反社の保護者。
保育士何年目かの時に、また2歳児のクラスを担当することになった。今回のクラスには新卒の先生も入り、初めて後輩ができた年でもあった。
そして、新年度から2歳児クラスに入園してくる子が何人かいた。
園長が僕たちを呼んだ。園長は真顔だった。
どうやら新入園児の中に児童相談所がマークしている家族がいるらしい。
父親も母親も僕より年下で、なんと父親は脅迫か何かをして、執行猶予中とのこと。どうやらそっち系らしい。
やっば~っと思った。こわ~いと思った。身近で執行猶予という言葉を初めて聞いた。
僕は粗暴な人と、声の大きい人、車の運転マナーが悪い人が苦手だった。
今回のクラスでは、僕が一番ベテランで、頼れる人もいない。
「ほら、先生、ボクシング習ってるじゃん。大丈夫」と園長が僕を励ましたが、
勝てる気がしないし、そもそも子どもの前で殴れるわけもない。
数日間、足が震えたまま、入園式当日を迎えた。
お父さんの見た目はそのままだった。すぐにわかった。他にいないだろこれ、というくらいわかりやすかった。
お母さんはいかにも若いママという感じだった。茶髪で、胸の谷間が全開だった。
しかし、話してみるとのんびりしていて、アニメのキャラみたいな声をしていた。
その子どもは僕が担当した。その子は女の子だった。べちゃっとした顔をしていて美人ではないけど、とてもかわいらしかった。
しかしその子、少し発達が遅れていた。
語彙が「自分の名前」「うん」「いや」だけなのである。
こちらの話すことは理解してくれる。しかし、怒るときも自分の名前を言いながら怒り、泣くときも自分の名前を言いながら泣く。喜ぶ時も同じく。
気持ちを言葉で表現できないから、他の子を噛む。とにかく噛む。
「他の子をかむなら、先生をかんで~」と言うと僕を噛む。
しかし、よしよしすると落ち着く。ナウシカか俺は、と思った。
その子の布団も服も、髪の毛もタバコの匂いがきつかった。
子どもの前でも気にせず吸うんだろうな。にしても、こんなに匂いつくかしら。というくらい毎日タバコの匂いがついていた。
お迎えはお母さんが来ることがほとんどだったが、たまにお父さんも迎えに来た。
僕は開き直った。ここはあえてタメ口でいこう。もう自分のキャラを信じてごり押そうと。
その父母は二人ともパチンコをしていた。僕も学生時代はパチンコをしていたし、やめた後もケーブルテレビでパチンコの番組をたまに見ていた。
まずはその話で距離をつめた。
そしたら、保育士なのにパチンコに詳しい僕に二人はうれしそうにしてくれた。
タバコの話もした。「何の銘柄吸ってるの~?」と。
そこからさりげなくタバコのことも注意した。結局きかなかったけど。
思い切ってお父さんに執行猶予の話もした。「気をつけなさいよ」とまで言った。
特にお母さんは僕に気を許してくれた。僕はよくお母さんに説教をしていたのだが、それがうれしかったそうだ。そりゃそうだ。心配だもの。
ちなみに胸の谷間のことも説教した。それもきかなかったけど。
そんなこんなで秋の終わりまで過ごしていたが、ある日、僕は園長に呼ばれた。
なんと、その子が転園するとのこと。
何でですか?と聞くと、園長はこう言った。
「父親が暴力沙汰を起こして、逮捕されたらしい」
しかも執行猶予中だったから、もう実刑である。
お母さんと子どもは実家に帰ることになったそうだ。
せっかくこの子も落ち着いて過ごせるようになったのにな…。この子なら、環境次第でのびるはずなのにな…。と、残念だった。
結局、その子は語彙があまり増えずだった。あまり家で会話してなかったのかな。それも説教したのにな、と悔しかった。
その子の最後の登園日、僕は全力で手作りしたアルバムを渡した。
最後にお母さんが、
「先生、私と連絡先交換して~」
と、言ってきた。
「そういうの禁止されてるんです~」
と僕は軽やかにかわした。別に卒園したり、保育園が変われば禁止はされていないけど。
いつか出所したお父さんに、報復でもされたらかなわんからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます