第2話

気がつくと母体から排出されるところだった。

『待って』と言われても、私にはどうすることも出来ないの仕方がなかったのだ。

まだ目は開けられないが、無事に転生が完了して、出産されたところなのだろう。


それは無意識だった。

ごくごく当たり前のように息を吸い込んだ。

空気が口から気管、肺へと流れていくのを感じることが出来た。

……正直異物っぽく感じて気持ち悪かった。

新品の肺だとこんな感じだったんだね。


当たり前のように呼吸をして生きていたけど、呪いによって呼吸が止まったため死んだので、改めて呼吸することの素晴らしさを実感しながらも、あまりの気持ち悪さに産声を上げた。

私誕生である。


恐らく母親に抱かれたので泣くのをやめ、とりあえずは体の感覚を確かめる。

手足の感覚はしっかりあるし、少しなら動かせそうだ。

耳はすこしぼやけて聞こえている気がするが、大丈夫なのだろうか?

目はまだ開けないが、うっすらと光を感じるので問題ないだろう。

とりあえずは体に異常はないかな?


一つだけ気になるとすれば頭痛が酷い。

まだ生まれたばかりの脳だというのに、私という自我・人格が入っているからだろうか?

『私』という膨大なデータに脳が大急ぎで働き、それが頭痛という形で表れているのかもしれない。

脳や神経は生後真っ先に成長すると授業で習ったような記憶があるので、放っておいても問題はないだろう。


少し考え事をしただけなのに、なんだか眠たくなってきた。

私はまだ生まれたばかりの赤ちゃんなので、今は眠気を我慢せずに眠ろう。

寝る子はよく育つんだ~。




という訳で約1ヶ月程経過したと思う。

期間が少しあやふやなのは、生まれてからしばらくの間は、1日の内に何度も何度も寝て起きて母乳を飲んでを繰り返したため仕方がないのだ。

赤子の脳は思ったよりも感情的なようで、私の意思とはあまり関係なく『快』『不快』『欲』の思考を生み出している。

私には『私』という意識があるので、不快だと脳が判断しても、理性で押さえこんで泣くことはないのだが、こうも頻繁に感情で脳がいっぱいになるのなら、私以外だったら育てる親が大変だっただろう。

ちなみに『欲』には勝てなかった。

『食欲』と『睡眠欲』は成長に大事だし、仕方がないよね。


肝心の親なのだが、今のところ母親の姿しか見たことがない。

母親は下手すると私が死んだ年齢よりも年下の様な印象を受けるのだが、まだ1度も見ていない父親は、何らかの理由でいないのだろうか?

異世界物だと、モンスター溢れる世界で両親が一緒に冒険者として活躍し、やがて結ばれ子供が出来て、『子供が生まれるからこれが冒険者として働く最後の仕事』と意気込んで、依頼途中で死んだりするんだよね……。


縁起の悪い話は置いておいて、家の壁を見た感じ、壁はほとんど同じ大きさのブロックを積まれて作られている様で、流石に元いた現代程ではないだろうけど、そこそこ文明が発達しているような印象を受ける。

まぁ、家の壁を見て、『今は元の世界で言う〇〇年代と近い文明レベルのようだな』などと考えられるだけの知識はないので、壁を見て私の受けた印象に何の意味もないのだが……。


とりあえず身の回りの物事についてはこれくらいにして、私の誕生から約1ヶ月、ここ数日は少しだけ生活リズムの様なものも掴めてきたので、今後この世界で生きていくうえで大事になりそうなことを考えて行こうと思う。

ほら、才能がよっぽど酷くない限り、早い段階から努力を始めた方が後々有利じゃん?

何をどう努力していくべきかを考えるためにも、この世界の事柄について考察していくのは大事だと思うんだよね。

幼い頃は『神童』と呼ばれ、10歳頃からは『ただのヒト』になるんだい!


まずは異世界転生ではお馴染みのレベルやステータス、魔法などについてだ。

現状確認を努力した限り、レベルやステータスの存在は確認できなかった。

『ステータスオープン!』の様な、頭がおかしいと思われそうなセリフと同時に、何もない空間にステータスの書かれたウィンドウが表示されれば簡単なのだが……。

まぁ少なくともその様な仕様はこの世界にはなかった。


だが悲しむにはまだ早い。

魔法はちゃんと存在するようなのだから。

母親が料理を作る前、竈に置いた木材に魔法で火を点けていたので間違いない。

私が見たのは木材を魔法で直接燃やすのではなく、手元に火の玉を出現させ、それを木材の方へとそ~っと動かしていたところだった。

まずあれは魔法で間違いないだろう。

魔法など空想の世界のモノでしかなかった私の身としては、是非とも魔法を使ってみたいところだ。

これは今後生きていくうえでの『努力義務』に入れておくべきだろう。


物語的な要素としては、魔法と言えばバトルが欲しいところでもあるのだが、この世界にはモンスターの様な存在はいるのだろうか?

