プレゼント
尾八原ジュージ
プレゼント
頼みがあるからアパートに来てほしい、と、突然好きな女の子に言われた。
社会学のグループワークで知り合い、半年ほど友達関係を続けてはいるけれど、ぼくはまだ彼女と大学以外で会ったことがない。もちろん、自宅に行くのも初めてだ。
ふたりきりで歩きながら、彼女は「九月の終わり頃にね」と突然話し始めた。
「夜にアパートに帰ったら、集合ポストのところですごい花の匂いがしたのね。金木犀の匂い」
何だろうと思いながら自分の部屋のポストを開けると、枝から千切り取られた黄色い花弁がどっと雪崩れ出してきた。
何者かが、彼女のポストに金木犀の花をみっしりと詰め込んでいたのだ。
ポストの中にあった郵便物には植物の汁がつき、独特の強い香りが移ってしまっていた。彼女は怒り狂いながらポストの中を掃除した。
「そのときは子供の悪戯だろうと思ったのね」
彼女がそう言ったとき、ぼくたちはちょうど小学校の前を通り過ぎるところだった。もう夜なのに、二階の一部に明かりが点いている。まだ誰か残っているんだな、などと考えていたぼくの耳に、「その夜、夢を見たの」という彼女の声が滑り込んできた。
夢の中で、彼女は人間のような形をした「何か」と対峙していた。顔は影になってよくわからなかったが、よく見ると右手と左手が逆についていた。何かよくわからないものが人の真似をしているようだった。
そいつはぎくしゃくと「はな、はな、花はきらい、お嫌いですか?」と言った。それで彼女は、こいつが金木犀をポストに突っ込んだ犯人なのだと悟った。
夢の中だからか、彼女はそいつをまったく怖ろしいとは思わなかった。ただ腹立たしかった。文句を言おうとしたが、声はなぜか空気に溶けてしまった。
人間のような何かは何度かうなずいた後、「なるほど、なるほど、なるほど」と繰り返した。その瞬間、彼女の口から「ちがう!」と声が出た。
と思ったら目が覚めていた。窓から朝日が差し込んでいた。
「それでその日、バイトから帰ったらさ……紅葉の赤い葉っぱがぎっちりポストに詰まってたの」
そういうことじゃないのに、彼女がため息をつく。ぼくたちは信号の前で足を止める。
そのときすでに彼女は、子供の悪戯を疑うことをやめていた。
ポストに花や紅葉が詰め込まれたのは、あの「何か」の仕業なのだろうと確信していた。
たぶん、あれは自分のことが好きなのだろうと思う。
思うが、好意の示し方を間違っているのだとも思う。
紅葉を撤去した翌日は何もなかった。その翌日も何もなかった。
もう止めてくれたのだろうか、と安堵しかけた翌日、彼女が夕暮れにポストを開けると、摘み取られた彼岸花がたくさん詰まっていた。
乱雑に詰め込まれた赤い花弁は、ひどく不吉な雰囲気を漂わせていた。すぐに片付けようと、彼女はポストに手を突っ込んだ。そのとき、何かが彼女の手を、ポストの中で握った。
悲鳴を上げて手を引っ込めると、赤い花がばらばらと落ちてきた。
ポストの中は空っぽだった。
「それで、困ってるの。講義とかバイトとかあると、帰りはどうしても遅くなるし」
彼女が呟く。
すでに日は落ちて辺りは暗い。街灯が辺りを照らしている。
ぼくたちはアパートの前にたどり着いた。彼女の言わんとするところを、ぼくは既に悟っていた。
花の香りが辺りに立ち込めている。
彼女がぼくの袖口をぎゅっと掴んで囁く。
「……中身、出してほしいんだけど」
ぼくは、何かがひどく怒っている気配を感じて、その場を動くことができなかった。
プレゼント 尾八原ジュージ @zi-yon
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