第14話 忘れるまで忘れない。


「これはこれは。随分と久しぶりだなあ、レディア」

「お前は――っ!?」


 燃えるように赤い髪に、全身にある無数の傷跡。そして身近にあるよく知った赤い瞳。鍛えられたその身体はまるで鋼のようで、只者では無い覇気をヒシヒシと感じる。


 レディアよりも背が高く、それと同等の長さの大剣を背中に背負い、返り血なのか腕や顔の所々が赤い液体に濡れている。


「テメェに付けられた顔の傷……くくっ、疼きが止まんネェよ!」

「……」

「ケッ、死んだと思っていた……そう言いたげな顔をしてるみてえだが、随分とマヌケな顔だぜ? レディアさんヨォ」


 挑発するように煽ってくるこの大男。そしてレディアと同じ瞳のこの男……こいつは、たしか――


『おい、レディア。俺とあっちむいてホイしようぜ! 負けたら全裸な!』

『乗った! 俺から行くぞ』

『え、いやジャンケンしてから――』

『あっちむいてホイ! あ、ごめん』

『いてえ――! 爪が顔に食い込んだ――!』


 うっすらとした記憶が鮮明に蘇り、あっちむいてホイで負けて全裸になっていた子どもの姿を目の前の大男と重ねる。


「はっ!! ようやく思い出したぜ。お前あっちむいてホイのヒロシ君だな!」

「……」

「え、違うの?」

「忘れたとは言わせネェぞ」


 違うのか、ならば――


『おい、レディア。けんけんぱーで勝負しようぜ! 負けたら全裸な!』

『乗った、俺が書いてやるよ』

『いや、ジャンケンしてから――』

『ほら先にお前飛べ!』


 けんけんぱー、けんけんぱー、けんけんぱー。


『なんだ、普通じゃんか。これなら簡単だ――って」

『どうした、飛べよ』

『なあ、なんでこれマルが8個あんの? タコか、タコになれってことか?』

『はい飛べなかった。お前の負けな』


 うっすらとした記憶の中で、けんけんぱーが飛べなくて全裸になっていた子どもの姿を目の前の大男と重ねる。


「はっ!! やっと思い出したぜ。お前はあの――あぶなっ!?」


 話している最中に、瞬時に接近して背中の大剣から繰り出される斬撃を回避する。強力な筋肉と巨大な剣の重さが合わさり、地面はまるで爆発したように抉れていた。


 かなりの重さであろう大剣を軽々と持ち上げ、肩に担ぐその筋肉……誰かと会わせたら面倒だ。


「まだ人が話してる途中でしょうが! やーいやーい、卑怯だぞお」

「生憎テメェと仲良しこよしをしに来たんじゃネェ。オレはあの日から……ずっとテメェを探してきたんだ」

「ふーん、サイン欲しいの? それとも握手? 握手しようか?」

「ケッ、忘れてんなら嫌でも思い出させてやるヨ」


 大男は目を閉じて右手に力を込めると全身から黒いオーラが現れ、それが右手へと集まっていく。


 この黒いオーラの正体、遥か昔の文献にあるそれとは異なり、禍々しさに溢れてはいるが【魔力】に間違いなかった。


 あの魔王を討伐した勇者の仲間である【エルフ長耳族】が編み出したとされる不思議な力。


 その力を、この男はたしかに使っている。


「ヘル……フレア」

「え、名前ださっ――」


 突如として大男の手から放たれる、黒い炎の弾。避けようとするもいつの間にか背後は壁で、咄嗟に転がるようにして黒炎弾を避けたものの、その黒い炎は壁を大きく破壊し、瓦礫とともに飛び散った炎がレディアを襲う。


「いだっ、あいた! あ、あちゃちゃ! あちゃい!」

「ふう……体力は消耗するが、流石は暗黒竜だ」

「服が、服があ!!」


 黒い炎が服に燃え移り、すぐさま脱ぎ捨てる。そして高かった事を思い出してものすごい勢いで後悔する。


 だが、顔を上げたレディアはその光景をみた瞬間に後悔は吹き飛んだ。


「嘘だろ……この壁レンガだぜ? レンガって燃えるのかよ」


 黒い炎の影響だろうか、堅いレンガはまるで木のように燃え上がり、黒い炎とともに塵となり風に消えていった。


「どうだ、レディア・ノエストラ。このオレを思い出したか?」

「ああ、思い出したよ。暗黒竜の背中に乗って、馬鹿みたいに暴れやがって――ええと、すまん。名前は忘れた」

「癪に障る……まあいい。オレもテメェと同じく生まれ変わったんだ。改めて自己紹介してやるヨ」


 レディアがS級冒険者になるきっかけとなった【暗黒竜襲撃事件】。突如として王都の上空に現れた暗黒竜は、すべてを焼き尽くす暗黒の炎で王都の街が壊滅的被害を被った。


 王宮はエルフ族によって張られた魔法壁のお陰で被害は少なかったものの、討伐に出た多くの兵士たちは倒れていった。


 冒険者ギルドも総出で人々の避難誘導や、火消しなどを行い、腕の立つ冒険者は暗黒竜に立ち向かったがそこで立ちはだかったのがこの傷だらけの大男。

 

