薄情と言われても生まれつきだから仕方がないよね ~異世界で最も理解できないのは人間でした~

ふぉいや

第1話

気がつくと見知らぬ場所に座っていた。

周りには大勢の見知らぬ人がいて、私と同じようにズラーっと椅子に座っている。

前にワクチン接種を受けに行った時の病院がこんな感じだったな~。

ここは病院なのだろうか?


内心は若干パニックになりながらも、思い出せる最後の記憶を掘り起こす。

そう、確か今日は朝から昼までやっと再開した大学の講義に出席して、その後は入会しているゴルフサークルのメンバーと一緒に4時間程トレーニングしたり、ショットの練習をしたりして、打った球の回収や道具の後片付けに時間がかかったような……?

だんだん思い出してきた。

確か車が1台も走っていない道路の交差点で、律儀にも赤の歩行者信号で立ち止まり、普通に信号が変わるのを待っていた。

確かその時突然、息が全く出来なくなったんだ……。


背後から首を絞められたとか、鼻と口を塞がれて息が出来なくなったのではなく、肺そのものが動かなくなった感覚……。

あの時は完全にパニックだったが、口を開いて息を吸おうと必死にもがいたはずだ。

すぐに酸欠となって意識がどんどん薄れていき、頭の中では『なんで?』という疑問と、聞いたことのない笑い声が響いていたことをよく覚えている……。


でも、少なくとも私は非常に健康体だったはずだ。

親族に若くして急死した人はいなかったし、体脂肪率10%前後で運動もしっかりとしていた。

薬物を摂取したこともなければ、ここ最近は体調が悪かったことすらない。

突然こんなことになる理由が全く思い浮かばなかった。


もしかしてストレスが原因だろうか?

ゲームで自分の不甲斐なさにイライラすることはあったが、その程度のストレスで死ぬのなら現代の人間は半数以上死滅するだろう。

SNSはエナジードリンクの新作が出たときしか使っていないので、ストレスになる要素は一切なかったはずだ。


となると……もしかして急性カフェイン中毒だろうか?

数年前に一時話題となったが、カフェインを短時間に大量に摂取して、何人か急死していたような記憶がある。

確かに集中力を上げるために、筋トレやショットの練習前にコーヒーを飲む習慣が私にはあった。

だが、エナジードリンクは今日はまだ飲んでいないはずだ。

コーヒーとエナジードリンクを同時に飲んだのなら可能性としてはあり得ると思うが、コーヒー1杯で人が死ぬのなら、大人の大半は死んでいるだろう。


他には……。

駄目だ、全く私が死ぬ可能性が思い浮かばない。

他人に殺されたのならともかく、私の記憶が確かならば明らかに病死だろう。

健康体だと思っていたが死んでしまった以上、何らかの可能性が……例えば遺伝子の欠陥とかがあったはずだ。

一切心当たりはないが……。


そもそもここが死後の世界ではない可能性……?

そんなものはない。

確かに足は普通にあるし、服だって死んだときと全く同じ格好だが、ここには一切の光がないのだ。

私を含め、人間の目は光の反射を受け取って物を見ていることは知っているだろう。

だが、ここには一切の光がない。

なのに自分の体ははっきりと見えているし、並んで座っている他の方々だってハッキリとカラフルに見えている。

これはきっと光ではなく、魂の放つ輝きが私には見えているのだろう。

ジョジョの5部をアニメで全話見たからよく知ってる。


無駄にいろいろと考え事をしていると、明らかに一般人ではない方々がやって来て、遠くに座っている人から順番に、どこかへと案内し始めた。

いよいよ閻魔様とやらに、地獄に堕とされるのだろうか?

確か親より先に死んだら地獄行きだったよね?

