第8話

獣人という種族がいることは知っていた。

この世界に来る前からラノベやアニメ・ゲームで見たり読んだりしたことがあるし、昔母親が何か言っていたような気もする。

寝る前というか、意識が落ちる本当に直前の状態だったから、話の内容はさっぱり思い出せないけれど……。


見た目的には、人間の耳が無くなってケモミミが生えているだけの様だ。

ゲーム友達にケモナーがいたが、そいつのSNSで流れていたあのR18イラストみたいに、獣人はもっと頭蓋骨の形から獣っぽい感じのものを想像していたので、意外と普通でガッカリというか、コスプレと大して変わらない気がする。


セリーンさんと同じ兵士の服を着ているので領軍の兵士で間違いないと思うのだが、『獣人』という対して差別や偏見があったりはしないのだろうか?

『優秀な人材であれば、種族性別年齢問わず、積極的に登用していく』みたいな、時代を先取りする動きでもあったのかもしれない。

少なくとも私は、今まで街で1度も見たことがない獣人が正規の兵として雇われていることに対して、非常に違和感を覚えた。

もちろん態度には出さなかったが……。


とりあえずイヌ耳のお姉さんは無視して、素振りを続けることにする。

別に会話を振られたわけでもなく、質問をされたわけでもない。

剣を振っていることに対して、いきなり感想を言われただけなのだ。

私としては「そうですか。」としか言い様がない。

無視して素振りに集中するべきだろう。


30分程の時間、黙々と剣の素振りを続け、体の動きを最適化していった。

剣の重さにも十分慣れて、頭を叩きつぶして胴を真っ二つにするイメージ通りに体を動かせるようになったので、ここで一旦休憩を挟むことにした。

水は……流石に用意してくれたりはしないか。

魔法で出して飲むことにしよう。


「ふぇ~。君は魔法も使えるんだね~。凄いね~。」


イヌ耳のお姉さんがまた感想を言ってくるが、内容よりも尻尾の動きの方が気になって仕方がない。

一応ズボンは獣人用に改良したのかお尻の少し上あたりから尻尾が出ているのだが、ピンと立ったまま小刻みに揺れていて、非常に触り心地がよさそうだ。

そういえば犬は尻尾で感情が分かりやすいイメージだが、ピンと立って揺れている場合はどんな感情なのだろうか?

激しく左右に振っていたら嬉しがっていることは知っているのだが、それ以外はあまり覚えていない。

……状況と発言から考えると、『好奇心』だろうか?

とりあえずそんなに近づかないで欲しい。


「なる程、確かにあの歳であの剣をこれだけ振れるということは、相当高い身体能力をしているか、魔法による身体強化の練度が高いのかもしれませんね。セリーンの言っていたことはよく分かりませんでしたが、『見失う可能性があった』というのは正しかったのでしょう。」


「ですから!壁を走るうえに壁から壁へと飛び続けて、曲がり角で空を飛ぶんですって!私も後ろから見ていて夢かと思ったんですよ!でも、何度目をこすっても、現実は変わらなかったんです!」


……向こうではなにやらセリーンさんがヒートアップしているようだが、関わらないでおこう。

壁を走るくらいなら、セリーンさんでも出来ると思うんだけどなぁ……。

壁や天井に張り付くように立っていたわけではないんだし、そんなに驚くようなことではないよね?

そういえば、今壁を走るときは勢いとバランス感覚で押し切っているけど、魔法を使えば壁を歩いたりすることが出来るのかな?

今度試してみよう。


座って体を休めながら、自身の体を魔力で調査し、重い剣を魔法で無理やり振っていたことで、体に何か影響が出ていないか筋肉や関節などを細かく調べていく。

……少し筋肉が張っているのか体が硬くなっている様だが、特に問題は無い様だ。

魔法を併用したトレーニングでは、体にあまり影響は出ないのだろうか?