 エルフの長を殺し、盗んだ【エルフの秘宝】を使って暗黒竜を目覚めさせ、王都へと仕向けた大罪人。


 【レックス・アンダルシア】


「あの日、オレはテメェに負けた。手も足も出なかった。オレは、あの時……死ぬ筈だった」

「……(これは長くなりそう)」

「だがオレは【あのお方】に救われた。そしてあのお方はオレに力をくれた。あのお方、そして……テメェと同じ、この眼をくれた」

「あのお方? そいつが今回の黒幕ってか」


 そうレックスに問いかけると、不気味に笑い出す。馬鹿にしているのか、それとも単に頭のネジが数本外れているだけか。とにかく何も答えようとしないレックス。


 【あのお方】の存在は気になるが、さっきから周りが静かすぎることに不安を感じる。剣聖の血筋であるナゼルとロイドであれば心配無いとは思うが、どうも様子がおかしい気がしてならない。


 黒幕の詮索は後だ。

 まずはコイツを片付ける。


「いいネェ……その眼。ようやくヤル気になったか」

「悪いが、お前に構っている暇は無い。つか仕事の邪魔すんな」

「始めようぜ……あの日の続きをヨォ!!」


 その声とともに大剣を振るうレックス。レディアもすかさず鞘から剣を解き放ち、白き輝きとともに大剣を受け止める。


(な、何て重さだ……押し返せねえ!)

「いい剣使うじゃネェか。だがな、体格差はどうしようもネェんだヨ!」


 強力な斬撃はまるで巨大な岩を押し付けられているかのように重く、その力に弾き飛ばされるレディア。


 壁に衝突する寸前に身体を翻し、その勢いを利用して壁を蹴る。


「チッ……雑に扱わないでくれよ。こちとら借り物なんだぞ!」

「ヘヘァ!! 知るかヨ!!」


 そのまま突進するかと思いきや、レディアは鞘を地面に突き刺し、鞘を支点にしてレックスの頭を飛び越えながら斬りつける。


 しかしレックスはそれにも反応し、軽々と剣を持ち上げて防いでいた。


「今のは懐かしいなァ。あの日はまんまと斬られたが、2度目はネェ」

「ダメか……」


 平たく巨大な剣を、いとも簡単に振り回すだけの力があるからこそできる芸当。攻防一体の武器だが、もはやレックス専用の武器とも言える。


「おいおい、まさか終わりじゃネェよなァ? S級ってのはこんなもんかァ?」

「……かもな」

「剣を投げるたァ、見損っ――うグッ!?」


 挑発するレックスに向かっておもむろに剣を投げつける。愚行とも取れる行為だがその瞬間、レックスはレディアから眼を離していた。


 幻滅しながら剣を弾こうとした時、目の前にレディアが迫っていたことに気がついたが、その頃にはすでに遅い。


 レディアは投げた剣をレックスが弾く前に手に取り、身体を回転させながらがら空きの胴体に剣を振るう。


 以前のレックスなら、このままレディアに胴体を斬られて死んでいた筈だった。あの日のように、何も出来ないままで。


 しかし今のレックスには、あの醜い赤い瞳があった。その瞳は憎むべき敵を確実に捉えていた。


 無理矢理身体を動かし、大剣で斬撃を防いだが体重の乗らない防御ではレディアの勢いを殺しきれず、振り切ったレディアの力に堪えることなく、レックスは壁に衝突した。


 黒炎弾によりもともと脆くなっていた壁が崩れ、砂煙とともに瓦礫に飲まれる。


「赤い瞳……使いこなしただけでここまで変わるかよ。ったく、一筋縄じゃいかない――っ!」


 言い終えないうちに飛んでくる崩れた壁の一部。既の所で壁を斬り刻み、瓦礫を細かくしたがその後ろから現れる大剣を振りかざしているレックス。


(コイツ……壁を目眩ましに!)


