第7話

ゴツイ男は『第1兵隊3席ハイド』と名乗った男によってあっさりと拘束され、そのままどこかに連れていかれた。

護衛と言っていたが、24時間付きっきりで近くにいるわけではないのだろう。

……もういないよね?

ゴツイ男の背後から声が聞えるまで、本当に一切気づけなかったからなぁ……。


さて、とりあえず予定通りランニングを開始することにした。

少しランニングして、剣の素振りもすれば、だいたい夕食の用意を始める時間になるだろう。

昨日の夕食も今朝の朝食も、1人だと作るのが面倒になってパンだけで済ませたのだ。

カロリーは足りているのかもしれないが、栄養のバランスは確実に悪いだろう。

ただでさえ貧乏なためにタンパク質が足りていないのだ。

食物繊維も足りなくなると、体の成長に影響が出るかもしれない。

昨日5人の男を倒せたように、体が小さくとも戦えはするのだろうが、いざという時は結局、最後は拳というイメージがあるので、肉弾戦に有利な体格になりたい。

そのためにも栄養をしっかりと取り入れたいのだが……。


そういえば、私の年齢だと街の外に出るためには保護者の付き添いが必要だということで一度も街の外に出たことがないが、保護者がいない家庭環境の場合はどうなるのだろう?

自己責任という形で出してもらえないかな?

外に出れれば、魔法を使って何かしらの獲物を獲得できる可能性がある。

一度出ると、今度は街の中に入ることを止められる可能性が心配だが、お金が無くなって、食料を手に入れられない状況に追い込まれた場合には出るしかないだろう。


だが外に出たときに心配なのはモンスターだ。

今のところ私が見た唯一のモンスターは、あの腕が4本もあるムキムキゴリラだ。

まず殴っても倒せる気がしないし、魔法が通用しなかった場合どうしようもない。

この前は気づかれる前に逃げ出せたが、逆に言えばどれ程の強さを持ったモンスターだったのか知ることが出来なかったのだ。

今になって思えば、あの時少し距離を話しつつもモンスターの観察を続けるべきだったかもしれない。

のうのうとお絵描きしていたことが悔やまれる。


……今、後ろから小石を蹴った様な音が聞えたような……。

やはり気づけなかったが尾行されているのだろうか?

もう少し進むとパルクールにうってつけな地形や環境となる。

体は十分に温まったし、少し本気で走ってみるかな。

小石を蹴ったのが尾行ではない可能性もあるけど、たまには本気でランニングするのも悪くないよね?


いよいよ絶好のパルクール地区に入った。

右の家の壁を走って跳び、左の壁の家の角を掴み振り子のように通路を曲がる、勢いそのままに右の壁をまた走る。


決まった!

私は今、ゲームで最高に楽しんだウォールランが出来ている!

グラップリングフックも使えれば、もっと3次元的な移動が出来るのに……。

まぁ、今はまだ自身の身体能力のみでどこまで出来るのか、限界を追及してみよう。


壁は4歩までしか連続で走れないので、3歩おきに右の壁から左の壁へ、左の壁から右の壁へとウォールランを続けて、狭い路地をの壁を爆走していく。

今の私は誰にも止められないぜ!


「ちょ~っと待ってくださいね~。」


……普通に捕まった。

ただの思い上がりだったようだ。

子供の足で、訓練を積んできた大人に足の速さで勝てる可能性は低いのだろうが、過去一完璧な移動を決めたのに、当たり前のように捕まるとは思わなかったよね。

というかどこから現れた?

一瞬で、お姫様抱っこの形で抱き抱えられていたんだけど……。

お~ろ~せ~よ~!


