怠惰な最強剣士と剣聖の血筋

第12話 結婚の親への挨拶は男であればもはや地獄。


「レディア様、そろそろ到着しますわ」

「ハ、ハイ……ソウデスネ」

「お兄様たちもいらしているようですし、本日はセスタリカ家一同がレディア様をお迎えして下さいます!」

「ソンナァ……ゼイタクゥ」


 ついにやってきてしまった偽りの結婚報告の挨拶の日。レディアの黒い髪に合わせた黒い生地に袖や襟元にある花柄のような装飾、中を白生地に金の装飾があるシンプル且つ清潔感のある服装を身に纏う。


 いつもの帯剣していた剣はライカとの戦いでボロボロになってしまったので、今は鍛冶屋で鍛え直して貰っている最中。


 ともかく、そろそろ到着するというので恐る恐る外を眺めてみると、ドーンとそびえ立つ豪華な屋敷が目に入ってくる。


 え、アレ家なの?


「全員が揃うのはいつぶりかしら、ねえライカ?」

「そうですね、3年ぶりでしょうか」

「そんなに月日が経っていたなんて……ますますお兄様たちとお会いするのが楽しみですわ!」

「ヘ、ヘェ……ソウナンダ」


 依頼とはいえ、いつもの軽いノリでは無く完全にガッチガチに緊張しているレディア。それもそのはず、相手は王国の四大貴族に位置する、魔王を討伐した際の伝説の剣聖の末裔、セスタリカ家。


 かたや、田舎育ちのただの冒険者。生きてきた次元が全然違う。


「レディア様、バレてしまっては今日までしてきた準備が無駄になってしまいますわ。肩の力を抜いて、深呼吸なさって下さい。せーのでいきますわよ? せーの!」

「ひっひっふー、ひっひっふー」

「もう一声!」

「ひっひっふー、ひっひっふー」


 黙ってはいたが、心の中で「妊婦かお前は」とレディアにツッコミながら、いつも以上にはしゃぐレエナが可愛いくてほっこりしているライカ。


 当然それくらいで緊張が溶けることなく、青褪めた顔が馬鹿らしくて笑いを堪えるのに精一杯。


「到着致しました。私共はこちらで待機しております。久方ぶりの家族団欒をお楽しみください」

「ありがとうライカ。さ、レディア様参りましょう」

「ダンランヲ、オタノシミクダサイマセェ」

「お前も行くんだよ!」


 馬車から蹴り落とすようにして、カチコチのレディアを無理矢理外に出す。お尻を抑えながら外に出たレディアが顔を上げると、先に出ていたレエナが嬉しそうに走っていった。


「ロイドお兄様っ!」

「おお、レエナ! 久しぶりじゃないか!」


 レエナに満面の笑みで嬉しそうに抱きつかれている、自分より歳上の大人びた男性。短い白銀の髪がツンツンとしていて、レエナと同じエメラルドの瞳が輝く。身長も高く、ガッシリとしたなんか眩しい人。


 そしてそのどこか見覚えがあるような、無いような……ともかく誰か分からん。


「お前知らないのか? 馬鹿なのか?」

「なんか貴方からの扱いが最近酷くない?」

「あのお方はロイド・イン・セスタリカ様。セスタリカ家のご子息であり、王国軍の精鋭部隊の隊長を務める【剣聖の再来】の異名を持つお方だぞ」

「いやだから、人の話を……はあ」


 ため息を吐くレディアだが、ようやくその名前を聞いてうっすらと記憶が蘇る。


 ロイド……その名は確かS級の称号を貰ったときに、一度ベールに軍が押しかけてきた事があった。その時はなんかいろいろと勧誘されたような、なんか決闘? みたいな事もしたような――――決闘?


「――――っ!」

「顔色悪いぞお前?」

「かかか、完全に思い出した。俺、あの人をボコボコにした事ある……」

「なっ……」


 寝ていた所を急に起こされ、機嫌が悪い最中に長々と興味のない軍の話を聞かせ続けられ、手合わせだ手合わせだとしつこかった輩がいた――ので手合わせという名目でボコボコにした。


 あの時「最強だ」だのやれ「剣聖様」だのと言われていたのは、まごうこと無くそこにいるロイドだった。


 や、やべえぇぇ――。序盤のジョバンニから大ピンチなんですけど! 例えるならええと、うーんまあね……ほらあれよあれ、あのさ…………こう、なんていうかな…………そのね………………つまりジョバンニ(?)なのだ。


「やあ! 父上から話は聞いているよ!」

「ひっ!」

「君が、妹の婚約者か!」

「ハハハ、ハイソーザマス。ザマスデ、オマス」


 あーもっ、何言ってるの俺? 馬鹿なの、俺って馬鹿なの?


