第13話 出任せの嘘ほど出せば出すだけ最後辻褄が合わない。


「君だ。剣聖は君だ」

「だーっ、またいつもの調子でやってしまった! え、不敬罪かな……不敬罪かな!? あーっ!」


 今更ながらに頭を抱えるレディア。理由は分からないが何故か暴走するリヒトに対して、遠慮なしに剣を振るってしまったことを後悔している真っ最中。


 肝心のリヒトはというと、見下してきた一般市民にいとも簡単に敗北したことに悔しさを超えて絶望を覚えていた。そこに心配そうに駆け寄るレエナ。


「リヒトお兄様、お怪我は?」

「……」

「リヒトお兄さ――」

「触るナッ!」


 触れようとしたレエナにさえも感情的になり、身体を押すようにして払い除けた。それに驚いたレエナは地面に倒れそうになるその時。


「きゃっ――って、アレ?」

「ったく、他人に当たるってのが一番寒いぜ?」

「レ、レディア様!」


 抱くようにしてレエナを抱えたのはレディアだった。そしてその姿がリヒトからはまるで自分を見下しているようにみえて、自分が見下されているようにみえて、居ても立っても居られなくなっていた。


「一般市民が……一般市民が貴族を見下すのかっ!」

「やめろリヒト!」

「リヒトお兄様、落ち着いて下さい!」

「チイッ!」


 怒りに飲まれたリヒトが、再び落ちた剣を拾い上げてレディアに斬りかかろうと迫ってくる。


 抱えるレエナを自分の背後に回らせて、ため息を吐きながら不思議な軽い剣の柄に手をかけた瞬間に、2人の間に割入ってくる誰か。


 その人物の登場に思わずリヒトでさえもその足を止めてしまうほどだった。


「何事かっ!!」


 2人の間に突如として現れたのは、当主のナゼル・イン・セスタリカ。その威圧とも取れる声に足が竦んで動けなくなるリヒト。 


 そして「終わった」と完全に不敬罪に問われることを確信して諦めモードに突入するレディア。


「これは何だ? 何をしているのだ、リヒト」

「ち、父上……」

「お前のことだ。また訳のわからぬ輩に貴族主義を吹き込まれたのだろう?」

「き、貴族主義は……この廃れた国に救いをもたらす革新的なモノなのです!」


 ナゼルは「ほぉ」と頷きながらリヒトに近づくと、剣を持つ手首を掴んで、かなりの力で締め上げた。


「貴族主義とは剣を振るうのか? それも私が招いた客人に対して」

「くっ……し、しかし!」

「黙せ、リヒト。これ以上、私に恥をかかせるな」

「ぐぁああ……」


 締め上げる力が強すぎて悶るリヒトの手からようやく剣が落ちた。すかさずそれをロイドが拾い上げるとナゼルは手を放し、今度はレディアとレエナに近づいてきた。


 あー……これはついに不敬罪を言い渡される時がきたのか。不敬罪ってどれぐらいの罪になるのかな?

逃げたらさらにまずいよなぁ……。


 どれくらいまずいかっていうと……あのねそのきっと、こうねも……想像を絶するくらいのさ、あれの…………ね、多分なんだけど………………つまりまずいのだ。


 しかしレディアの予想とは裏腹に、ナゼルはレディアに向かって頭を下げていた。


「レディア君、愚息がとんだ迷惑を掛けたようだ。この通りだ、すまない」

「いやぁ、迷惑だなんて……ただ俺はリヒト様に剣の指導をしていただけで、きっと勘違いですよ」

「っ!」


 その言葉は、リヒトにも届いていた。驚き、目を丸くするが、それにさえも沸々と怒りが込み上げてくる。


 アイツ……あれで助けたつもりなのか? またそうやって貴族を見下して……たかが一般市民が偉そうに……。


「父上! 彼の言うとおり、僕がお願いして剣技を披露して貰っていたんです! それよりようやくセスタリカ家が揃ったのです! 彼を屋敷へお招きしようではありませんか!」

「そうか、ロイドが言うのであれば。さ、待たせてすまなかったなレディア君にレエナ。屋敷へ案内しよう」

「ほっ……行こうか、レエナ」

「は、はい……」


 安心したように胸をなでおろし、レエナにそっと手を差し伸べる。何故か恥ずかしそうに顔を赤らめながらその手を取ると、鼓動が速くなるのを感じた。






「さて、まずはようこそと言うべきかな」

「ハ、ハイィ……」


 もはやこんなに長い意味があるのかと思うほどに長いテーブルに、見たこともないキラキラした料理が所狭しと並んでいく。


 え、なにこのオニク。キラキラした皿にある草たちはこれホントに草なの? こんなに食べるの? 貴族って大食らいなの?


