第11話

跳ぶ瞬間に少し違和感を感じたが、気にせず私は狙いの賊に向かって跳んだ。

やはり筋力の強化魔法は凄い。

10メートル近い距離を普通にジャンプし、賊を足の裏で捉える。

そして賊を勢いのまま蹴飛ばす前に、ちゃっかり腰の剣を確保した。


予想外だったのは、敵が私に一切反応しなかったことだ。

私が足の裏で捉え剣を奪った賊は、無抵抗のまま馬の上で寝ころぶような形で後ろに倒れ、何も出来ない状況になった。

『どうぞ殺してください』と言わんばかりのシチュエーションだ。

せっかくのチャンスなので、馬から地面へと落ちながら胴体に向かって全力で剣を振り下ろす。

剣は賊の腹を通り抜け、そのまま乗っていた馬までスパッと斬り捨てた。

斬った私自身が最も驚いていただろう。

賊どころか馬まで一緒に斬ってしまったのに、手応えが茎野菜を包丁で切るときと大して変わらなかったのだ。


地面に着地し、次にどうするか考える。


……おかしい……。

既に1人斬り捨てたのに、反応しているのが斬った賊のすぐ後ろにいるやつだけの様だ。

私の背中側にもう1人馬に乗った族がいるのだが、これだけ隙だらけなら斬ってもいいのだろう。

振り返りながら馬の腹から賊の腹まで、線を引くように剣を振った。

やはり手応えをほとんど感じない。

この剣の切れ味が凄くいいのか、想像よりも人を斬るのは簡単なのか……。


『人間の骨を綺麗に断つのは非常に難しい』という知識があるので非常に違和感があるが、今はとりあえず考えないことにして、周囲の状況を探る。


……やはりおかしい……。

まだ誰も剣を抜いていない。

私を認識しているやつが剣を抜こうとしているが、その動きはハエが止まりそうな程ゆっくりだ。

私の時間が遅くなっているのだろうか?

そんなに遅いと、今からでも踏み込んで剣を横薙ぎに振れば、簡単に胴体が真っ二つに分かれるだろう。

そんな訳で軽く跳ぶような感覚で踏み込み、馬の頭から賊の腹まで、横一線に剣を振った。


今回も手応えは全くなかったのだが、剣の刃が欠けてしまった。

まだ3人と3頭しか斬っていないのに欠けるとは、やはり見た目通り、そこまで質のいい剣ではなかったようだ。

でも手応えをあまり感じないくらい切れ味はいいんだよな……。


(さて次はどうしようか)と考えた時、急に胸が痛みだした。

胸に矢でも刺さったのかと思ったほどの痛みで、私の感覚が元に戻る。

やはり私の時間の感覚がおかしくなっていたようだ。

そこまで激しく動いたつもりはないのだが、心臓の鼓動が激しい。

筋力を強化する魔法の反動だろうか……?

まぁ、ほぼ毎日走り込んでいたとはいえ、まだ5歳の体だ。

魔法による反動はあって当然のことなのかもしれない。

少しずつ心臓の鼓動も落ち着いてきているので、少し休めば何の問題もないだろう。


一応問題ないと判断したが、念のため動かずにいると、周囲の賊や兵士の方々が私の姿を認識したようだ。

あ、ハイドさんも今向こうに移動して、賊の掃討を開始した。

私はどうしようかな……?

周囲にはまだまだ馬に乗った賊が沢山いる。

沢山いるのだが……たった3人やられただけなのに、少しビビってしまっている様だ。


(……戻るか。)


周囲の賊が全く動かない中、私は普通に歩き馬車へと戻った。

私を止める者は誰もいなかった。


「ウィル!……怪我はないか?」


馬車へと戻ると、父親が聞いてきた。

私は勝手に外に出たが、矢で射られる可能性があるのだから、賊に囲まれた状態で領主が馬車の外に出るのはどうかと思うのだが……。


「何も問題ない。やっぱり賊は大したことないみたいだし、少し休む。……とりあえず馬車に入ったら?」


「……そうか。……そうだな。」


剣をその辺に投げ捨て、馬車に乗り込んで席に座り、体の感覚を確かめながらも周囲の状況を確認する。

馬に乗った賊共は、まだ戦ってもいないのに逃げ始めている様だ。

丘の上では歩兵相手にハイドさんが1人で無双しているし、数人の兵士が加勢に向かっているので、あまり時間はかからずにこの襲撃イベントは収束するだろう。

……イケメンの勇者は現れなかったな……。


「ウィル……今後1人で無茶をするのはもうやめて欲しい。ウィルは強いし、これからも強くなっていくのだろうが、1人では何かあったときに取り返しのつかないことになる。これからは私だけでなく、ハイドやセリーン、他の兵士の皆もいるんだ。周りの皆に頼ることを覚えて欲しい。」


「……分かった。」


言いたいことは分かるのだが、あまり周囲の人に頼るような生き方はしてこなかったのだ。

使われる立場ではなく、使う立場になるのだから、独断専行は控えろと言うことなのだろうが、私の身分はまだ平民……お家騒動の火種でしかない。

そんな私の言うことを聞くやつがいるのだろうか?

