第9話 言葉を失っても「あっ」と「えっ」は絞り出せる。 前編


「はぁ? 直々に指名だあ?」


 相変わらず賑やかな冒険者ギルドの中で、いつものようにやる気無い声が掻き消されていく。テーブルでクエストの内容をチームで話し合ったり、クエストの依頼の受付に奔走するギルドの職員やアイテムの鑑定をしている冒険者たちと賑わう中、1人だけ気怠そうな顔の男、レディア・ノエストラ。


 そんな彼の反応に困り顔のヘスティが資料をレディアに手渡す。


 通常、冒険者たちが日々こなしているクエストは、依頼主と冒険者の間にギルドが仲介することによって成り立っている。流れとしては、依頼主がギルドにクエストの依頼書を提出し、それをギルド職員が基準書をベースに可否を決定する。可と判断された場合、依頼主への聞き取りや場合によっては実地調査を行った上で、それぞれのランクに振り分けた後にクエストの受注が開始される。


 ギルドの仲介により、依頼主と冒険者との直接のやり取りの中でのトラブル(冒険者による依頼主への恐喝や、適正を超えたランクのクエストを受注してしまう危険性)を未然に防ぐ事が出来ている。

 

 また冒険者は皆、平等でなくてはならない。それが冒険者の掟の1つであり、そのこともあって名指しで冒険者を指定するという行為には条件がある。

 依頼主が報酬として用意する貨幣の他に、手数料としてギルドが定めた追加料金を納めなければならないのだ。


 これはあくまでも冒険者が平等にクエストを受注できるようにする為のものであり、ギルドに渡されたものは王都でのギルドイベントで使用されたり、修繕や協会への寄付等に利用される。


