かう。
非常に豊かな街だ。
道路の路面は綺麗に舗装されており、道路の脇には一定間隔で街灯の様なものが設置されていて、夜だというのに普通に出歩いている人が多い。
この辺りは治安がいいのだろう。
私のようにボロい服を着ている人は1人もおらず、ボロい衣服を着た小さな子供である私は非常に目立っていた。
道を歩いていたおっさんが声をかけてくる。
「おいガキ、ここはお前みたいなのが来る通りじゃねえぞ。トラブルになる前に、他の道に入った方がいい。」
……顔は怖いし口調は愛想も優しさもないおっさんだが、普通に私の身を案じて言ってくれている様だ。
せっかくなので質問する。
「『トスター』の街から誘拐されて来たんだけど、帰るにはどの門から出てどう進めばいいか分かる?」
「……はぁ?誘拐だと?……トスターへ向かうには南門から出て道なりに進めばいい。子供の足でも2日か3日あれば着くだろう。分かったらさっさと行け。」
「ありがと。」
やっぱり親切なおっさんだったようだ。
『誘拐されてきた』という相手と関わり合いたくないもんね。
塩対応なのは全然気にしない。
どの門から出てどう進めばいいのか教えてくれたのだ。
感謝すべきところは感謝しよう。
……ところで、南門ってどっち?
一応おっさんの指示通り、裏路地へと入って彷徨っていると、ちょうどいいところに南門の方向について聞けそうな人材がいた。
向こうもこちらに気づいて近づいてくる。
「ガキがこんな時間にこんなとこで何してんだ?金も持ってなさそうだし、さっさと家に帰れ。」
裏家業っぽいお兄さんだ。
確かに私は見た目からして金を持ってなさそうだし、実際に持っていない。
しかし、このぷりてぃ~な見た目からして、再び誘拐されるのかと期待していたのだが……。
私が男の子だからだろうか?
何かしてきたら遠慮なくシメて、金を奪った後に情報を聞き出そうと思っていたのだが、当てが外れてしまった。
とりあえず普通に聞いてみよう。
「南門ってどっち?」
「南門?……あっちだ。分かったらさっさと消えろ。」
「どうも~。」
……何だろう。
この街では見た目の悪そうなやつしか子供に対して優しくない文化でもあるのだろうか?
オラこんな街嫌だ~。
オラこんな街嫌だ~。
お家に帰るだ~。
お家に帰ったら……どうやって生活して行こうかな……。
……ま、なるようになるか。
今回の誘拐で、いざという時は街の外でも生きていけそうなことが分かったのだ。
あまり不安を感じる必要はないのかもしれない。
全然感じてないけど。
道に沿って進むのが途中から面倒臭くなったので、屋根の上を伝って南門と思われる城門に着いた。
出して!
ここから出して!
「子供がこんな時間にどうしたんだ?親は?」
門の前にいた兵士が私に気づいて話しかけてきた。
今更だけど、適当なところで城壁を飛び越えた方が早かったな……。
まぁ、一応確認だけしておくか。
「ここは南門?」
「ん?そうだぞ。帰り道が分からなくなったのか?」
「トスターから誘拐されてきた。帰るから、そこ通ってもいい?」
「……誘拐?いったい誰に?どうやって逃げて……いや、今それはいいか。保護が最優先だ。」
あ、真面目でおせっかいだから厄介なことになるパターンだ。
城門はまだ開いているし、勝手に出ていくか。
筋力強化すれば追いついて来れないでしょ。
「面倒だし勝手に通るね。」
こうして無事、領主の家に引き取られることはなく、街から脱出することが出来た。
SIDE:エリス
「なにがあったのか、最初から順番に、ありのままのことを話しなさい。」
私は目の前にへたり込んでいるメイドの一人に問いかけた。
もちろん、テーブルの上に載っている食事を見れば、この者が何をしたのかは分かっている。
私も学生時代、私を嫌う令嬢から似たようなことをされた経験があるのだ。
あの時は心底、その令嬢を殺してやりたいと思ったが、当時力のなかった私には何も出来なかった。
しかし、ウィル君は躊躇なく反撃した。
『街の外でも1人で生きていけるだけの実力がある』と言っていたのだ。
たかがメイドの1人に馬鹿にされて、我慢する必要性を感じなかったのだろう。
「わ、私はこのオーネス家に取り入ろうとする生意気な子供に、現実の身分を教えてあげただけです!それなのにいきなり攻撃してきて……。」
……『現実の身分を教えてあげた』……ですか。
つまりゴミの様な食事を出しただけではなく、他にも何か言ったのでしょう。
この者は確か、与えられた街の統治も碌に出来ない無能の家の娘だったはず……。
身分がそこそこの家に生まれたからか傲慢で、仕事も手を抜き、誰にでも出来る簡単な雑用しか任せられていなかったはずだ。
それに私の夫であるリゲルに懸想していて、第2夫人になろうと取り入ろうとしていたのでは……?
なぜこの様な者をウィル君の給仕として送り出したのか……。
「メイド長はどこに?」
「はい。」
「私は確かに言ったはずです。『この家の子にするつもりなので丁重に持て成すように』と。いったいなぜ、この様な者に給仕を任せたのですか?」
「……申し訳ありません……。」
……特に理由はなかったのでしょう。
恐らく本人がやると言ったから任せただけ。
私の言葉を忘れ、思慮の足りない者をメイド長として雇っておく意味はないだろう。
「あなたはクビです。今夜中に荷物をまとめ、この屋敷の敷地内から出て行きなさい。」
「……分かりました。」
これで責任者に責任を取らせることは出来た。
次はこの愚か者の処置だが……その前に聞いておかなければいけないことがある。
「ここで随分と出血があったようですが、あなたの血ですか?その割には一切怪我が無いように見えますが……。」
そう言うと、先ほどまで強気だった愚か者は酷く震えだした。
やはり何かあったのだろう。
「話しなさい、詳しく。」
「あ、あの子供が足を踏んで、ふ、踏みつぶして……。そ、そしたら今度は膝を踏みつぶして……。膝の次は腕を……。そして頭を……。」
……人を踏みつぶして壊せるものなのでしょうか?
聞いたことがありません。
出血から見て、この者の発言は間違いなく事実だとは思いますが、その場合ウィル君は非常に高度な治癒魔法も使えることになります。
……本当に厄介なことをしてくれた……。
右手に魔力を集中し、愚か者の頭を掴む。
そして火の魔法で頭を燃やし尽くした。
これでこの件はひとまず終了。
ウィル君との関係改善は難しそうですが、いざという時の為に協力関係くらいは結んでおきたいのだが……。
『これで満足?』
……あの発言は間違いなく、今回のことを『私の指示で行われたこと』だと考えているのでしょう。
昔から何度も誤解を受けてきたが、今回ばかりは流石に辛い。
関係を改善しようにも、私の話は受け付けてくれないだろう。
信頼できる部下を送って、僅かでも関係をつながなければ……。
「これは処分してください。」
「しょ、承知いたしました。」
頭の燃えたゴミを給仕に任せ、気絶したままの夫の姿を見て、私は深くため息をこぼすのだった。
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