 まず初めに驚いたのは門かと思ったら屋敷の入口だったこと。そして屋敷内の壁が、鏡のように磨き上げられていてそして出迎えるメイドの数が大部隊を組めるほど。


 何より一瞬で囲まれて一瞬で服装の乱れを直されたことにもビビり散らかしていた。


「冒険者はよく食べると聞いてな。専属のシェフに腕を振るって貰ったんだ」

「客人をお招きするのは久々ですしね! それに家族もこうして全員が集うのも滅多にありませんから!」

「レディア様、遠慮なくお召し上がり下さいませ」

「キョウシュクデスゥ」


 相変わらずビビり散らかして、カタコトになる中で一向にだれも料理に手を伸ばさずにレディアを見つめている。一人には睨まらているが、まるで何かを期待されているような眼差しがかなり痛い。


 嘘だろ。気を利かせてくれたんだろうけど、こんな状況で飯が食えるかっての。入るもんも入らねえだろうに……。


 ああ、やめろーみるなー。なんで見てんだよー誰か先に食えよぉ。


「むむっ、ならば先に僕から頂こう!」


 遠慮していると思ったのか、察しのいいロイドが料理に先に手を伸ばすと、レエナもそれに気がついてレエナも手を伸ばしていた。


「うむ、普段とは違ってこんな大皿の料理というのも、庶民的で悪くない。さ、遠慮せずに食べてくれ給え」

「ミナサン……」


 やはりこの食事も冒険者であるレディアにわざわざ合わせてくれたようで、本来なら個人ごとに一皿一皿で料理が提供されているらしい。

 貴族はお高く止まっているというイメージとは大きく異なり、一人だけ睨んではいるが、かなり饗されている。


 なんだ……一人には睨まらているが、貴族ってのは案外偉そうな奴ばかりじゃなさそうだ。


 食事も終え、一息ついていると不意にナゼルが話を持ち出した。


「さて……一段落ついた所で本題に入ろうか」

「そ、そうですね(まじかあ)」


 いつになくピリつく空気。緊張の糸がピンと張り詰めたような空気の中では息をするのでさえ苦しく感じてしまう。


 だがしかしこれはクエスト。あくまで仕事なのだ。そう割り切ってしまえば……割り切れないとボロが出てしまいそう。


「レエナは私の大切な大切な、大切な娘だ。その大切な娘を君は……本当に愛しているのかね?」

「はい、もちろん」

「そうか。ならばもし、君が娘と結婚するに当たって我々セスタリカ家は、これからの一切を関わらないとしても、君は娘を幸せに出来るのかね?」

「レディア様……」


 心配そうにレディアの腕をギュッと掴むレエナの手に重ねるようにして、一度ナゼルから目を離してレエナに微笑む。


 ナゼルのこの問いかけはつまり、レエナがセスタリカ家の人間としてではなく一人の女性としてレエナを愛せるのか、そしてセスタリカ家で過ごしてきた日々よりも幸せに出来るのか……そんなレディアを試しているかのようなものだった。


 当然、答えるのは一つだけだ。


「俺は……貴族がどうだとか、セスタリカ家がどうだとかそんなことはどうだっていいんです。俺はS級冒険者、当然俺の手はとても綺麗とは言えない。そんな俺の汚れた手を彼女は、「美しい」と……そう言ってくれたんです」

「ほぅ……」


 やべえ、やべえよ。勢いのあまり盛りすぎたぞこれ。よくもまあペラペラと嘘がつけるもんだこの口は!


 そりゃそうさ、貴族とかどうだっていいんだよ。こっちは金さえ貰えれば何だってするっつーの!

冒険者舐めんなよ!


 そんな事を頭の中で思っているとはつゆ知らず、何故か顔を赤らめているレエナ。


 うわあ、演技上手いなこの子。舞台に上がれますわこりゃ。


「そして、初めて誰かの人生に、彼女の人生に興味を持ちました。「冒険者たるもの、自由であれ」自分が思うように、やりたいように生きてきた中で、ハッキリと彼女の存在が俺の中で生き甲斐になっていたんです」

「生き甲斐……か。だが、結婚は君を縛り付けるものだ。それで冒険者を名乗れなくなってもいいのか?」

「構いません。冒険者であってもなくても、俺が彼女を愛しているということは何も変わりませんから」


 いやも、ホントによく喋れるわ俺。どこで覚えたのこれ? なるほどね、これが才能ってやつか。なるほどなるほど……流石は俺か。


 やはりレエナも演技が上手いのか、相変わらず顔を赤らめながらレディアを見つめる。それを満足気に頷きながら聞いているロイドとは対照的で、レディアの堂々とした態度に腹立たしさを覚えるのはリヒトだった。


 しかし、リヒトは窓の外を確認すると、キミの悪い笑み浮かべていた。


「なるほど……君は本気のようだな。レエナ、実に清々しい男を射止めたものだ」

「いえ、私が彼に惹かれたのです。ご存知の通り、彼は王国を救った英雄であるにも関わらず、言いふらしたりそれをひけらかす事もしません。そんな謙虚な彼を、私は支えたいと思うようになりました」


 自信満々な顔でそう話すレエナの隣で、思わず飛び跳ねそうになるがクエストであることを思い出して静かに落ち込むレディア。


 出任せの嘘とはいえ、そう言われるとすごく嬉しい。


 だが、間違いがあるとすれば別に謙虚な訳ではない。ただ、大抵の事例において大半が寝坊している為、本当はひけらかしたいが寝坊したことがバレないように自分からは話題にしないだけだった。


