第11話 言葉を以下略 後編

 空はすっかり暗くなり、貴族御用達の高級ホテルがきらびやかにライトアップされている。そのホテル内でレディアはレエナに夕食をごちそうになり、普段食べれない豪華な食事に舌鼓を打ちまくった。


 レエナも誰かと食事するのが楽しいのか、終始笑顔でレディアとの時間を楽しんでいた。


 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば夜が深まる。一時いっときとはいえ、この楽しい時間が名残惜しくなったレエナは泊まる事を提案したが、それをレディアは断った。


「そうですか、残念です。もっとお話を聞きたかったのですが」

「いつでもできるさ。それより、明日は?」

「そうですね! お父様とお話をなさるなら、お召し物を買いに行きませんか?」

「お召し物って……まあ、これだと冒険者丸出しで格好つかないもんな」


 流石は貴族。ドレスコード……目は口ほどに物を言うように、手っ取り早く【らしく】魅せるには効率がいい。


 そう考えていると、何故かあたふたするレエナ。


「そ、そんな事ありませんわ! レディア様は今でも十分素敵です!」

「となると、ドレスコード通りに整えれば、素敵が十二分になる訳だな」

「もちろん!」

「いや、そこは笑ってほしいんだけど……まあ、いっか」


 明日の予定も決めたところで、レエナに別れを告げてからライカの用意した馬車の場所へと向かう。


 急に訪れるライカとの2人きりの時間。何故かは分からないがどうやらライカには嫌われているようで、特にする会話は無かった。


 無言のまま歩く2人だが、一向に馬車が見えない。不思議に思ったその時、前を歩くライカが足を止めた。


「なるほど、そういうことか」

「私は――いや、ボクは……その知った様な口を聞く、お前が嫌いだ」

「へぇ、そうかい」


 振り向くライカの顔はあの無表情とは程遠く、怒りや嫉妬に塗れていてとても見れたものでは無い。


 決してレエナに見せる事のない、ライカの本音。


 そして、いつしかその怒りが憎しみへと変わるとき、瞳は血色に染まりゆく。拭えぬ色に染まりゆく。


「そんなに恨まれるような事したか? まだ会って間もないってのに」

「お前にレエナ様は渡さない。レエナ様はボクが守る」

「守るっておい。依頼だってお前も知ってるだろ? そりゃ俺だって最初は本当かと思って心の中で飛び跳ね――」

「黙れっ――!」


 その声と同時に口の端から端へと指でなぞって口を閉じる。


 瞬間お口チャック! 

 イエス、ファンタスティック!


 少しふざけたレディアの目に飛び込んできたのは、いつの間にかライカの手にある装飾が施された剣。装飾に意味は無いが、恐ろしいのはそれを扱う側の人間。


 剣を持っただけで変化する気迫に、いつの間にかレディアも真剣な表情に変わっていた。いや、変わらざるを得なかった。


 俺は、あの目を知っている。あの目は本気の目に間違いない。


「やめとけよ。戻れなくなっても知らねえぞ」

「故郷も両親もいない。戻る場所など……はなからない」

「そう言う意味じゃねえ。それに、お前にはまだアイツが――」


 言い終えない内に、瞬時に踏み込んで間合いを詰めるライカに反応してレディアも剣を抜いていた。


 金属と金属がぶつかり合い、2人の間に火花が散る。


「ったく、本当に話を聞かないなお前! そういう奴は女から嫌われるぜ?」

「そのスカした顔、いつまで持つかな」

「いやこれホントの話だから。マジで嫌われっから!」

「くどい!」


 一気に体重を乗せてレディアを弾き飛ばし、間合いを空けることなく身体を低くして回転しながら、横に剣を振るう。それを後ろにステップで避けるが、今度は剣の遠心力を利用しながら回転して、素早く間合いを詰めて斬りつけてくる。