平和主義の私としては、出来れば人間同士での殺し合いは避けたいところ。

『モンスターと戦う』となってもだいぶ恐怖を感じるだろうが、魔法を身につけるのならばモンスターに対して試し撃ち程度はするだろう。

今のところ話しかけられている内容はほぼほぼ分からない為、モンスターなどの存在有無についてはまだ分からないが、私も言葉を話せる程度に成長すればおのずと分かるようになるだろう。


思考が行き過ぎてしまったようだ。

今は魔法を使えるようになる為に、どのような努力していくべきか考えるべきだろう。

まずはよくある体の中にある魔力を探ってみることにする。

目を閉じるといつのまにか寝てしまいそうなので、ボケ~っと天井を眺めつつ、全身の力を出来る限り抜いてリラックスして、自分の中にある摩訶不思議エネルギーを目の前に凝縮するイメージを続けてみる。

…………何も感じない。

まぁ、すぐに出来るとは思っていないので数日間は続けるつもりだが、やり方が間違っている可能性も考慮しながら魔法に取り組んでいこう。




……数日で成果が出た。

自分の中にあるエネルギーの存在をなんとなく感じ取れるようになったのだ。

たぶん魔力だと思うのだが、何らかのエネルギーを胸の中心辺りに感じ、ゆっくりとした速度でなら動かすこともできる。

一切我慢できない排泄の時と母乳を飲んでいるとき以外、起きている間は暇なので、心臓から肩、腕、指先へといった感じで、エネルギーを全身に動かす練習をし続けた。

原因不明の大泣きをすることが一切ない私は、母親からしたら間違いなく手のかからない赤ん坊だろう。


言葉がなんとなく聞き取れて分かるようになるまで、魔力と思っているエネルギーを動かす練習をし続けた結果、自分の中でなら魔力を自由自在に操れるようになった。

練習は今後も継続して続けるが、そろそろ体を動かす練習もしておくべきだろう。

赤ちゃんってどのくらいからハイハイやつかまり立ちをするのだろう?

とりあえず寝返りに挑戦しながら魔力を動かす練習を続けた。




誕生してから5年。

私は年明けすぐに生まれたらしく、周りの人々が新年を迎えて活気づいているなか、無事に5歳を迎えることが出来ていた。

私の名前は『ウィル』。

経済的にはギリギリの一応平民だが、家名はなくただのウィルだ。

私は今、絶賛ピンチに陥っている。


「あっちだ!くそっ!逃げ足が速ぇ……。」


そう、近所に住むいじめっ子4人に追いかけられているのだ。

『貧乏』というのは虐める理由としてまぁ普通に考えられることだろう。

正直一人づつ確実に再起不能へと追い込めば余裕で撃退できると思うのだが、そんなことをしたら周囲の私に対する信用はなくなるだろうし、私の将来キャリアにおいて不利になる可能性が高い。

捕まってしまったら流石にどことは言わないが玉を蹴り潰すつもりだが、この調子なら問題なく逃げ切れるだろう。

……思ったよりもピンチじゃないな。


だがそれも当然のことだ。

私は歩けるようになって以来、晴れた日は毎日家の外を歩き続け、雨の日は家の中を歩き続けた。

勿論、昔から変わらず魔力を動かしながらだ。

ほとんど転ばずに走れるようになってからは、毎日意味もなく走っていた。

それもただ走るのではなく、元の世界にあったパルクールの様に走り続けたのだ。

昔動画で見て格好いいと思ったし、一度はやってみたかったのだ。

今では壁を4歩は走れるし、壁を蹴って屋根に登ることだって朝飯前だ。

1度見つかって怒られたりもしたが……。


こうして私は5歳にして、魔力の操作も自由自在であり、運動神経も素晴らしい、完璧な『(自称)神童』へと昇り詰めることが出来ているのだった。




「ただいま~。」


今日も気持ちよく走ったので、家に戻った。

呼びかけても帰ってくる声はない。

当然だ。

母親は仕事に行っているのだから……。


私を生んでから数年は、母親は内職で頑張ってお金を稼いでいたが、自分で言うのもあれだが私はほとんど手がかからず、2歳の頃には『非常におとなしい子供』として認識されていたので、日中は給料のより高いところへと働きに出るようになったのだ。

それでも生活はだいぶ厳しいが……。


当然ながら幼い頃から母親の手伝いをしっかりとしたおかげで、今では一通り家事もこなせるし、自慢ではないが料理もおいしいと思う。

今夜の夕食を今から作り始めることにしよう。

母親とは違い、いちいち火の玉で木材に火を点けることなく、火が必要なときは魔法で火を出して料理が出来るのが、私最大の特徴だ。

このおかげで薪代が一切かかっていない。


魔法はだいぶ使えるようになった。

特に『この属性の魔法しか使えない』ということはなく、火だろうが水だろうが風だろうが、魔力を必要量集めてイメージできれば、大抵のことは魔法で再現できる。

肝心なことは、体の内側にある魔力を制御し、制御を保った状態のまま体の外に出すことだけだった。

沢山の魔力を使ってイメージを現実にごり押しで再現することも出来れば、少ない魔力の量で科学的・論理的なイメージを持って魔法を発動することも出来る。

魔法はいろいろと融通が利いて、便利で素晴らしいものの様だ。


この世界に住む人のほとんどが魔法を使えるらしいが、自身が持っている魔力の量の関係上、大規模な魔法を発現出来るのは、血筋の良い貴族くらいらしい。

私の魔力量が多いか少ないかは、比較対象もいなければ、数値で魔力量を割り出せるものでもないので分からないが、こうして料理をしている間頻繁に使っていても問題ないので、恐らく多い方なのだろう。


ボソボソで雑味が強い上に硬いパンに合うスープが完成したので、母親が帰ってくるまで休憩だ。


この世界に転生してから5年。

私は私の思い描く『完璧に近い人間』へと、着実に成長していた。

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