「そうか。ならば、私から言うことは何もあるまい。異論はあるか、二人とも」

「いえ! 僕からは何も!」

「リヒトはどうだ?」


 そうリヒトに尋ねると、そのタイミングで突然ドアが何者かにこじ開けられた。


「異議は大いにありましょう! ナゼル殿!」

「これはこれは……キクル殿ではありませぬか」

「キ、キクル様……」


 突然入ってきた男の後ろから、兵隊たちがゾロゾロと部屋に侵入してくる。そしてレエナがそのキクルという男を目にしてから手が震え始めていた。


「何の連絡もなしに、それに勝手に屋敷に入られては困りますなあ」

「それは失礼致しました。しかし! このワタシが先に正式に婚約していたレエナ嬢を、この訳のわからぬ一般市民に嫁がせるとは何事かと思いましてね」

「それは先日お伝えした通りですが」

「それで、ワタシが納得するとでも!?」


 突如として入ってきた真ん丸の身体を持つ男は【キクル・アイン・スティフォード】。スティフォード家といえば、武器の売買を行う有名な豪商。かの王国軍もスティフォード家から武器を調達している。


「おお、麗しき我がレエナ嬢。今その隣のカビ臭い男を引き離してご覧入れましょう」

「い、いえ! 結構です!」

「怯えていらっしゃるようで……なんとお労しいことか」


 近づくキクルから離れようとレディアに身体を寄せるレエナ。たしかに、立ってるだけで汗をかくような不潔な男に近寄られたくはない。


「キクル殿には先日も申した通り、貴殿には現在盗賊たちへ武器を横流ししているという噂が王宮内で広まっている」

「根も葉もない噂ですな」

「それに調べたところ、ある一定期間での帳簿が消失していること且つその期間に盗賊の被害が大幅に増えたこと……これを関係ないと言い切るには少し無理があるのでは?」


 それを指摘されると、にこやかな笑みが途端に消えたかと思えば武装した兵隊たちが突如としてその刃をナゼルに向けた。


 だが、ロイドもナゼルも、レディアも動くことは無い。


「お父様! キクル様、一体何をしているのですか!?」

「ナゼル殿、お仕事に熱心なのは尊敬しますが……熱心になりすぎるのも、問題があるのですよ?」

「そうかやはり貴殿だったか。ならば尚更娘をやらなくて正解であった」

「頂けなければ奪うまで。なに、大人しくしていれば命までは奪いません」


 勝ったと言わんばかりに高笑いするキクル。それに呼応するようにナゼルも、ロイドもまた笑い出した。


 その笑いにキクルもその兵士たちも不気味さを覚えていた。


「何がおかしいのでしょう? 自身の立場をご存知ですか?」

「ええ、もちろんですとも。我がセスタリカ家は剣聖の血筋。これくらいの兵士など、朝飯前でしょうな」

「ええ、父上の……言う通りだ!」

「レエナ、顔を伏せておけ」


 ロイドが声を張るのと同時にレディアの胸に顔を埋めるレエナ。その瞬間に立ち上がり、レエナを抱えたまま窓から飛び降りるレディア。それに目を取られた兵士たちの一瞬の隙をついて、ナゼルとロイドが動いた。


 窓から飛び降りたレディアは、くるりと回転しながらライカの待つ馬車の前に華麗に着地した。


 しかしその衝撃で足から頭の先まで衝撃がビリリと駆け巡る。


「レディア様、大丈夫ですか!?」

「も、もちちろろ……いや、少しマズイかもな」


 背後から、先程降りてきた部屋から感じる異質な気配。吐き気を感じるほどの不気味さと、禍々しさがそこにはあった。


「おい、何の騒ぎだって――おぶっ!?」


 馬の手入れをしていたライカが様子を見に来たこともあって、そのままレエナをライカに任せる。


「ライカ、レエナを連れて逃げろ!」

「逃げろって……一体どこへ?」

「いいから早くしろ! 出来るだけ遠くまで走れ!」

「ま、待ってください! レディア様はどうなさるおつもりですか!?」


 その声にゆっくりと振り返り、いつもの不敵な笑みで答える。


「ちょっとした野暮用を片すだけさ。ほら、行った行った!」

「よく分からんが、行きましょうレエナ様!」

「レディア様……どうか、ご武運を」

「へっ、受け取ったぜ」


 ライカは馬にレエナを乗せて、ただただ遠くへ向かって走り出した。後ろにいるレエナは遠のくレディアの背中を、見えなくなるまで見続けていた。


「さて……と、これで気兼ねなくやれるってもんだ」


 振り返るレディアの前に立っていたのは全身傷だらけで左頬に斜めに二本の大きな傷が目立つ筋肉質の大男。


 燃えるような赤いツンツンした髪とその鋭い眼光が只者で無いことを語っている。


「これはこれは。随分と久しぶりだなあ、レディア」


 そう言って楽しそうに笑う男の瞳もまた、赤に染まっていた。

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