第10話
私が領主によって引き取られることが確定し、拘束されながらも高級宿のベッドの心地良さを堪能した翌日。
私は馬車に乗せられて、領主の屋敷があるオーネス領の首都・オーネスの街へと輸送を開始された。
まるで市場へと運ばれていく子牛の様な気分だ。
私1人しか馬車に乗っていないのならばドナドナを歌い始めていただろう。
正直狭い馬車には私の他に、父親・ハイドさん・メイドさんの3人が乗っている。
そう……メイドさんだ。
昔街中で見かけた安っぽいコスプレのメイドではなく、シックでクラシカルなメイドさんだ。
こんなメイドさんに『萌え萌えキュン』されたらギャップに惹かれて常連になっていたことだろう……ぶっちゃけ興味はないが。
狭い馬車の中で父親はひたすら書類仕事をしているし、メイドさんは父親の書類仕事を手伝っている。
ハイドさんは何もしていないが、外に気を配っているのが伝わるので、何かあった際にしっかりと私達を守るため警戒しているのだろう。
そして私は暇を持て余している。
盗賊団でも襲って来ないかな~?
そういえば、父親は私のいた『トスター』の街に第1兵隊を率いてきたらしいが、今馬車の周りにいる兵士の数は15名ほどしかいない。
『兵隊』というには少なすぎやしないだろうか?
少ないからこそ『盗賊団イベント』を期待しているのだが……。
大勢の盗賊に護衛が次々とやられ、その魔の手が私に迫って来た時、颯爽と現れたイケメン勇者が、盗賊をバッタバッタとなぎ倒す……。
……まぁ、私は男なので、イケメン勇者なんかに来られても困るのだが。
私の性癖はノーマルです。
どうせ暇だし、ハイドさんになんで兵の数が少ないのか聞いてみるか。
「ハイドさん。」
「どうしましたか?」
「外を歩いている兵士の人たち、少なくない?」
「そうですね。トスターの街のスタンピードがまだ終結していないので、兵士の8割ほどは街に残していますから。」
……そいうえばそんな話もあったな。
そういえば母親が死ぬ原因となったモンスターは、結局どこから現れたんだ?
『モンスターに襲われて重傷を負った』と聞いただけで、どこからどんなモンスターが来たのかは聞いていない。
今更責任を追及しても仕方がないことだが、兵士たちの不手際が原因だった場合、私は許すことが出来るのだろうか?
「お母さんのことを考えているのかな?」
「母さんがモンスターに襲われた時、何があって、どんな状況だったの?」
「……『色々な不幸が重なった結果』としか、私には言えません。ウィル君がもう少し大きくなったら分かると思いますよ。」
完全にはぐらかす気だな。
嘘をついている様な感じはしなかったけど……まぁ、私がまだ5歳の子供だから、全ての真実を事細かに伝えない方がいいと判断したのだろう。
知ったところで私に出来ることはほとんどないので、今は見逃しておいてやろう。
感謝するんだな!
さて……暇だ。
書類仕事中の父親に絡んで邪魔するのもあれだし、メイドさんもあまり私と関わりたくなさそうな感じだ。
話し相手になってくれるのはハイドさんだけだが……。
せっかくだし、あの高速移動の秘密とか聞けないかな?
「ハイドさんハイドさん。」
「なんですか?」
「ハイドさんってどうやってあんなに速く動けるの?」
「……あぁ、あれは一瞬だけ魔法で筋力を強化しただけですよ。私は魔力量があまり多くないので普段はほとんど使いませんが、いざという時に素早く動く練習はウィル君も積んでおいた方がいいですよ。」
魔法か……。
筋力をあげる魔法は昨日素振りで使ったけど、筋力を強化した状態で走ったことはないな……。
あの速度で動けるのなら確かに訓練するだけの価値はあるだろう。
「何か他にコツとかはある?」
「そうですね……。重要なのはどれだけ魔法による強化を一瞬に詰め込むかですね。強化自体は使えても、移動の一瞬のみに魔力を集中することが出来ずに、なかなか真似できない兵士の方は多くいました。こればっかりは訓練で何とかするしかないですね。」
一瞬に魔力を集中か……。
他にもいろいろと出来そうだから覚えておこう。
ただ、引き取られた後に訓練をするだけの暇があるのだろうか?
母親がそろそろ文字を教えてくれる予定だったように、引き取られてすぐから基礎的な勉学を詰め込まれる可能性は非常に高い。
しばらくは訓練する暇なんかないんじゃないかな?
「碌に勉強しないまま、訓練だけしててもいいかな?」
「……勉強はちゃんとしましょうね。」
「読み書きくらいは出来るようになりたいね。」
「読み書きと計算は大事ですが、歴史や文化を学ぶのも案外面白いものですよ。自分にはない視点から物事を考えるきっかけになります。」
「……そういうのは頭のいい人に任せたいなぁ~……。」
「ウィル君も十分頭がいいと思いますよ?」
「……どちらかというと体を動かすほうが得意だから……。」
「両方頑張ってください。」
了承したくないので外を眺めることにした。
……遠くに土煙が上がっているのが見える。
盗賊団だろうか?
イケメンの勇者様!
私はここよ~。
……マジで土煙がどんどん近づいて来てない?
「ハイドさん。」
「なんですか?」
「あれ、なんか近づいて来てない?」
ハイドさんの表情が一瞬で変わった。
鋭い目つきで土煙の方を見ている。
「馬賊のようですね……数もこちらより多い。」
「大変だね。一応念のため、これ解いてもいい?」
私、まだ手足を縛られてるよ?
賊が来てるのに拘束しているままなんて酷いと思いません?