「……なにか用ですか?」


とりあえず問いかける。

さっきの男ではないどころか明らかに女性なので、尾行や護衛ではない可能性もあるからだ。

普通に誰とも知らない家の壁を蹴って移動してたし、もし住人の方だったら怒って当然だと思うからね。

兵士の服着てるけど。


「あ~……。私はオーネス領第1兵隊第6席・セリーンです。本日よりハイドさんと共に、君の護衛をするよう領主様から命令を受けたのですが……。不届き者のせいでハイドさんが離れ、私一人で護衛しないといけない状況で、見失いかねない程のスピードであなたが移動し始めるので……君凄いね。」


なるほど2人か……。

1人相手にすら振りきれない様じゃ逃げるなんて無理な話だが、監視の人数を把握できたことは1歩前進だ。

『護衛』と言ってもやっていることは本当にただのストーカー。

確実に注意を払い、警戒すべき人物だろう。


「とりあえず降ろして。」


「……いきなり走り出したりしません?」


「……しないよ?」


「言い淀んだので駄目です。」


チクショウ!

一瞬逃げられるか脳内シミュレートしてしまった。

逃げられないと分かっていても、可能性を模索してしまう性格なんだ……。

お~ろ~せ~よ~!


「いつまで抱えるつもり?」


「とりあえず私達、オーネス領第1兵隊が宿泊している宿に向かいます。あなたの監視……護衛は複数名で行うべきだと判断しました。」


「……それって誘拐だ、大声で助けを求めなきゃ。」


「やめて下さいね?制服なので問題ないと思いますけど、少しでも誤解を与えるような真似はしたくないので。」


(……いざとなったら大声で助けを求めよう。)


私は女性に抱えられたまま、1度も入ったことのない、この街の誰もが知っている高級宿へとお持ち帰りされるのだった。




「セリーン?どうしたのその子?可愛くても誘拐は駄目よ?元の場所に帰してあげなさい。」


「違います。領主様からの命令でこの子を護衛している最中です。」


「誘拐されました、助けて。」


「あらそうなの。……もしかして隠し子かしら?領主様のそういった噂は聞いたことがないけど……。」


無視されました。

私には発言権がないようです。


「5歳くらいに見えますし、今の奥様と結婚される前にできた子では?領主様は元々三男で、家を継ぐ予定はなかったそうですし……。」


「ありえるわね。でもどうするのかしら?母親が平民だとすると、領主様が引き取ってもいろいろと苦労すると思うのだけれど……。」


そういう話は裏でこっそりギリギリこちらに聞こえる声量で話して欲しい。

少なくともその子供の目の前で話すような内容ではないと思うのだが……。

あ、父親が来てしまった。

その後ろにはハイドさんもいる。

誰かが伝えたのかな?


「セリーン、どういうことです?君は存在を隠したまま、この子を護衛するはずでは?なにか不測の事態でもありましたか?」


ハイドさんが未だに私を抱えたままのセリーンさんに問う。

顔はにこやかな笑みが浮かんでいるのだけれど……なんか怒ってない?

大丈夫?

セリーンさん、始末書書いちゃう?


「この子の移動が異常に速すぎたため、1人では見失う可能性があると判断したのでこうして確保し、応援を呼ぶためにここへ連れてまいりました。」


「セリーンが見失う?……後で詳しく聞くことにします。ウィル君でしたね。怪我などはありませんでしたか?」


「誘拐された恐怖で心が深く傷つきました。今夜はお肉が食べたいです。」


「……分かりました。用意しますね。」


おぉ!

今夜はお肉が食べられそうだ。

言ってみるものだな……。

お肉を用意してくれるのなら、誘拐したことはチャラにしてやろう。

『他人のお金で食べるお肉は美味しい』って、昔からよく言われているもんね。

少し楽しみだ。


それにしてもこの父親、わざわざ私の目の前に来て、非常に何か言いたげな表情で立っているのだが何も言わない。

母親とは別の女性と結婚したようだが、貴族の家に生まれた責任とかいろいろあるのだろうし、言い訳くらいは聞いてもいいと思っているのだが……。

とりあえず目の前に立つのなら何か言ってほしい。


「失礼します。昨日の報告書のまとめたものを……ウィル君?なんでここに……。」


探索者ギルド受付のお姉さん(紙とペンとインクを貸してくれた方)だ。

高級宿に不相応な私がいることに対し、驚いている様子。

『報告書のまとめ』ということは、母の仕事を引き継いだのだろうか?