他の罪は全然覚えてないけど。


しばらく待っていると、係りの者であろう堅気ではない方が私の前にやって来た。

背中に羽は生えていないが、顔立ちは美しい外国人女性といった感じで、天使と言われたら無条件で信じてしまいそうな美しさだ。

なんか緊張してきたな~。


「まずは興奮せずに大人しく聞いてください。あなたは死にました。ここは死後の魂を導くための場所であり、あなたという自我を洗い流すところでもあります。スムーズな転生への流れと導くためにあなたの生涯を『鑑定』させて貰いますので、そのまま落ち着いて座っていてください。」


天使的な存在なのかと考えていたが、作られたかのような抑揚のない声で話し、随分と淡白で事務的な対応だった。

ぺっ!私みたいなモブに興味はありませんってか?

酷い話だぜ全く……。


「言い忘れていましたが、『鑑定』している間はあなたの考えていることは私にも伝わりますので、出来るだけ無心でいるようにお願いします。」


……ごめんなさい。

口調から分かると思いますが、本心ではないんです。

私ではどれだけ全力で背伸びしても釣り合わないであろう美人さんを前にして緊張してしまったので、緊張感を紛らわすために先ほどのような言葉をっ!?


心の中で謝罪中だったのだが、美人さんは何かに驚いた様子で急に私の手を取り、私のことなどお構いなしにどこかへと移動し始めた。

魂に骨格や筋肉があるのかは知らないが、正直引っ張られているので少し痛いような気もする。

どこに向かっているのだろうか?

ゴートゥーヘル?


着いたのは殺風景なイスとテーブルしかない部屋だった。

『ここに座って、しばらくの間お待ちください』と言い残し、美人天使さんはどこかに行ってしまった。


『しばらくお待ちください』か……。

ここには何もない。

どうやって時間を潰せばいいのやら……。

空いた時間にはふくらはぎや太股の筋トレをしていたものだが、今の私の状態で行う筋トレに意味はあるのだろうか?

というか、いつ帰ってくるのかもわからないのに、こんなところで筋トレして待っているわけにもいかないだろう。

大人しく椅子に座って待っていよう……。

このテーブル、上座とか気にして座って待っているべきなのだろうか?

下座は……入り口側かな?




既に死んでいる私が退屈で死ぬわけもないのだが、退屈は心を殺していくものだ。

せっかくこの状態なので心と魂の関係についていろいろと思考を悩ませながら待っていると、美人天使さんが上司らしき格好の人物と、可愛い系の女性を連れて部屋に戻って来た。

時計がないのでどれだけ時間が経ったのかは分からないが、本当に随分と待たせてくれたものだ。

それで、いったい何があったのだろうか?

聞いても聞かなくても私の扱いが変わるとは思えないが、これだけ待たされたのだから聞いておきたい。


「『鑑定』した結果、あなたの死因は『呪殺』でした。『呪殺』とは言葉の通り『呪い』『殺す』という意味ですが、あなたのいた世界では当の昔に無くなっているはずの死因です。」


呪殺か~。

『呪い』は知ってるよ。

アニメで爆発的に流行ったからね。

本当にあったのか~。

怖いなぁ~。

……私誰かに呪われるようなことしたかな?

いや、『あなたのいた世界では当の昔に無くなっているはずの死因』……?

確かに幽霊とか呪いとかオカルト的な物の存在は全く信じていなかったけど、昔は実際にあったのか。

クララが立つよりも衝撃的だぜ!


「とりあえず気になるのは『なんで私のいた世界では無くなったはずの『呪殺』が原因で私が死んだのか』だけど、そこの方々が関わっているのかな?」


「こちらの新人の不手際が原因です。こちらの新人が浄化前に呪われた魂を逃がしてしまった結果、呪われた魂はあなたのいた世界へと行き着き、そこに偶然居合わせたあなたの肉体を求めて呪いがあなたの内側に入り込み、その結果として『あなたが『呪殺』された』という結末を迎えました。なお、違う魂が肉体を乗っ取ることなど不可能なので、あなたの死体は干乾びたミイラのような状態となり、こちらの職員が回収いたしました。」


片方は私が死ぬ原因となった新人さんで、もう一方は私の死体を回収した人か。

……何を言ったらいいのか分かんねぇや……。


まぁ、新人さんがミスをするのは仕方のないことだよね……。

なんて言うかと思ったかバーカ!