 それを読んでいたレディアが難なく防ごうとするが、剣撃がないではないか。


 それもそのはず、防がれることすら読んでいたライカは剣を上空へと投げていて、レディアを躱すようにして背後に回るタイミグで剣を取る。


 この技、そしてこの動きはまるで舞っているかのようだ。そしてそれを可能にさせる身体の柔軟さは、男とは思えないほど滑らかで、まさに【剣舞】といったところか。


 ライカの動きにどこか違和感を感じながら、背後からの剣撃を前に回転して回避する。


 余裕そうで余裕のない顔のライカは、ふぅと息を吐くと剣の切っ先をレディアに向けた。その瞳は本当にレディアを殺そうとしている、本気のものであるはずだが、何故かその瞳にはレディアは写っていない。


 一体お前は誰と戦ってるんだ?


「どうした、疲れたのか?」

「そりゃ疲れるわな。あのお嬢様のワガママに付き合ってやってんだ、当然だろ?」

「偉そうに……たかが冒険者が!」

「お前ほど偉かねえよ。ただ俺はな、ワガママを聞いてやるのは1人って決めてんだよ」


 ニヤリと笑うレディアに無性に腹が立つ。その怒りに拳を握りしめていると、頬を何かが伝うのを感じた。


 それを拭うと、手についていたのは血だった。


「い、いつの間に……」

「大した傷にはならない。大変なんだぜ、手加減するのって」

「き、貴様……」


 何が冒険者だ、何がS級だ、何が英雄だ。


 口だけで何も守れないお前たちに、一体何の意味があると言うんだ。


 そんな……そんな奴が、ボクに手加減だと?


「お前動きは悪くないんだがなあ。つか誰かに苛ついてる場合じゃないぞ」

「……」

「聞こえてません、そーですねって……おい」


 戻れなくなるだと? そんなことどうだっていい。やっと見つけたボクの居場所、ボクを必要としてくれる人を……ボクが守ると誓ったあの人を、大切な人を、またお前たちに奪われるくらいならボクは……ボクは――


 ライカはもともと捨て子だったが、田舎の小さな村に住む優しい夫婦に拾われ、幼い頃から自然豊かな土地で家族と幸せに生きていた。しかしその幸せの中、村が盗賊に襲われた。


 燃え盛る村と、虐殺を繰り返す盗賊たち。


 僅かなスキをついて、ライカは村の外へと逃げ出し近くにいた冒険者に助けを求めたが、何も持たないライカに彼らが取り合ってくれることは無かった。


 そして泣く泣く村に戻った時には、既に村人全員が殺され、見る影もなくなっていた。


 そんな時に手を差し伸べてくれたのが、レエナだった。慈愛に満ちた彼女を、今度こそ大切な人を守ると誓ったライカ。


 例えそれが、どんなことになろうとも。レエナ様を守る為ならボクは――


「悪魔にだってなってやる」

「やめろ、よせ!」


 ライカの全身から突如溢れ出す黒いオーラのようなもの。その正体が何かは分からないが、それが何を意味するのか……レディアは知っていた。


 あの日、自身に起きた思い出したくも無い、異様で不確かな悪意に満ちたもの。


 怒りは憎しみへ、希望は絶望へ。

 

 悲しみの涙さえ血に赤く染まり、暗黒に堕ち、消えた世界に漂う赤い瞳とともにそれは目覚める。


「うう……うあぁ」

「あーあ、言わんこっちゃない」


 全身に纏う黒いオーラに身体が堪えられないのか、頭を抱えながら膝をつくライカ。そのスキを見て、近づこうとするも黒いオーラがまるで暴風のように吹き荒れてまともに近づく事ができない。


「ちっ……厄介なことしてくれるぜ、まったく」

「うああぁ――っ!」


 突然叫びだしたかと思えば、瞬時にレディアの目の前まで迫るライカ。すでにその距離は刃の範囲内。


 おいおい、マジかよ。


 縦に振るう剣をすぐにガードするが、その威力に剣に触れていた手から腕にかけて、痺れるような痛みに襲われる。最初の滑らかな剣捌きから一転、技もクソもない単なる力による一撃。