 回避はすでに間に合わない。あの重い剣を受け止めれば次は腕の骨が砕けるだろう。選択肢は1つ、受け流す他ない。


「捉えたぜ、レディア!」

「させるか!」


 剣と剣が触れる瞬間に力を抜き、肘をクッションにしながらレックスの力を受け流す。だが、思いの外レックスの剣撃が軽かった。


 あるのは剣自体の重さのみ。


 それもそのはず、レックスの狙いはレディアを剣で叩き斬る事では無かった。


「なにっ――ぐはっ!」

「捉えたぜ、捉えたぜェ!」


 力を受け流そうと、あえて力を抜いた事が裏目に出た。レックスはすでに剣を手放しており、空いた手でレディアの顔面を掴んだまま地面へと叩きつけていた。


 地面が凹むほどの強烈な打撃に、口から血を吐き出す。その衝撃で持っていた剣も手放してしまっていた。


「おいおい……無様だなァ、レディア。赤い瞳が泣いてるゼ?」

「ぐ…………お、お前のは……な」

「くそっ、眼が!? ウガッ!」


 口に溜まった血をレックスの赤い瞳めがけて飛ばす。それにより解放されたレディアはレックスの顎を蹴り上げてから立ち上がった。


 頭がクラクラする。さっきの衝撃で視界がおぼつかない。


 頭から流れた血が、眼に染みてさらにボヤけていく視界。それに釣られて朦朧としていく意識に、立っていられなくなり、思わず膝を付く。


「すげぇよな……この眼はヨォ」

「ず、随分とタフな奴だな。しつこい奴は……嫌われんぞ?」


 口からペッと血を吐き出し、首をコキコキ鳴らしながら立ち上がるレックスにレディアもヨロヨロとしながら剣を拾い上げて構える。


「最高だぜ、この眼。最高の力だ」

「最高だと? これが何か分かって言ってんのか?」


 レディアの赤い瞳が、鋭く突き刺さるようにレックスに向けられる。それを嬉しそうに笑みを浮かべて、両手を広げるレックス。


「憎悪によって精神が蝕まれ、果てない怒り、憎しみはやがて殺戮の衝動となり、その瞳は血を求め赤く染め上がる。まさに――」


 いにしえの呪い……【悪魔の瞳】。


「なんだよ……知ってんのかよ」

「オレはテメェの怒りで、憎しみで目覚めた。あの日の屈辱を晴らす為、この眼を……テメェの血で満たす為にな」

「逆恨みも甚だしいな。そこまでいくと……尊敬しちまいそうだ」


 レディアも同じように口から血を吐き出して、レックスを睨みつける。尊敬とは別の、拭えない怒りの眼差しで。


 この悪魔の瞳と呼ばれる赤い瞳は、ある種の呪いのようなもの。憎悪に囚われたモノの醜い哀れな証。


「たが1つ、分からネェ事がある。テメェは何と戦ってるかだ。それだけの憎しみを持ちながら、その在り処が見えネェ」

「……黙れ」

「テメェは誰を憎む? 殺したいんだろ、ソイツをヨォ。テメェの憎しみは何処だ?」

「黙れ!」


 レックスに呼応するように瞳が赤く濃くなっていく。レディアが憎しみに囚われていく。


 俺は……許せないんだ。

 憎しみ、恨み、怒り……俺は……アイツが許せない。


「お前がやったんだ」

「お前のせいだ」

「お前がいなければ」

「俺は生きていた」


「僕が殺した」

「僕のせいだ」

「必要なのは僕じゃない」

「僕が……死ねば良かったんだ」


 だからこそ、俺は生き続ける。君の為に生き続ける。死ぬ事は許されない。君が許してくれない。


 君の恨み、憎しみは……僕の恨み、憎しみ。

 




 俺は――俺が憎い。


 何を取り乱す必要がある?

 何も変わらないじゃないか。


 ふぅと息を吐いて瞳を閉じる。取り乱した心を落ち着かせて、ゆっくりと眼を開く。


「妙に落ち着きやがって……何なんだテメェ?」

「待たせたな。見せてやるよ」


 俺とお前の格の違いってやつをな。


 突如として雰囲気が変わるレディアに、何処か不気味さを覚えるレックス。しかし臆することなく、レディアに対する憎しみを増加させてさらに瞳を赤く染め上げていく。


「何だか知らネェが、テメェは俺が殺す」

「分かった分かった。さっさと来いよ」

「なら、お望み通り……」


 再び右手に魔力を貯めていくレックス。先程と違うのは、ありったけの魔力を右手に集中させたことで膨大な魔力を右手に生成した。


「燃え尽きろ、ヘルフレイム!!」


 ヘルフレア以上の魔力を注ぎ込んで放つ、強力な黒炎弾。まともに受ければ跡形もなく燃え尽きるほどで、レックスの憎しみを糧として黒炎弾は燃え盛る。


「足らねえんだよ」

「何?」


 その黒炎弾が当たる寸前、レディアは手に持つ剣を振るう。


 それは一瞬の出来事だった。


 ゆっくりと振り下ろされた剣は、ヘルフレイムを真っ二つに斬り裂き、その先にいたレックスでさえも斬り裂いていた。


「ば……馬鹿な……このオレが……オレの……憎しみが……」

「お前のソレと、俺のを同じだと思うな」





 足らねえんだよ。





 そう告げると、レックスは怒りや恨み、憎しみとともに真っ二つに割れて息絶えた。


 振り返り、その屍を見つめるレディアの瞳は……静かに、ただ静かにその憎しみを燃やし続けていた。

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