もう何度か超過荷重でのトレーニングを試してみて、しっかりと経過観察をした方がいいだろう。

良い方に効果があれば続けるべきだし、意味がないどころか悪い影響があるのなら、やめた方がいいだろう。

私はまだ5歳。

現状、急いで強くならないといけない状況だが、無理をして体を壊しても即ゲームオーバーなのだ。

慎重に見極めていこう。


硬くなった体をほぐすためにストレッチをしていると、ハイドさんが近づいてきた。

顔立ちは整っていて悪くないのに、あの笑顔にはなんか妙に胡散臭さがあるんだよな~。


「頑張ってましたね。何歳ごろから剣の素振りを始めたんですか?」


「母さんが死ぬ前の日からだから……3日前?まだ2回目の素振りだけど……。」


「……魔法はいつから?」


「魔法は覚えてない。竈に火を入れたり水を出したりで、結構前から使ってる。」


「魔法はお母さんに教わった?」


「母さんの魔法を見て練習したけど、教えて貰ったことは一度もない。適当に頑張ったら使えたから、毎日家の手伝いをする時に使ってただけ。」


「……跡目争いが起きる前に転職を考えておくか……。」


……その引き取られること前提な考え、やめて貰えます?

私の将来の夢は、最低限の仕事で最高額の報酬をバンバン受け取って、若くしてFIREすることなんだから!

貴族なんかに引き取られたら、礼儀作法や政治経済の勉強、貴族同士の付き合いや権力争いと、これ以上なく忙しく働かないといけないイメージじゃん!

流石にそれは勘弁して欲しいなぁ~……。

ここは勉強は一切できないふりをして、『こいつを家に引き取ったら拙い』と思わせるようにしないと……。


そんなこんなで時間は過ぎ、いよいよお肉の時間がやって来るのだった。


高級宿の中でも非常に宿泊料金が高そうな宿の一室。

大きなテーブルが1つドーンと置いてあるのだが、椅子は2つしかない様だ。

そしてすでに、対面の席には父親が座っている。

この状況は父親の希望なのか周囲の人々の気遣いなのか……。

遺伝上父と子の関係ではあっても流石に2人きりにするわけにはいかない様で、ハイドさんとセリーンさん、それとあと1人知らないおじさんがこの部屋にいるのだが、この席に座らないといけないのだろうか?

ただ肉を食べたいだけなのに、テーブルマナーとか元の世界でも習ったことないよ……。


「どうぞ席に着いてください。すぐにお肉が運ばれてきますよ。」


……仕方がない。

お肉の為だ、しばらく我慢しよう。


ハイドさんの言う通り、私が席に着いてすぐ、宿の従業員が次々と食事を運んできた。

一番目立つのは真ん中に置かれた子豚の丸焼きだ。

……10秒で食べるべきなのかな?