 だが、これは単なる力……筋力だけで為せるものではない。もっと別の、醜い負の何かが助長させているのだ。


 まともに受ければ腕が持たない。力まかせに剣を振るうだけなら受け流していればいいが、このままではライカが、ライカの瞳が赤に染まり兼ねない。


「頭が硬いヤツほどドツボにはまる。自分の弱さを誰かに所為にすればするだけ黒い何かアレに飲まれていく」

「ぐ……ぐああ……」

「クソ、持ちそうにないな」


 ライカの剣を受け流してはいるものの、剣には多大なダメージが蓄積していたようで僅かにヒビが入っていた。長期戦は無理だと悟ったレディアは、ため息を吐いてライカに語りかける。

 

「聞こえているんなら、耳の穴かっぽじってよく聞いておけ。いいか?」


 言い終えた後に、今度はレディアがライカを弾き飛ばし、苦しむライカにヒビの入った剣の切っ先を向ける。


「お前が俺を恨む理由は知らねえし、知りたくもねえ」

「うう……許さ……ナイ」


 ライカの左目が赤に染まっていく。それにより黒いオーラもどんどん濃くなっていき、より一層ライカが苦しみ出す。


 まるでそれに押しつぶされるかのように。


「どんな思いでその力に手を付けているか、そんなことも知ったこっちゃねえんだ」

「お……マエ…………許さなイ……」

「ただな、そんな力に頼るしか出来ねえお前が、守れるものなんざ何も無い」


 何も、ありゃしねーんだよ。


「黙れええぇ――!」


 怒りと憎しみに満ちた、醜い瞳がレディアを睨む。そしてその瞳から溢れるのは、赤に染まることのない涙。


 悲痛な叫びとともに瞬時に距離を詰めて、剣でレディアを突き刺そうとするライカ。


 それに合わせて剣を手放すレディアの赤い瞳は、色濃く染まり闇夜に不気味に浮かび上がる。ライカの赤い瞳にようやく写る、自身よりももっと醜く、弱い哀れな、赤い瞳。


 元には戻れない、無様な赤い瞳。


 「何の騒ぎですの――っ!?」


 騒動に慌てて外に出てきたレエナの目に飛び込んできたのは、剣を持たないレディアを突き刺すライカと、地面に滴る赤い血。


「レ、レ、レディア様ああっ――!」

「ん、何?」

「…………へ?」


 ライカの剣はレディアの身体を突き刺す事はなく、レディアは左手で剣の刃を握りしめ、右の拳はライカの腹部に強くねじ込まれていた。


 滴る血は刃を止めた手のひらから流れ出ているものだった。


「が、がはっ……」

「……ま、なにはともあれ他人のこと言えた義理じゃないがな」

 

 力無く、膝から崩れ落ちるライカ。そこに転びそうになりながらも駆け寄り、ライカを支えるのは不安に溢れた顔のレエナだった。


「ライカ、ライカ! 一体何が!?」

「ほら、目を醒ます時だぜ」

「レディア様、一体何があったのですか!? 事と次第ではレディア様とはいえ私は許しません!」

「っ!」


 その言葉を聞いて、ポロポロと大粒の涙を溢すライカ。何が起きたのか分からないレエナは、泣き出すライカをまるで母親のように優しく抱きしめる。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「ライカ?」

「ボクは……ボクは……取り返しの付かないことを……してしまいました」

「取り返しの、つかない?」


 レエナに抱きしめられながら、嗚咽しながらも事の顛末を話し始める。そして今の今まで起こっていたことを理解し、驚きながらもライカが話し終えるまでレエナは何も言わずに聞いていた。