まぁ、解こうと思えば簡単に解けるんですけど。
「セリーン!馬賊です!数は40から50!」
「確認しました!どうされますか!?」
「数で劣っている以上、奴らの足を潰して逃げるしかありません!あと少し先へ行けば丘があるはずですから、そこで敵に1撃加えて離脱します!そこまではこのままのペースでも問題ないでしょう!今はこのまま進み、敵を油断させましょう!」
「了解しました!」
う~ん……。
ハイドさんもセリーンさんも結構な実力なのかと思っていたけど、敵の数が倍以上ってことで警戒しているな。
この前の5人は油断してたからか簡単に処理出来たけど、もしかしたらまともにぶつかり合った場合は、この世界の戦闘水準は結構高いのかもしれない。
あ、そういえば結局特別な石について何も分からなかったし、特別な石がないまま埋葬した感じになってるじゃん。
数年後にあの家からスケルトンが湧いて出たりするのかな~?
お、手の方は上手く解けた。
手が自由になればこっちのもんよ!
「自力では解けないようにちゃんと縛ったはずなんですけど、普通に解いていますね……。ウィル君は馬に乗った経験はないですよね?いざという時は、領主様と一緒に馬で脱出するようお願いします。」
……たぶん、魔法を使えば馬より速く走れると思うんだよな~……。
まぁ、ここは一応素直に従っておこう。
下手に邪魔したら悪いからね。
(どうなるのかな~?)と気楽に構えながら馬車は進み、いよいよ予定していた丘が見えてきた。
丘の上には、敵の主力本体と思われる男たちが、盾を並べて待ち構えているのだった。
後ろからだいぶ迫ってきていた馬賊は後ろから襲うのではなく、逃げられないように包囲するような形で展開していき、私たちの逃げる道は無くなってしまった。
なんと言えばいいのか、完全に嵌められたような形だ。
「申し訳ありません。ただの賊ではなかったようです。まさかここまで数を増やして待ち構えているとは……。」
「気にするな。私も予想していなかった。恐らくは複数の賊たちに金を出し、この時のために雇ったのだろう。こうなったら一点突破を狙うしかない。覚悟はいいか?」
「勿論です。この命にかえてでも必ず。」
「普通に殲滅できないの?出来ないなら勝手に逃げるけど……。」
「……ウィル君……。」
3人から変な目で見られたが、正直賊の1人1人はたいして強くなさそうな印象を受ける。
あんな速度で動けるハイドさんなら、1人でも片手間に余裕で半数は道連れに出来るだろう。
セリーンさんも普通に強そうだし、他にも兵はいる。
普通に戦って、普通に勝つのが一番だと思うんだけどなぁ……。
まぁ、確かに普通に戦ったら犠牲も出るだろうけど、そこは仕事だと割り切ってもらうしかないよね?
嫌なら兵士になんかならずに傭兵にでもなればよかったんだし……。
誰も何も言わなかったので馬車の外へ出た。
体の調子を確かめる為に、その場で数回ジャンプしてみる。
……拘束されたまま寝て、さっきまで縛られたままだったのにいつもと変わらないな。
これなら問題はないだろう。
馬車から出てきたのが子供だったからか、戦場の雰囲気は妙な感じになっている。
仕掛けるのなら今が絶好の好機だ。
誰を狙おうか……。
雑魚を確実に倒すのもいいが、ただ数を減らすのではなく何かリターンが欲しい。
……あいつにしよう。
私でも倒せそうな程気を張り詰めて緊張しているみたいだし、腰には剣がぶら下がっている。
あいつをサクッと殺して剣を奪う。
これがベストだ。
「確か一瞬に集中……。一瞬……。一瞬……。」
その場でジャンプしながら、着地に合わせて魔力の流れをコントロールする。
不思議なほどに落ち着いていて、異常に冷静だ。
周りの状況も、目で見えてはいないはずなのに目で見たかのように分かる。
しびれを切らした賊の1人が声をあげる直前に、私の一瞬は数秒へと減速した。
SIDE:ハイド
「……何が起こった……?」
領主様が目の前の光景を見て問いかける。
先ほどまで、すぐ目の前にいたはずのウィル君は、私達を囲う様に展開していた馬賊の元におり、周囲の馬賊は全員馬ごと斬り捨てられていた。
ウィル君が何度もその場で飛び跳ねているのを見ていた。
最後の着地をした一瞬、ウィル君から魔力の放出を感じ取り、そしてウィル君はあそこにいた。
『ハイドさんってどうやってあんなに速く動けるの?』
ウィル君が私にそう聞いてきたのはついさっきだ。
私は確かに答えた。
『一瞬のみに魔力を集中させる』と……。
1度も練習することなどなかったはずだ。
だが目の前で、1度目で成功されてしまうと、私には笑うしかなくなる。
『体を動かす方が得意』だとウィル君は言っていたが、どちらかというと魔法を使う天才だろう。
勿論体を動かすのは得意なのだろうが、一瞬にあれ程の魔力を集中させられる人間を私は見たことがない。
そもそも一瞬に魔力を集中できる兵士は全体の2割しかおらず、実戦で使えるレベルの者はもっと限られているのだ。
ウィル君は魔法の天才……いや待て。
全員馬ごと斬り捨てられている……?
それも1人ではなく周囲の者全員……?
……?
私は考えることを止めた。
ウィル君のことは屋敷に戻ってから、ゆっくりと紅茶を楽しみながら、じっくりと考えるべきだろう。
そんなことを思いながら、私は襲撃者のリーダーらしき者の元へと移動し、賊の排除を執行するのだった。
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