「はい。レディアさん以外は【受け付けない】とのことでして」

「随分とまた強情なヤローだな。こっちも受け付けてねぇっての」

「それはそれで問題はあるんですよ? ひとまず、お話だけでも聞いてみてはいかがでしょう?」


 そう手渡された指定の場所へと向かうレディア。気が向かないまま気怠そうに歩いていると、突然目の前で豪華な馬車が行き先を塞ぐように止まる。


 何事かと文句を言う前に、中から執事姿の白髪の若い男が現れた。


「レディア・ノエストラ様ですね?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

「申し遅れました。私、セスタリカ家で執事をしております、ライカと申します」


 セスタリカ家はこの王国を支える四大貴族で、勇者とともに旅をし魔王討伐に貢献したとされる剣聖の末裔。


 そう、今回の依頼は大貴族による断ろうにも断れない、とてつもなく面倒くさいものだった。


「別に名前とかいいから。つかさっきからレディアじゃないかもしれないって言ってんじゃん。聞けよ人の話」

「レディア様ですよね?」

「いや……まぁ、そうだけど」


 淡々と話を進めるライカに戸惑うレディア。リアクションの1つや2つ取ってくれればやりやすいものの、真面目なのか何の反応も示さない。


 だがレディアはやり難さを感じながらも、ライカのスキの無い立ち振る舞いに強者の覇気を感じていた。


 この男……強い。


「諸都合によりお屋敷にお招きすることは致しかねますが、高級ホテルにて我が主がお待ちです」

「おいおい、直接指名しといて依頼主は高みの見物ってか? 気に入らねえな、そう言うの」

「そう言うかと思いまして……」


 ライカがパチンと指を鳴らすと、どこからともなくメイドたちが現れてレディアの前に大きめなケースを置いた。そしてまた何処かへと消えていくメイド。


 唖然とするレディアを後目に、ライカがそのケースを開くのと同時に中からは金色が飛び交っていた。


「こちらをご用意致しました。どうぞ、お納めください」


 中の金色の正体は、ギラギラ輝く金貨の山。ケース目一杯に広がる金貨は5年は何もせずとも暮らしていけるとんでもない額。


 周りを歩く人々が思わず足を止めてしまうほどだった。


 しかし、レディアはため息を付きながら頭を横に振る。


「あのな、俺が金で動くような奴に見えたのか? 失礼にも程があるだろーが」

「そうですか……ではこちらは無かったということで」

「……」


 残念そうにケースを閉じて、馬車へと戻るライカ。しかし、馬車のドアを開けてから振り返り、聞こえるか聞こえないかの声量でそっと呟く。


「……報酬とは別のチップでしたのに」

「……」







「と、いうことで」

「はい、ご乗車ありがとうございます」


 金貨の入ったケースを抱えるレディアと、無表情で反対に座るライカ。


 違うぞ、違うからな。決して金に目が眩んだ訳じゃないからな。ほら、困ったときはお互い様って言うじゃない? 直接指名してくるくらいだし、相当困っていると思うのボク。


「もうそろそろ到着します。差し支えなければケースは私共が預かりますが?」

「おい、お前。これをどうする気だ?」

「お帰りの際にお渡ししますよ」

「約束だからな!」


 ホテルの前に到着するやいなや、またもや何処からともなくメイドたちが現れ、レディアの手に持っていたケースを瞬時に奪い闇へと消えていく。


 呆気に取られる時間すらくれないよ、どうしよう。


「ねねね、ねぇ、あのメイドさんたちってなな、何者なの? アサシンとかじゃないよねね?」

「お察しの通りでございます」

「ええ、え? ど、どどっちぃ――?」


 アサシンなのかアサシンじゃないのか、はっきりとしない答えを無表情のまま淡々と話す。表情でも読み取れないのがすごくムカつく。


 そしてそびえ立つ綺羅びやかな高級ホテル。王族、貴族御用達の一般人では入る事のできない特別なホテルで、レディアの住んでいる寂れた宿屋ベールが6つ入るほどの大きさがある。


 さらに驚きなのが、この巨大な1棟全てが1部屋扱いと言う事である。


 は? 

 1部屋?


「貴族ってのはこんな無駄に広い所で1人で泊まってるのか。そりゃお高くとまる訳だ。あーあ、息が止まりそう」

「酸素補給缶を今すぐお客様に!」

「はっ!」

「え? うぐぇ!?」


 瞬時にメイドたちに囲まれたかと思えば、口元に酸素補給缶を固定され、簡易ベッドに寝かされて無理矢理、酸素補給を行われる。


 可愛い顔したメイドたちの力がかなり強く、振り解こうにも振り解けない。


「んー! んー!」

「それまでっ!」

「はっ!」

「うぐぇ!?」


 瞬時に簡易ベッドが取り除かれ、そのまま床に叩きつけられるレディア。涙目で咳をしながら、ライカを睨みつける。


 そして瞬時に目を逸らすライカ。


「お前ワザとだろ!?」

「息が止まりそうとの事でしたので」

「酸素で溺れ死ぬかと思ったわ!」

「酸素で? 溺れる?」


 ワザとらしく首を傾げるライカの胸ぐらを掴むが、動揺する様子もないどころか完全に興味が無いようだ。


 振り回されすぎて手を放して頭を抱えるレディア。


「分かってるよ! 意味分かんねえよな、そらそうだ! 俺だって意味分かってねえもん。なんだよ酸素で溺れるって!?」

「こちらで主がお待ちです」

「聞けよ!」

「どうぞ」


 「コノヤロー!」と掴みかかろうとするレディアの背後からアサシンメイドが現れ、羽交い締めにされ身動きが取れない状況で扉が開かれる。


 そしてその部屋の中心にある豪華な椅子に座っている少女が目に入る。


 白銀の美しい髪に、宝石のエメラルドのように輝く瞳。純白のドレスから見える透明感のある白い和肌。その姿にレディアでさえも見惚れてしまうほどで、微笑む顔は息を呑むほどに美しい。


「お待ちしておりましたわ、レディア様」

「あ、えーと……どうも」


 メイドの少し嬉しい羽交い締めから解放されると、直様メイドたちはテーブルと新たな椅子を用意し、レディアをそこに座らせた。


 そして高そうな紅茶が高そうな陶器に注がれていく。


「こちら、ブルトーニュ産の高級茶葉を使用した紅茶ですわ。お口に合うと良いのですが……」

「お口に合いすぎて一体化するかと思いました」

「まぁ!」


 すぐに飲み干すレディアを見て、口もとに手を当てて驚いたあと、嬉しそうに笑顔を溢す少女。その笑顔がもう可愛いすぎて綺麗すぎて、頭を掻いて照れ隠しする。


 よく分からないけど、兎に角幸せだ――!


