第9話

襲撃者の手際は非常に素晴らしかった。

窓から父親の座っている位置までほぼ真っすぐに飛び込んできて、傍にいた護衛が剣を抜く前に素早くナイフを首へと突き刺す。

突き刺したナイフを抜くようなことはせず、そのまま護衛に体当たりを仕掛ける形でぶつかっていき、窓から飛び込んでから3秒もせずに父親の目の前まで近づいた。


(あ、父親ヤバイ、死ぬかも。)なんて考えたのだが次の瞬間、襲撃者は壁にまで吹っ飛んで行った。

父親のすぐ横には、さっきまで私の後ろにいたはずのハイドさん。

足が速いとかそういうレベルじゃないよね。

一応視界の隅っこで、微かに移動するのが見えたような気はするから、空間転移や時間停止能力ではないと思うのだが、無策で敵対したら間違いなく何の抵抗も出来ずに負ける未来しか見えない。

今後があるのならハイドさんを怒らせない様注意しよう。


吹っ飛んだ襲撃者から所属する組織や雇い主の情報などを聞くようなことはせず、動かない襲撃者は素早くセリーンさんが止めを刺した。

襲撃者の行動から考えて目的は分かり切っているし、拷問しても口を割らない可能性は普通にあると思うので、止めを刺した判断に対して特に思うところはない。

止めを刺すのは別にいいのだが、もう少しスマートに止めを刺せないものなのだろうか?

どこから取り出したのか分からないモーニングスターで襲撃者の顔をグチャッとする光景は、食欲が無くなりそうな程グロかった。

まぁ、食後だから気にしないけど。


入り口の方からは窓が割れる音が聞えたのか、恐らく兵士の方々が発している足音が近づいてきており、もう少しすれば沢山の兵士がこの部屋に入ってくるだろう。

私はこのままここでお茶を楽しんでいてもいいのかな?

現状隠し子みたいな身の上になっていると思うから、私の存在はあまり知られない方がいいと思うのだが……。


「へカール!しっかりして下さい!すぐに医者を呼んできますよ!」


そういえば忘れるところだったが、あっさりと襲撃者にやられた護衛らしき敗北者がいたな。

首を刺されたとはいえナイフは抜かれていないのだから、すぐに魔法での治療を開始すれば助かる可能性が高いと思うのだけど……なんでハイドさんもセリーンさんも治療しないの?

魔法は誰でも使えるものだし、傷は小さいから魔力が少なくても問題なく治せると思うよ?

なんなら精神的余裕さえあれば刺された本人でも治療できると思うよ?


お茶を飲みながら少し待っていると、扉が開き廊下から6人の兵士が部屋に入って来た。

その中の1人は、素振りをしている最中急に感想を言ってきた女性の獣人の方だ。

だがあの時とは違い、犬っぽさはあまり感じられない。

鋭い眼差しに一切隙のない体の動かし方、常に全方向を警戒しているその姿はまるで野生の狼の様だ。


「領主様!襲撃ですか!?お怪我は……?」


「私は何ともないがへカールが負傷した。急いで医者を連れてきてくれ。」


……なんとこの人たち、誰も自分で魔法治療を行おうとは考えない様だ。

もしかしたら、この人たちの所属する部隊は魔法が碌に使えない脳筋の集まりなのかもしれない。


入り口に立つ人、父親の近くへ行き護衛をするヒト、侵入者の服や持ち物装備などを探って何か情報がないか確かめる人、侵入口となった窓へ行き、襲撃者がどこからどのようにして襲撃をしたのか確かめる人……。

なんか一気に人口密度が増えて部屋が狭くなったような感覚があるけど、もう帰ってもいいかな?

それともお茶をもう1杯くらいおかわりして、待っておくべき?