 ととと、とにかくまずは落ち着けよレディア。何せ俺自体忘れるくらいままま前のことじゃないかか。あっちだってきっとわ忘れてるさささ―。


「久しぶりだね! レディア君!」

「……ド、ドーモドーモ」


 ですよねえー! そりゃそうだよねー! 忘れてたくらいって、俺思い出してるもん。思い出しちゃってるんだもん。名前までしっかり覚えられちゃってるし……ってか何その笑顔? うわ眩っ……眩しっ!


 レエナと並ぶくらいの笑顔の眩しさに、目を潰されかける。高身長、包容力、金銭面、そして軍人……どこをとってもレディアよりも上、もはや比べるのも烏滸がましいほどに完璧な男。


「そうかそうか! あの時からレエナには君しかいないとずっと思っていたんだ!」

「お兄様、あの時とは?」


 何も知らないレエナが首を傾げる。


 やめろー! これ以上傷を広げるなー! という視線をレエナに送っても何故か微笑み返してくるだけ。


 ナニソレ、クソカワイイ。


「うむ、レディア君とは以前に一度、手合わせをした事があってね! 完膚無きまでに叩きのめされてしまったよ!」

「まあ! そんな事が……」

「ア……ア…………アリマシタネエ、アハハ」


 もはやロイドが見せるその笑顔が不気味に見えてくる。そして何でそんなに元気なのだろうか。


 笑顔の裏は怒っている……絶対に怒っている。間違いなく、限りなく怒っている。このままナゼルにそれを告げられたら、確実にクエストは失敗……それだけはマズい!


 何か手はないかと悩んでいると、レディアに向かって突進してくる何か。その存在に目をやると、それは白い馬。止まったり避けるような素振りは無く、もう直ぐ側まできていた。


「レディア君、危ない!」

「レディア様――っ!」


 何を焦っているのか分からないが、とりあえず1歩前に出る。すると、レディアの元いた場所を通り抜けるようにして白馬が駆けていき、馬車の隣で立ち止まった。


 そしてそこから降りてくる嫌悪感丸出しの白銀の髪とエメラルド色の瞳、キノコのような頭をした男。


「どうして一般市民クズがこんなとこにいるんだ?」

「リヒトお兄様!」


 ロイドと同じように駆け寄り、抱きつくレエナをよしよしと撫でながらもレディアを睨みつけるこの男は、次男のリヒト・イン・セスタリカ。


 根っからの貴族主義者で、貴族でないものを蔑むというあまりいい話を聞かない、ロイドとは正反対の性格をしている。


「リヒト! レディア君に怪我をさせる所だったぞ! 馬に乗るのは良いが、乗るなら安全にだ!」

「ふっ、一般市民が怪我をしようと知ったことです。兄様は甘すぎるんですよ」

「失礼だぞリヒト!」


 どうやらリヒトはセスタリカ家でも問題児? という立ち位置らしいが、レエナ的にはそんなこと無さそうな雰囲気。確実に万人受けするタイプというより、率直に嫌われるタイプに間違いない。


 ただそれも今日限り――そう思えば中二病を拗らせているカワイイ奴に思える。


「レエナ、こんな貧相な男のどこがいいんだ? それにどうせ金目当てのゴミ屑だぞ? 騙されているんだよ」

「そんなこと仰らないで、リヒトお兄様。この方はあのS級の称号を持つレディア様ですわ!」

「S級……レディア? ああ、そんな貧相な名前はどこかで耳にした覚えはあるが、所詮は冒険者。覚える気にはなれないなあ」


 こちらを煽っているのか、馬鹿にしたような、下に見るような目でレディアを見つめる。こういうのは相手にすればするだけ付け上がる。


 無視するよりも、むしろ平常でいることで逆に煽り返せて効果てきめん。


「レディア・ノエストラです。お見知り置きを」

「安い名前だね。覚えていられないな」

「しっかしロイド様に弟様がいらしたとは、恐れ入りますが存じ上げませんでした。それか、見えていなかっただけ――かも知れません」

「なんだと貴様……」


 しかし、煽られた以上はやり返さないと気がすまないレディア。想像以上に効いたのか、身体をワナワナと震わせ、握りしめた拳を開いてゆっくりと腰に帯びた剣の柄に手を伸ばしていく。


 この男、貴族主義を唱える割には極端に短気すぎやしないか? 


 短期とはいえ、こんな所で剣を抜けるはずが無い。性格はどうであれ、帯剣している以上はその行為がどれだけのものかくらい理解しているはず。


「無礼者め……その軽口を後悔しろ」


 そんなレディアの思いとは裏腹に、殺意とともに剣を鞘から解き放つリヒト。こういう輩には一番剣を持たせてはいけないのでは?