私ならそんな奴に関わりたくないと思うのだが……。

まぁ、私も好き好んで危険に飛び込む趣味はない。

大人しく言うことを聞いて、頼れる相手にはちゃんと頼れるように努力しよう。

善処しま~す。


予想通り、それほど時間はかからずに賊の襲撃イベントは幕を閉じた。




激しく揺れる馬車だろうが普通に爆睡をかましていると、いつの間にか目的地に到着したようだ。

街に着いたのではなく、屋敷に到着だ。

城門で検査などはなかったのだろうか?

まぁ、領主なら顔パスで通過できても不思議ではないが……。


ここに誘拐されてきた子供が乗ってますよ~。

今更言ってももう遅い。


既に屋敷の庭に停まっているので、とりあえず馬車を降りると、父親を凄い美人が出迎えていた。

美人さんはほぼ間違いなく、父親の結婚相手である奥様だろう。

笑顔が逆に怖そうな美人だ。

もう少し若ければ悪役令嬢とか向いていただろう。

凄い不名誉な気がするけど……。

異常に緊張した様子の父親を見て、私を見て、凄い美人さんは何かを察したようだ。

美人さんの笑顔は、予想通り若干の恐怖を感じるほど怖かった。


こちらに近づいてきたが、虐められたりするのだろうか?

プルプル……僕悪い子じゃないよ?

今対人戦のK/Dが8だけど、悪い子じゃないよ?


「あなた、お名前は?」


美人さんが質問してきた。


「……ウィル。」


「そう……。疲れているでしょう?部屋に案内させますから、先に行って少し休んでいてください。」


「分かった。」


きっとこの後、父親はしばかれ、私には毒入りの紅茶が出てくるんだ~。

いざという時に逃げ出すためにも、庭と屋敷内部の構造はしっかりと記憶しないと……。


屋敷を細かく観察しながらメイドさんに案内され、連れてこられたのは客室と思わしき部屋。

椅子やテーブル・ソファーだけではなく、奥にはベッドも置いてある。

高級宿屋では拘束されていたので普通に寝ていたが、体を洗わず今の格好のままベッドで眠ると明らかに拙いだろう。

ソファーも汚すと大変なので椅子に座って待つしかない。

金だけ渡して追い返してくれればいいな~……。


1時間程待っていると、奥様が1人でやって来た。

夫婦での話し合いがあったのだろうが、お茶の1つも出さずに随分と待たせてくれるものである。


美人の奥様はテーブル対面の席に座り、私のことを真っすぐに見つめてきた。

少しの沈黙の後、意を決したような表情で奥様が口を開く。


「私はエリスといいます。夫であるリゲルから、ウィル君の身の上を聞きました。……結論から言います。ウィル君が『オーネス』の姓を名乗ることは許しませんが、この家で引き取り、成人するまで面倒を見ることを約束しましょう。それで問題ありませんね?」


……なるほど。

異議あり!


私は今日の賊との戦いで確信したのだ。

『私は1人でも問題なく生きていける。』と……。

なんなら街の外でサバイバル生活だって余裕で出来るだろうし、むしろ生きていくためにお金が必要な社会にいるよりも、サバイバル生活をした方が食べるものには困らない気がする……。

水は魔法で出せるし、火も魔法で熾せるのだ。

狩猟を覚えれば着るもの以外、何の問題もなく生活していけるだろう。

わざわざ貴族の、その中でも地位がありそうな領主の家に引き取られ、面倒な生き方をする必要性を全く感じない。


「必要ない。ここへは強制的に連れてこられただけ。1人でも生きていけると思ってるから、面倒をみてもらう必要はない。」


「そのことも聞きました。5歳という年齢で高い身体能力を有し、魔法に関しては天才だと……。ですが5歳という年齢では働くことは出来ません。些細な仕事であろうと、その小さな体では雇ってもらえることはないでしょう。そうなれば食べるものにも困り、すぐに飢えて死んでしまいます。」


「街の中で生きていけないのなら、街の外で生きていくだけ。それが出来るだけの力はあると思う。駄目なら死ぬだけ。」


「……そうですか。……あなたの意思は分かりました。ですが、今夜は泊っていくといいでしょう。夕食は一緒にとりますか?」


「ここで1人で食べてもいい?」


「分かりました。メイドには私から伝えておきましょう。」


そう言い残し、美人さんは部屋から出て行ってしまった。

随分素直な印象を受けるが相手は貴族、腹の中では何を考えているのか分からない。

私の将来性を見込んで手元に置いておきたいのか、騒動の火種となりそうな私を排除したがっているのか……。

とりあえず出される食事に対しては警戒した方がいいだろう。


ゲーム的な鑑定魔法でもあれば、テキスト形式で食事になにか混ぜられていないか分かるのだろうが、私の魔力を使った分析では、細かい形は理解できても、それがなんなのかまでは分からないのだ。

一度元の状態と食事に混ぜられた状態のどちらも分析していれば、それがなんなのか分かるのだけど……。

私が分析したことがあるのは、塩と、自分の体と、死ぬ直前だった母親の体だけだ。

毒は間違いなく分からない。


となると食事に毒を盛られた時の対策は、毒をいかに解毒するかだ。

解毒の方法など勿論分からない。

なので、今の自分の体を事細かく分析して記憶し、食事の後変化があった場合に元の状態へと戻すしかない。


そう考えて、食事が運ばれてくるまでの間大人しく椅子に座ったまま自身の体の隅々にまで魔力を行き渡らせ、体の分析を続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る