 例えるならその……ええとほら、天使というか……その女神というか、そうそうなんかこう…………あのぉ………………つまり幸せなのだ。


「あら、いけません。ご紹介がまだでしたわ」

「い、いえ! お構いなく!」


 立ち上がる際にフワッと香ってくる高級な香水に危うく失神しかけるレディアの前に立ち、片足を斜め後ろに引き、背筋を伸ばしてスカートの裾を軽く持ち上げる。


「私ナゼル・イン・セスタリカの長女、レエナ・イン・セスタリカと申します。この王国を幾度も救った英雄、レディア・ノエストラ様にお会いできて光栄ですわ」

「英雄だなんて、そんな大層な――って」


 謙遜するレディア(そもそも何の事か分かっていない)の手を突然小さな手で握りしめて、身体を寄せてくるレエナ。


 何が起こったのか分からないが、いい匂いと柔らかい肌が幸せ過ぎて口から血を垂らすレディア。


 もう……死んでもいいかも。


「レディア様、私の依頼を引き受けて下さって本当にありがとうございます」

「え? えーっと……いやあ」

(まだ何も見てないなんて言えねえ――!)

「本当に……本当に良かった……」


 余程困っていたのか、安堵で涙するレエナ。どうやらこの涙には何か良からぬことがありそうだ。


 いつもならこんな訳のわからない依頼は蹴飛ばす所だが、そんな涙を見せられたからには退く訳にはいかない。


「ご安心ください、レエナ様。私はアナタ様の味方にございます」

「本当……ですか?」

「ええ、本当です」


 精一杯に格好つけた声で、レエナの涙を拭う。気怠そうな目をキリッとさせ、いつになく背筋もピシッと伸ばす。


「ホントのホントに?」

「ホントのホント(?)にです」


 すると美しい笑顔を浮かべて急にレディアに抱きつくレエナ。


 「……」


 えぇ!? ちょちょちょ、何これ……何これぇぇえ!? なになになに、何が起きてんの!? ていうかいい匂い、いい匂いなんだよぉぉお! しかも胸、胸当たって……あ、それはないや。でも肌柔らかぁぁあ!


 様々な感情が湧き上がって、あとどのくらい平静を保っていられるか分からなくなってくる。


 いいのだろうか、これはもういいのだろうか!? こんなまだ会って間もないってのにエクスプロージョンか!? エクスプロージョンなのか!?


 幸せ過ぎて意味が分からない言葉を頭で連呼するレディアと、離れようとしないレエナ。


 心臓が爆発しそうなくらいに鼓動が高まっていて、血管という血管がはち切れてそのまま死んでしまうかもしれない。


 それはそれで幸せかもしれない。


 そんな幸せ絶頂の中、扉の外でライカと誰かが話す声が聞こえてくる。


「今、取り込み中でして……」

「構わん、レエナ入るぞ?」

「レディア様……嫌かも知れませんが、どうかこのままで」

「あっ……えっ?」


 情けない声で答えた途端に、扉が開かれる。そしてそこにいる人物の顔を見て、一気に血の気が引いていくレディア。


「これは……どういうことだ?」

「何の御用ですの……お父様?」

「おと……おとうさ……えっ?」


 分かり易く、嫌悪感と怒りの視線をぶつけて来るのは……貴族の中の貴族、四大貴族。そして、レエナの父親……ナゼル・イン・セスタリカ本人。


 誰もいない部屋に、男女2人だけで、何も起きないはずはなく、抱きつかれていて、それを相手の父親に見られて、何も起きないはずが無い。


 だがこの状況、どう弁明しても弁明しきれない。


「いやあのこれはですね……」

「レエナ……どういうことか説明しなさい」

「本当に説明が必要ですか、お父様?」


 何でそんなに挑発するんだよぉぉお!? 場合によっては殺されるぞ、殺されるぞ俺!?


 一触触発の張り詰めた空気。背筋が凍るような視線が背中にグサグサと突き刺さって生きた心地がしない。


「説明しなさい……レエナ」

「畏まりましたわ、お父様」


 そう言い、固まるレディアの頬に口づけをするレエナと、さらに動けなくなるレディア。


 そして追撃するように言い放つ言葉。


「私は、この方と結婚いたしますわ」


 もう……ダメかもしれない。



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