流石に無理なんだけど。

あ、そうだ。

1つだけ先に聞いておかないと。


「食事するときの礼儀作法とか決まりってある?」


「礼儀など気にせず、好きなように食べたいだけ食べて下さい。デザートも用意していますので、少しは胃に余力を残しておいた方がいいですよ。」


至れり尽くせりだなぁ~。

この父親、よっぽど金を持っているのか地位が高いのか……。

とりあえず遠慮せずに食べよう。


私は一応テーブルマナーには気を付けながら、近くの皿に会った料理から順番に、ゆっくりと食事を開始するのだった。




「……凄い食欲ですね。今まで食べてこなかったとかそういうことは関係なく、どうすればその体でこれだけの量を食べられるんですか……?胃に穴でも開いてます?」


ゆっくりと1つ1つ丁寧に食事を口に運び、せっかくなので魔法で胃と腸の働きを活発化させながら食事を取っていたのだが、流石に食べ過ぎて驚かせてしまった様だ。

普段一般的な量を1人前食べただけで腹8分になっていたが、頑張ればテーブルいっぱいに皿を積み上げることが出来るのか……。

無理やり暴飲暴食したわけではなく、1つ1つの料理をしっかりと味わいながら食べたので、食材に対する申し訳なさなど一切感じていない。

美味しかったからたくさん食べることが出来たし、もっと食べることが出来そうなのだ。

私は何も悪くない。

……食事の料金を支払うであろう父親には、ほんの少しだけ悪い気がしたが……。


デザートまでしっかりと食し、食後のお茶を楽しんでいると、父親が話しかけてきた。


「クラリサ……ウィルのお母さんは普段、どのような生活を送ってた?」


「朝陽が登るとギルドへ仕事に行って、日が沈む少し前に帰ってくる生活を送ってた。普段は忙しくは無かったらしいけど、ほぼ毎日ずっとそんな感じで働いてた。」


「ウィルはお母さんが仕事をしている間、何をして過ごしていたの?」


「基本的に走ってた。」


「……走って?」


「そう。朝ごはんを食べて、食器の片付けとか洗濯を終わらせた後は、街の中をずっと走ってた。」


「それは……なんでだい?」


「少しでも早く強くなる為、基礎的な身体能力を上げておきたかった。毎日のように走っていたらただ走るのも楽しめるようになってきたけど、壁を数歩走れるようになってからは普通に楽しかった。だからほぼ毎日、雨が降っていない日は走ってた。」


「……そうか。」


美味しい食事を頂いたので、質問には素直に答える。

自分でも少し饒舌になっている気はしているが、それだけ食事が美味しかったのだから仕方がない。

貧乏な私でも評判を知っているほどの高級宿だったが、まさかここまで食事が美味しいとはな……。

FIRE出来るだけの資金を手に入れたら、たまにはここへ食事に来よう。

今日ほど好きなだけ食べるのはあれだが、普通に1人前くらいなら食べても問題ないだろう。


「私はウィルを引き取りたいと思っている。ウィルが言ったように、今更私が父親面するのはおこがましいことだと分かっているが、ウィルを1人にしておきたくない。……一緒に来てもらえるだろうか?」


「普通に嫌だけど。」


正直に答えた結果、この部屋の空気が凍り付いた。

だが別に、私は父親に対して思うところがあるから、感情的になって拒否しているわけではないのだ。

冷静に考えて、確かにこの父親に引き取られれば、食べるものにも困らず、しっかりとした教育を受けて、今の奥さんから陰湿ないじめを受けながらも、しっかりとした大人に成長することが出来るだろう。

対して現状のままだと、数ヶ月後にはお金もすべてなくなり、食べるものに困って街の外へと自身で食料を確保しに向かわなければならなくなり、生き残ることが出来れば約10年程の間、非常に生活に苦労する羽目になるだろう。

だがその後はどうだ?

貴族社会に身を置きながら、一番下っ端でこき使われ続ける人生になるか、常に貧乏で人生一発逆転を狙いながらも、自由な人生を選ぶか……。

私は後者を選ぶ。

前世の知識を上手く使うことが出来れば、人生一発逆転は夢物語ではないからだ。

最初の頃は元手となる資金を調達するために、身体能力や魔法を生かせる仕事で金を稼ぐことになるが、事業展開が軌道に乗ればその全てをどっかの金持ちに売り払うことで大金を手に入れて、悠々自適な第2の人生を歩むことが出来るだろう。

まぁ、普通に落ちぶれてロクデナシになる可能性も非常に高いが……。

だがそれは自己責任。

自身の選択によって生じた責任は、自分自身で何とかするのが正しいことだろう。


そんな訳で引き取られるのは拒否だ。

私にその意思はない。


「……理由を聞いてもいいだろうか?」


「今の奥さんに『前の恋人の子供を引き取ってもいいか』と聞いてから、その話をするべきじゃない?」


父親は固まってしまったが、他の人は納得してくれた様子。

正論攻めは、元の世界でいっぱい学習した。

言われた人はショックを受けるだろうけど、周りで聞いてる人に理性があるのなら、きっと私の意見を支持してくれるはず。

さて……食事も終わったし、そろそろ帰ろうかな?


そんなことを考えた時、窓から人が飛び込んできて、父親に対して奇襲を仕掛けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る