第6話

「おいガキ。ここに住んでいた女が死んだそうだが、そいつがウチに借金をしていたことは知ってるか?」


……あぁ。

この手の輩はこの世界にもいるのか。

母親には確かに借金があったが、借りていた相手はガリューさんだけだと知っている。

だが、借金をしていたかどうかの書類なんて簡単に偽造出来るだろうし、否定しようと何を言おうと、こいつらはやりたいようにやるのだろう。

どうしようかな……。


「どうぞ入ってください。」


とりあえず家に招き入れることにした。

家の前にいられると目撃者が出てしまう可能性があるからだ。

こんな些細な問題は、何事もなく終わらせたい。


男たちは全部で5人いて、最後の1人が家に入ったので、扉を閉めた。

家に入った男たちはそれぞれ部屋を物色するが、見て分かる通り金目のものはほとんどない。


(こいつらが『金目の物はない』と判断するまで時間がない、片づけるなら手早く終わらせるべきだ。)


そう判断し、素早く両手に魔力を集中させ、一番近くにいた男の手を掴む。

そして魔力を電気へと変換し、男にそこそこの電圧で流し込んだ。

3秒程で男の体は力が抜けて、音が出ないように支えはしたが、ゆっくりと地面へ倒れてしまった。

私は男の安否を確認しないまま、次々と接触し、電気を体内へ流し込み、40秒もかからずに男たちは無力化された。

だが見た目では確実に死んだかどうか確認できない。

他の男にも注意を払いつつ、1人づつ心臓と喉にナイフを突き刺して、確実に止めを刺していった。


さて、片付いたのなら次に考えるべきは死体の処理だ。

まずは魔法で土を動かし、地面に全員が入るだけの穴を掘る。

木の板を張っている床は寝るところしかないから、こういう時は便利だ。

1人づつ服をナイフで切って剥いでいき、持っていたものはテーブルの上へ、剥いだ服は穴の中へ、剥いだ男も穴の中へと入れていく。

全員の服を剥ぎ、全員を穴に入れた後、魔法で死体を燃やしていく。

大事なのは温度だ。

お肉を焼く様に弱火でじっくり焼いては、匂いが家に充満してしまう。

とにかくまずは、死体が完全に燃え尽きるほど温度を上げ、ついでに空気を1か所に集めるように流れをコントロールする。

全てを完全に消せるとは思えないが、ここまでやれば後で人が来てもここで肉の処理をしたとは気づかれないだろう。


魔法に注意を払いながら、男たちが持っていたものを確認していく。

金の入った小さな袋・誰がいくら借りたのか名前が書いていない借用書・ナイフ・指輪。

男たち個人の名前や職業を表すものや、所属する組織に繋がるものはなにも無かった。

借用書は燃やし、あとは貰っておくことにしよう。

母親のタンス貯金と合わせれば、3ヶ月以上は問題なく食べていけそうである。


10分も経たずに、男たちだったモノは全て残らず灰へと変わった。

骨すら残っていないのでアンデットとして復活するのか疑問が残るが、一応念のため特別な石を手に入れておいた方がいいだろう。

穴の位置を間違わない為、穴は完全には埋めずに7割程土を戻した。

流石にこれだけ魔法を使うと、感覚的に魔力が残り少ないことを自覚する。

夕食を食べたら、今日はもう休むべきだろう。


こうして、1人になって初めての夜は終わりを迎えるのだった。

この家で起きた出来事に気づく者は、1人もいなかった。




朝を迎えた。

私はまだ若いからか、寝る前の疲労感は一切残ってない。

外に出て天気を確認し、顔を洗ってから朝食を摂る。

今までと何1つ変わらない生活だ。


朝食の片付けを済ませたら、だいぶ遠回りをしてから墓地へ向かう。

遠回りした理由は母の墓に供える花を摘むためで、墓地へ来た理由は特別な石がどんなものか、詳細に観察するためだ。

昨日母を埋葬したばかり。

私が長時間ここにいても、不思議に思う人はほとんどいないだろう。


だがまずは花を供える。

気持ちの切り替えは重要だ。

今はもう1度、母が後悔無く次の人生へと進めるように祈っておく。


祈りを済ませたら特別な石の観察だ。

見た目は正直ただの石にしか見えない。

周囲の墓石も、大きさや形は様々だが、どれも同じただの石にしか見えない。

アンデットとしての復活を防止する効果を考えると、魔法的要素が関わっているのだろうか?

手で触って、軽く魔力を流してみる。

……ただの石の様だ。


「君は昨日の……。お花を持ってくるなんて偉いね。何歳?」


少し離れたところから話しかけられ、そちらを見てみると、昨日母の葬儀に参加していた、聖職者と思われる女性が立っていた。


「5歳です。」


「そう……。お母さん、残念だったね。他に家族はいるの?」


……声音は心配そうだが、その質問にはどのような意図が込められているのだろうか?

私は正直、『この聖職者は怪しい』と思っている。

なぜ男たちは母が死んだことと、住んでいた家の位置を知っていたのだろうか?

男たち自身で調べ上げたのならこの街に問題があるが、埋葬したその日の晩に男たちが家に来たことを考えると、誰かがあの男たちに情報を流した可能性を高く感じる。

少なくとも私はそう考えていた。

そんな時に現れ、家族構成を聞いてくる聖職者……。

非常に胡散臭い。


……ここで始末するわけにもいかないし、何かを問いただせるだけの情報もない。

今は無視しておくか。


そんなことを考えていると、数人の男が近づいてきた。

先頭にいるのは私の父親だと思われるあの男だ。

墓参りに来るのなら花くらい持って来いと言いたいのだが、もしかしたらこの世界には墓に花を添える習慣はないのかもしれない。

私がここにいると困るだろうし、ちょうどいいから今日は帰ることにしよう。


「君は……クラリサの……。」


認知しないなら無視すればいいのに、男が話しかけてきてしまった。

無視してもいいだろうか?