 レディアもまた、何も言わずにただ黙ってライカの言葉に耳を傾けていた。


「そう……ですか。全て理解致しました。レディア様、この度は私の付き人が身勝手な理由で、多大なご迷惑をおかけいたしましたこと、ここにお詫び申し上げます」

「いや、ちょっと」

「申し訳ございません。いかなる罰もお受け致します」

「レ、レエナ様……」


 身につけている服が汚れることも気にせず、自分が大貴族の娘であることにも関わらず、その場に座り込んで頭を下げるレエナ。その隣で涙を流しながら同じように頭を下げるライカ。


 これじゃ、守られてるのはどっちなのか分からないな。


「顔を上げてくれ。何、これくらい思春期の坊っちゃんが調子乗って取り乱したくらいなもんだろ。可愛いもんさ」

「レディア様……」

「つーことで、こっからは男と男の話だ。悪いが席を外してくれるか?」

「しかし――はい、畏まりました」


 再び訪れる2人だけの世界。いつの間にか色濃く染まっていたレディアの瞳は元に戻っていて、ライカの瞳も、身体から出ていた黒いオーラもいつの間にか消え去っていた。


「レディア・ノエストラ……ボクは……弱いだろうか」

「んなもん、知らねえよ。自分に聞いて見たらどうだ?」

「ボクは……認めるのが怖かったんだ。お前が、レエナ様に相応しいと……認めるのが怖かったんだ」

「だから、依頼だっつってんだろ? ホント話聞かねえのなお前」


 服の裾を破いて左手の傷に包帯代わりに巻きつける。深い傷ではないが、痛いものは痛い。


 さっきまで殺そうとしてきた相手によくもまあ、無防備な背中を見せられるものだ。いや、見せつけられているのかも知れない。


 そうか……そりゃあ勝てない訳だ。


 レディアのおそらく格好つけている背中を見て、ようやく自分の瞳に写るものが見えた気がした。


 ボクが見るのはあの背中じゃない。ボクを理解できるのはボクなんだ。


 そして、あの方はきっとお前を――


「ふっ……鈍感か或いはただのバカか」

「あ、言ったな。お前ついに言ったな!」

「認めてやると言ってるんだ、素直に喜べ!」

「偉そうにするんじゃねえ!」


 振り向いてヅカヅカとライカの顔前至近距離で睨みつけようとすると、白銀の前髪を落ちないように後ろに留めていたピンが外れて、前髪が元の位置に収まる。


 レエナ程ではないが、透き通る白銀の髪に綺麗な白い肌。アメジストのような淡い瞳に、泣いたことで赤くなった頬。それを見るだけで知らなければもはや女性にしか見えなかった。


「お前、結構レエナにソックリなんだな」

「……え、キモっ」

「褒めてやってんのに何だよその言い様は!」

「あははは、すまなかった。でも……」


 ありがとう。

 お前に負けて本当に良かった。


 「負けて喜ぶなよ」と少し恥ずかしそうにしながら背中を向けるレディア。面と向かって礼を言われるのは、どうやら苦手みたいだ。


 レエナが待ちきれなくなって、2人のもとに戻ってくきてみれば髪を下ろしたライカと、恥ずかしそうに背中を向けるレディアが目に入る。


「ライカ、貴方やっぱりそっちの方が似合ってますわよ?」

「レエナ様! しかし、これでは……」

「いいえ、こうしてなさい。貴方も歴とした【女の子】なんですもの」

「……は?」


 思わず格好つけるのも忘れて、情けない声で振り返るレディア。その拍子抜けした顔を見た2人は、思わず笑い出していた。


「う、嘘だろ! 何で言わなかったんだよ!」

「聞かれなかったからな」

「聞かなかったけども!」

「うふふっ、てっきりご存知なのかと」

「それにしてもひどい顔だ、ふふっ」

 

 驚きを隠せない、隠す気がないレディアは暫く2人に笑われ続けるのであった。

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