そんな重要な職務を新人に任せること自体がおかしいだろ普通。

お前らのミスで死んだ場合、元の世界の元の状態に戻して生き返らせるなんてこともどうせ出来ないんだろ?

というか私の死体を回収したって、死体が無くなったらどうするの?

私がそもそも存在しなかったことにでもするか、向こうで行方不明として処理されるまで待つつもり?


「死体を回収した件については安心して下さい。現場には呪われる前の状態を再現した遺体を複製・設置して、病死で処理することは出来なかったので『轢き逃げによる事故死』という風に演出しましたので。」


安心するかボケ!

トラックに轢かれて異世界転生する異世界もののラノベが多いのは、普段からそんなことしてるのがバレたからじゃないの!?


「はぁ~……この後はどうなる?」


「転生しますか?何一つ特別扱いは出来ませんので、どこかの世界で、普通の一般人として生まれることになりますが……。」


「どこの世界で転生できるか選べるの?」


「選べません。魂を浄化した後は神が造った『転生システム』に入れられて、いくつかの世界からランダムに生誕することになります。」


救いがどこにもない様だ。

それならさっさと問答無用で『魂の浄化』とやらをやればいいのに……。

あれかな?

『現世に未練があるといくら洗っても魂の汚れが落ちない』とか、そんな感じの事情でもあるのかな?

そういえば最初から『スムーズな転生への流れへと導くため』とか言ってたな。

聞いても教えて貰えないだろうし、聞いたところで何の意味もないから聞かないが、『鑑定』して問題がなければサクッと浄化して、問題がある場合は私の様に別のところに送られるのだろう。


「それじゃあその『魂の浄化』をお願いします。」


なんかもう、全てがどうでもよくなったので、美人天使さんに声をかけた。


「承知しました。」


美人天使さんが返事をしたが、前に出てきたのは私が死ぬ原因を作った新人だ。

せっかくの機会だし、記念に顔面でも殴っておこうかな?

いや、グーで殴ると結構痛いし怪我もしやすい。

座っている椅子を使って、全力で頭を殴ることにしよう。


「テメェも一遍死ねやクソがぁー!」


流石に魂の浄化直前に私がこのような暴挙に出るとは思わなかったのだろう。

背もたれを掴んで振り抜かれた椅子は、見事に油断していた目の前の新人さんの頭を捉えた。

流石に木製だった椅子は壊れてしまい、その破片が周囲に飛び散るが、どうせ忘れるのだから私にとってはどうでもいい。

そうか……、これが一切の未練やしがらみから解放されるってことなんだね。

今の私は非常に清々しい気分だ。


結局1度も謝罪の言葉を口にしなかった新人さんは、倒れたまま動かない。

これで死んだら『ざまぁ』と笑ってやろう。

こいつらが死ぬとは考えられないが……。

そういえば死ぬ間際に頭の中で響いていた笑い声は何だったのだろう……?


そんなことを考えた途端、私の手足が先の方から徐々に崩壊していった。

いよいよ魂が浄化されて『私』という人格は消え去ってしまうのだろう。

……新人ぶん殴ったから存在を消されているとかじゃないよね?

ちょっと不安になって来たな……。

まぁ、既に手足は無くなっているし、今更不安になったところでどうすることも出来ないのだが。

胸から下が完全に消え去っているのに視線の高さが変わらないってどういうことかな?

今の私は空飛ぶ生首よ~!


最後に気持ちのいい一撃を放つことが出来たからか、この状況でそんな馬鹿みたいな冗談を考えてしまっていたが、美人天使さんの一言で一気に状況が変わってしまった。


「た、魂の浄化が終わらないまま転生しようとしています!」


……何それヤバいの?

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