昨夜(ぶん殴ってやりたい)と思った覚えがあるので、出来るだけ関わりたくはない。

どう乗り切るか……。


「名前を聞いてもいいかな……?」


「……ウィルです。」


「『ウィル』……。私はリゲル……君の父親だ。」


「今更父親面されても……。」


おっと、本音が漏れてしまった。

それにしても『リゲル』か。

ガリューさんが呼んでいた『リグ』というのは、愛称か偽名なのだろう。

確かに私とこの男は髪の色が似ている様に感じる。

『リゲル』と聞いて一瞬本当の父親の兄弟かなにかかと思ったが、本人が『父親だ』といのなら、父親であることは間違いないのだろう。

……やはり今更父親面されても困るが。


何も言わなくなってしまったので、一応会釈してからその場を後にした。

特別な石に関しては、明日も来て調べればいいだろう。


尾行されていないか注意を払いながら、家まで走って帰ることにした。




もう少しで家に着くというところでガリューさんを発見した。

何か用があるのか、それとも私の様子を確認しに来たのか……。

私が声をかけようと思う前に、ガリューさんはこちらに気づいたようだ。


「おうウィル。どこに行ってたんだ?」


「母さんのお墓。何もないと寂しいだろうから、花を摘んで置いてきた。」


『墓石を調べに行った』とは流石に言わない。


「……そうか、クラリサも喜ぶだろうな。……なぁウィル。昨日から変わったことはないか?」


……もしかして男たちが来たことだろうか?

あれは無かったことになっているので問題ないはずだ。

とりあえず誤魔化すか。


「さっきお墓にいると、この前ギルドに来た身分の高そうな男の人が来て、『私はリゲル、君の父親だ』って言ってきたこと?」


ガリューさんは固まってしまった。

何か衝撃的なことでもあったのだろうか?

『リグ』として接していた人物が、思ったよりも有名な貴族だったとか?

それともたった1人の母親が死んだばかりの子供に対して『父親だ』と名乗り出る、その面の厚さに驚いたのだろうか?


「……その男の人は他に何か言ってたか?」


「何も言わなかったから帰って来た。」


「そうか……どう思った?本当の父親の場合、引き取って貰える可能性があるぞ?」


「『今更父親面されても困る』って伝えたからそれはないと思うよ?本当の父親ではあるんだろうけど、身分が違うだろうし。」


「……何とも思わなかったのか?」


「困った以外、別に何とも思わなかったよ?」


私にとっては父親がいないことが当たり前だったのだ。

父親の存在に関して、特に思うところはない。

そもそも、恨んでもいいはずの母が1度も、一言だって父親の話をしなかったのだ。

私が何か言うことではないだろう。


「……ウィルは凄いな。」


ガリューさんがしみじみとつぶやく。


まぁ……転生前からの記憶が全部あるからね。

感情的にならず、理性的に物事を判断することくらいは出来ていると思う。

冷静過ぎる様な自覚はあるけど……。


「そういえばガリューさんは何か用?」


「ん?おぉそうだった。今から子供に剣を教えるから、ウィルも来ないか誘いに来たんだ。」


剣か……。

流石にあの後素振りは一度も出来ていない。

だけど昨日はランニングも出来ていなかったから、今日はまずしっかりと走っておきたい気分だ。

断ろうかな。


「今日はいい。また今度誘って。」


「そうか。何か困ったことがあれば、いつでもウチに来いよ。」


「ありがと。」


こうしてガリューさんと別れ、家に戻る。

家の中は出ていく前と何1つ変わっていないが、やはり地面に残している穴は不自然過ぎる気がした。

穴はあとから位置が分かるようにして、埋めてしまった方がいいだろう。

特別な石を入手してからもう一度掘ればいいと思うし。


近くにあった石に穴の位置を示す絵を刻み、穴を完全に埋めた後に土間全体を整地して綺麗にした。

これなら見ただけで穴があったことに気づく人はないだろう。


……来客だ。

最近多いな……。

今度はいったい誰だろう?


扉を開けると、顔の悪そうなゴツイ男がいた。

1人しかいないが、昨日の男たちよりは強そうに見える。

やはりヤクザの様な何らかの組織があり、昨日の男たちはそこに所属していたのだろうか?

それで男たちが返ってこないから上司が来た……?

可能性としてはあると思う。


「おう、ちょっと聞きたいんだが……。昨夜男が5人、この家に来なかったか?」


「来てない。」


「……そうか、少し中を見てもいいか?」


「用件は?」


男はいきなり殴りかかってきた。

余裕をもって腕でガードしたのだが、大きく後ろに飛ばされてしまった。

折れてはいない様だが殴られた腕が痛い。

まぁ、このくらいならすぐに魔法治せるのだが……。


「ガキは黙って言うことを聞いてればいいんだ。……本当にあいつらはいないみたいだな。家を奪ってこいと指示したのに、使えねえ奴らだ。」


「その話、深く聞いてもいいですか?」


……本当に一切気づかない間に、ゴツイ男の背後に別の男が立っていた。

兵士の様な服装・装備に見えるが、装飾からして一般兵ではないだろう。

あの父親の指示で墓からつけられていたのだろうか?

……尾行には気を払っていたつもりなんだけどなぁ。

素人にプロの尾行は見破れないということか。


「誰だてめぇ!」


「オーネス領第1兵隊3席・ハイドです。領主様からしばらくその子の護衛をするように仰せつかりました。」


ゴツイ男は絶句している。

それにしても護衛か……。

……後ろ暗いことがやりづらくなったなぁ~……。

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