「ロイドお兄様、リヒトお兄様を止めてください! このままではレディア様が――お兄様?」

「分かっている! 分かってはいるんだ! だが、僕はどこまで行っても、剣士の端くれに変わりないようだ」


 そう言うロイドの瞳に写るのは、レディアの姿のみ。


 いやいや、流石にマズいでしょ? 剣聖お兄様やレエナのいる前で剣を抜いて殺そうとするとか問題児の話じゃ済まされねえっての!


 剣聖お兄様に目をやると、この現状を止めるべきだが何故かこちらに熱い視線を送ってきている。まるでそれは子どもがヒーローを見るような、憧れの眼差しに見える。


 まさにレディアの感じた通りで、リヒトの行いを止めたい気持ちよりも、レディアがどのようにしてリヒトを止めるのかを見てみたかった。


 あの日、自分よりも若くて妹と同じくらいの歳頃の少年に突き付けられた高い壁。剣士として、あの日の少年に抱くのは、憧れよりも半ば崇拝に近いのかもしれなかった。


「レディア君、丁度いい! 是非とも弟に剣の指導をしてやってくれないか!」

「兄様!? 何故一般市民の肩を持とうとするのですか!?」

「いやあ……流石にそれは」

「まあ、兄様やレエナには後で分からせるとして……まずは死なない程度に甚振いたぶってやる!」


 それなりの構えでレディアに迫るリヒト。レディアもそれなりの相手にならどうとでも対処できるのだが、そもそも剣が無い。


 素手で取り押さえる事も簡単ではあるが、殺意を感じた以上油断はならない。


「なるほど失敬! これを使い給え!」

「えっ――これは……まじか」


 突然レディアに投げ渡された、鞘に入った剣。危険すぎてあたふたとする前に感じた、そのあまりの軽さ。羽でも持っているかのように恐ろしく軽い。


「一般市民が、調子に乗るな――っ!」

「よ、よく分かんねえけど……1つだけ、教えてやるよ」




 剣の――剣士の重みって奴をな。





 それは瞬き1つ、一瞬の出来事だった。

 鞘から解き放たれた瞬間の、白銀の閃光とともに響く鈍い金属の音。それはリヒトの持つ剣の刃から発せられたもの。


 そしてそれは今、宙を回転しながらリヒトの背後にて落下した。


「な……なんだ今のは……」

「レディア様……すごい……」

「はははっ! まさかまさか、やってのけるとは!」


 何が起こったのかを理解出来ていないリヒトと、一瞬だけ目にした閃光とともに駆け抜けるレディアの赤い瞳に見惚れるレエナ。


 そしてロイドが確信とともに渡した自らの剣――それは魔王との戦いで実際に使われた伝説の剣【白銀しろがねの光剣】

 そう呼ばれる伝説の剣を、いとも容易く扱ったレディアの姿を見て、興奮を隠しきれないロイド。


 【白銀の光剣】を扱えるのは、剣聖の血を受け継ぐセスタリカ家の中でも秀でた才と、清らかな心の持ち主のみ。

 

 それ以外の剣士が扱おうとするならば、たちまち剣は輝きを失い、大男が10人がかりでやっと持ち上げられるような重さに変化する。

 その重さになれば、持てたとしても鞘から引き抜くこと敵わない。


 人を選ぶ、意思を持った特別な剣。それをレディアは何事もなく振るってみせたのだ。


「レエナ……君はとんでもない剣士を連れてきたようだ。父上がなんと言おうと、僕は彼を認めよう」

「ロイドお兄様! ありがとうございます!」


 嬉しそうに抱きつくレエナを後目に、ロイドの中でハッキリと決まったことがあった。


 白銀の光剣は、選ばれし者にのみ扱うことが許される伝説の剣。そしてそれは、きっと僕より相応しい者がたしかにそこにいる。

 

「君だ。剣聖は君だ」

「あれ……これって不敬罪とかにならない? ひょっとしたらひょっとして? えっ――えっ!?」

「このリヒト様が……こんな奴に……」


 今更になって慌てふためくレディア。その後ろで項垂れるリヒトの身体を僅かに揺らめく黒いもの。


「ふぉっふぉ、馬鹿は扱いやすいのぉ――ん?」

 

 その様子を、遠い木々の中から見つめる黒いローブと、長い髭の老人。

 楽しそうにニヤリと笑みを浮かべながら髭を撫でる老人が、その場から去ろうとした時だった。


 遠いその場所から感じるのは、赤い瞳。


「油断も隙も無いとはこの事かのぉ……実に愉快じゃ」


 そう言い残し、黒に包まれ消えていく老人の瞳は――真っ赤に染まっていた。

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