というか、探索者ギルドの職員がこうして報告書を持ってくるということは、この父親は母と顔を合わせていたのではないか?

『お互い気づかなかった』ということはありえない気もするし、一体どうなっているのか……。


「母さんとは何か話した?」


「……いや。5年前に私が屋敷に戻されて以来、1度も話せていない。」


「……母さんがこうして、報告書を持ってきたことがあるんじゃ……?」


「昨日までは負傷した1席……私の部下が報告書を受け取っていた。私がクラリサに気づいたときにはもう……。」


見事に縁がなかったんだね。

ドンマイドンマイ。

……どうでもいいや、正直興味がない。

夕食の時間まではまだ結構あるはず。

もう少し運動したいな。

一度帰るか。

お~ろ~せ~よ~!

いい加減にお~ろ~せ~よ~!


「運動の途中だし、一度帰ってもいい?」


聞くとセリーンさんはハイドさんの方を見る。

視線に釣られて私もハイドさんを見る。


「運動とは、どのようなことをするのですか?」


「剣の素振り。」


「でしたらこの宿の庭でも問題なく行えますね。訓練用の剣を用意します。」


……ここから逃がす気は無い様だ。

まぁ、お肉の為だけにわざわざ家に帰った後ここに戻って来るのも面倒なので、ここは素直に従っておこう。


やっと地面に降ろしてもらい、セリーンさんに案内されて宿の裏庭へ。

ガリューさん家のお庭よりも少し広いくらいかな?

素振りを行うには十分な広さだ。

ハイドさんから訓練用と思われる刃が潰されている鉄の剣を受け取り、素振りを開始した。


当たり前だが木剣と比べると、この剣は非常に重い。

腕の力だけで上げることが辛いレベルで重い。

いちいち振り上げるために膝・腰・背筋を全力で動かさなければならず、振り下ろすために腹筋を総動員しなければバランスを崩すほどだ。

筋トレとしては非常に良さそうだが、剣の素振りとしてはここまで重い物を振るのは駄目な気がするのだが……。

そういえば、魔法で筋力を強化したことは一度もないな。

なんだかんだ今まで重い物を持った経験がないので、筋力強化魔法は後回しにしていたのだ。

せっかくなので試してみる。


回復魔法は、自分以外の相手に使う場合は魔力を放出しなければならないが、自身に対して使用する場合は、魔力の放出を必要としない。

体内の魔力を使い、そのまま発動させればいいのだ。

特定部位に魔力を集中させて、効果を高めたり消費魔力量を減らしたりはするが、自身の回復に放出は必要ない。

筋力強化も恐らく同様だろう。

まだ剣を振る為にどの部分の筋肉を使用しているのか細かく把握できていないので、全身を満遍なく魔力で強化するイメージをしてみる。


……剣を持つ力に少し余裕ができた感覚がある。

成功したのだろうか?


フォームに気を付けながら剣を振ってみる。

問題なく発動している様だ。

魔法での筋力強化というのは、ゲームでのバフみたいに『一度発動すればしばらく効果が現れる』という物ではなく、体を動かすたびに筋力の足りていない部分を魔法で強化する様で、剣を振りながら魔力を消費している感覚があった。

これでは他人に対して筋力強化を使うことはあまりないだろう。

体を動かすたびに魔力の消費があるようだが、私の魔力量からするとそこまで多くは感じないので、あと30分くらいはこの剣でも問題なく素振りが出来そうだ。


「君凄いね!確か5歳だよね!?その歳でその罰ゲームみたいな剣を振れるなんて、凄く驚いたよ!」


セリーンさんでもハイドさんでもない、知らない女性の声で話しかけられたのでそちらを見てみると、その人には犬の様なケモミミが生えていた。

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