やっぱり貴族社会はごたついている様だし、『私を引き取りたい』という話は今一度ご遠慮願いま~す。


近くを通ったセリーンさんに声をかける。


「帰ってもいい?」


「駄目です。」


即答だった。

散々飲み食いした身の上なので、『駄目だ』と言われれば素直に従うが、出来ればこれ以上深く関わり合いたくない。

セリーンさんは即答で却下してきたが、父親がオッケーを出せば帰っても問題ないだろう。

流石に父親の周りは護衛の警戒態勢が厳しいので、出来るだけ近づかず刺激しない様注意しながら、父親にも帰ってもいいか聞いてみる。


「そろそろ家に帰ってもいい?」


「いや……。今夜はこの宿に泊まっていって欲しい、部屋は既に手配してある。ハイドに案内させるから少し待っていてくれ。」


……高級宿でお泊りかぁ~……。

開き直ってサービスを堪能するべきか、警戒心は高めたまま眠れぬ1晩を過ごすか……。

そりゃあ家にいるよりかは安全なのだろうけど、街中で誘拐して『泊まっていけ』って言うのは、やり方としてはちょっとどうかと思うよ。


そう思いながらもハイドさんに案内してもらい、宿の1室へと移動する。

案内された部屋は家族向けなのか結構広い。

ベッドも4つ置かれている。

この部屋に1人で泊まるのか、ハイドさんに監視されながら泊まるのか……。

どちらにしても、正直精神的に居心地が悪いこと間違いなしだ。


広くて快適なはずの部屋なのに居心地の悪さを感じていると、ハイドさんが質問をしてきた。


「ウィル君は、父親と一緒に暮らしたいとは思わないのですか?」


「母さんとも一緒にいられる時間はあまりなかったのに、『父親だから』という理由で一緒に暮らそうとは思えない。」


「ですが、その歳でどうやって1人で生きていくのですか?領主様に引き取ってもらった方が、確実にいい暮らしが出来ると思うのですが……。」


それは間違いない。

食べるものには困らないだろうし、しっかりとした教育や指導を受けることが出来るのだろう。

ただ1つ言うのなら……


「『いい暮らし』って言うのは、自分で出来るようになりたい。不便だろうし苦労するだろうけど、その方が良いような気がする。」


「……そうですか。ウィル君はまだ小さいのに、随分としっかりとした考えを持っていますね。母親の育て方が素晴らしかったのでしょうか?」


「そうだね。自慢できるお母さんだった。」


その後は特に会話はなく、(そろそろ寝ようかな?)と思った頃に父親がやって来た。

手早く話が終わることを期待しよう。


「目の前であんなことが起こってしまい本当にすまない。ウィルの言う通り、まずは私の妻に話を通して、その後ウィルに判断してもらうべきだと思う。ただ、これはただの私の我がままだが、私は何があってもウィルを引き取り連れて帰るつもりだ。」


……さっきハイドさんとその話をしたんだよなぁ~。


ハイドさんの方をチラッと見る。

非常に悩ましい顔だ。

父親の判断は正しいと思うしそもそも反対する権利はないけれど、私の意志も出来れば尊重したいような、そんな考えが浮かんでいそうな顔だ。


「我がままで連れて帰るというのは、最早命令だよね?この街に暮らす以上、領主という立場の人に命令されたら、拒否権なんてないよね?引き取られたくないのなら街を出て外で生きていけっていう脅し?」


我ながらなかなか酷いことを言うと思う。

これは脅されているのではなく、『命令するなら街を出ていく』と脅しているのだ。

私がまだ5歳で、親のいない圧倒的弱者だからこそ脅しとして捉えられない、非常にズルい言葉だ。

悩ましい表情だったハイドさんも絶句している。


だがもうハッキリしているのだ。

私には一切交渉するつもりはなく、父親も一切交渉するつもりはない。

それぞれ自身の主張・願望を押し付け合っていて、話し合いの余地はない。

こうなれば後は、どちらが先に折れるかの醜い言い争いか、実力行使しか残っていない。

この父親が、実力行使してでも私を連れ帰りたいというのなら、それはもう仕方のないことだろう。

実力で勝てる気はしないので、そうなったらもう、諦めてこの父親に引き取られることを受け入れるしかない。


せめてこの父親がどうしようもない糞野郎の悪人だったらなぁ……。

そしたら手段を問わず、殺すつもりで全力の抵抗が出来るのに……。

私が聞いた街の人の声は、『今の領主になってから街が豊かになった』という物ばかりだ。

きっとまともで真面目で優秀な人なのだろう。

孕ませた母親を置いて、戻ってこなかったこと以外は……。


「ハイド……。ウィルを拘束してくれ……。たとえこれ以上嫌われることになっても、この子はウチに連れて帰る。」


父親は実力行使の決断をしてしまった様だ。

こうなればもう、私の選択肢は無いに等しい


こうして私は、領主の家に引き取られることが確定した。

手足を縛られたまま眠ったベッドは、結構快適だった。

流石高級宿……。




SIDE:リゲル・オーネス(父親)




「凄い子供ですね。ただでさえ才能あふれているというのに、ここまで意志の強い人は大人でもそうはいない。是非一度、母親と会って子供の育て方を教わりたくなりましたよ。」


自覚できるほど非常に気落ちしている私に、優秀な部下の1人であるハイドがそんな軽口を言う。


確かに凄まじい子供だ。

ガリューさんに聞いた話だと、『クラリサの死を、真っ先に受け入れたのはウィルだった』と言う。

ハイドの『自身より遥かに体の大きいゴロツキを相手に、一切怯むことなく冷静に応対していた』という報告だってそうだ。

ウィルは、5歳という年齢で既に、その辺の大人たちよりも強い意志を持って生きているのだろう。

私ではとても真似できない、昔から優秀だったクラリサの子供らしい、とにかく凄い子だ。


「ですが、『ウィル君に悪い』と思う反面、『ウィル君がこの先どう成長するのか』という期待が私の中で膨れ上がりますね。しっかりとした教育を受けて、ウィル君がこの領全体をどう見るのか。そして将来、この国をどう変えていくのか。非常に楽しみな逸材です。強引だとは思いますが、領主様の判断は間違っていないと思いますよ。」


「本当にもう、間違わなければいいんだがな……。あの時、周囲の反対を強引に押し切ってでも、クラリサを屋敷へ迎えるべきだった……。そうすればきっと、クラリサが死ぬこともなく、ウィルの意思を踏みにじるような真似もしなくて済んだのだろうな……。」


「その場合、オーネス領全体が混乱に見舞われていたでしょうね。今の奥様と結婚したことで隣のセコン領からの協力を受けることができ、この領の治安と経済は良くなったのですから……。」



一切他に選択肢のない政略結婚だったが、結婚して数年経つが今の妻には一切何の不満もない。

私には勿体ないほどよくできた妻だ。

子供だって既に2人いる。

妻はウィルを受け入れてくれるだろうか?

子供達はウィルと仲良くしてくれるだろうか?

……いや、たとえ受け入れてくれなくとも、私は『何とかする』と覚悟を決めたのだ。


今一度自身の覚悟を決め直し、この街で終わらせるべき書類を片づけていくのだった。

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