第8話 やる気無い奴が本気出すのは大抵何か裏がある。


 俺の名前は【流離いのジョー】。各地を旅して回るベテランのC級冒険者だ。今日は久しぶりに王都の若造と共に凶暴化した魔物の討伐の依頼を受け、その場所へと向かっている最中だ。

 それにしてもやっぱり王都の受付嬢ってのは若くてピチピチで色っぺぇ。ヘスティとか言ったか? あの女はまさにいい女という言葉が相応しい。

 

 ここは1つ、手柄でも立てて良いとこ見せてやらなきゃな。


 ジョーたち冒険者一行は凶暴化したと言われている魔物【レッドベア】の討伐の為に【深みの森】の中腹にて、その手がかりをひたすら探していた。


 D級冒険者成り立ての女と、同ランクのガキに……あと1人はどっかで見たことあるような顔だが、こいつはやる気がねえのか少し目を離しゃすぐ寝やがる。


「おい、お前!!」

「……ぐぅ」

「お前だよ、お、ま、え!!」

「……うるさいぐぅ」

「どんな語尾だ!? それに歩きながら寝るやつがあるか!!」


 頭をスパンと叩くと鼻ちょうちんがパンッと割れて、ようやく目を覚ます男。怒れるジョーを目の前にして大きな欠伸をしたあと、背伸びをして大きく息を吐く。

 その姿に若い冒険者2人も困惑を隠せない。


 今歩いている【深みの森】には魔物が多く巣食っていて、奥に足を踏み込めば踏み込むほどに危険な魔物が増えてくる。

 そこに行けるのはA級や、1人だけ存在するS級冒険者くらいで現在歩いているのは中腹あたりであるため、D級からC級冒険者の管轄になっている。


 だがそれでも危険であることには変わりない。変わりないというのにこのやる気のない男は――


「……ぐぅ」

「だから寝るなってコノッ!!」

「あいたっ!!」


 頭を拳でガツンと殴ると流石に効いたのか、大きなタンコブを両手で懸命に摩っている。


 まったく……最近の若いのは冒険者をナメくさってる奴が多い。大抵の奴らは自分の腕に根拠の無い自信を持っていて話をマトモに聞かねえ。

 ましてや自分が【勇者】であるかのような振る舞いをする奴も散々見てきた。


 だが、クエスト中に歩きながら寝る行為をする輩は初めてで、不思議と気になって気になって仕方が無かった。


「おい、若いの。お前、冒険者ランクは?」

「あ、俺か?」

「他に誰がいるんだよ。俺はC級の流離いのジョーってんだ」

「へー、どーも」


 若い男の「興味ありません」という態度に腹が立つが、年上の先輩である自分が怒ってばっかりでは……と怒りをグッと堪えて、返事を待つ。しかし、それ以降若い男が話しかけてくるような素振りは1ミリも無いどころさ、見向きもしない。


 これでは埒が明かないのでもう1度聞いてみた。


「おいおい、ランクは? って聞いただろ。答えろよ」

「……あ、俺か?」

「お前しかいないだろーが……」

「何怒ってんだよおっさん。寿命縮むぜ?」

「おっさん……」


 今咄嗟に深呼吸をしなければ、確実にぶん殴っていた所だった。確かにおっさんという歳かもしれないが、人に言われるのはカチンと来るものがある。

 そしてあいも変わらずランクを答えない若い男。


 結局、若い男とは会話にならない上に気にかけるだけ無駄と判断して舗装されていない道を先頭に立って進んでいく。

 そうして道なき道をすすんでいると、ついにレッドベアのものであろうたくさんの足跡を発見した。


「こ、これは……」


 その足跡の多さにゾッとするジョー。


 通常レッドベアは群れを作って行動することは無いのだが、何事においても例外が存在する。本来群れを形成しないレッドベアが群れを作って行動する時、レッドベアの突然変異個体【キングベア】が群れを率いているという事例が僅かに存在する。


 もし今回のクエストにある凶暴化したレッドベアというのが【キングベア】だった場合、今のメンバーでは到底太刀打ちできない。というのもレッドベアはせいぜい全長2メートルであるのに対し、キングベアの全長は3メートルを越える巨体を有している。


 厚い毛皮が剣や矢を阻み、その巨体から繰り出す攻撃をモロに受ければ生きている保証などない。その為、B級やA級といった高ランクの冒険者たち4、5人でパーティーを組み、挑まなければならない危険な魔物に認定されている。


 よって、レッドベアが群れている懸念がある場合はすぐに引き返し、最寄りの冒険者ギルドへと報告することが推奨されている。


 だが、ジョーはキングベアの話こそ聞いたことがあるだけで、実物を見たことは1度も無かった。それ故に、見たこともないものにクエストの報酬を無駄にされたくは無かった。


「どうかしましたか? 顔色が悪いようですが……」


 何も知らないD級冒険者の少女が心配して様子を見に来るが、咄嗟に何食わぬ顔で足跡を見えないようにして誤魔化す。


「あーいや、大丈夫」

「そうですか……でも何かあっても今回はあの人がいてくれますから、きっと大丈夫ですよ!」

「あの人?」


 目をキラキラさせ、頬を赤く染める少女の目線の先にはあの若い男の姿があった。


 あの男……なんだかんだ慕われているのか。


 そんな若い男は大きな木の幹を背に、真剣な顔をしながら腕を組み何やら考えごとをしているのか、俯いたままで動こうともしない。


 どこか不自然に見えた若い男の様子をよーく見てみると、ぱっちりとした目がずっと空いたままで閉じる事が無いではないか。それもそのはず、油性のマジックか何かで瞼に目を描いていかにも起きているかのようにみせかけ、寝ているだけだった。


 うん、期待を裏切らないなアイツ。


「でも、可愛いですよね。あれだけ強いのに、いっつも寝てばかりいるんですよ、あの人は」


 おいあの人、気づかれてるぞ。バレにバレてるぞ。というか……可愛いのかあれが。


「とにかくこっちは大丈夫だ。問題はない」

「はい、分かりま……っ!?」


 振り返った少女が突如一点を見つめたまま、まるで固まったかのように動かなくなってしまった。そして次第に何かに怯えるように震えだし、顔が青ざめていく。

 恐怖に満ちていく瞳はジョーの背後を見つめていた。


「お、おい……嬢ちゃん?」

「あ……あ……」

「グルルゥ……」


 奴だ、すぐ後ろに奴がいる。息を殺し、極力刺激しないよう時間をかけてゆっくりと振り返る。そしてそのあまりの巨体さに、言葉は何も必要なかった。


 体長が4メートルは優にあるであろう、赤毛の巨大熊。間違いない、間違えようのないそのレッドベアは何度も耳にしたことのある怪物。


 魔物、キングベア。


 考えたくも無かった最悪の事態。あの時、すぐに撤退しておけばこんな事にはならなかった。あの時……報酬の為に欲をかいたのが間違いだった。


 だが今は後悔している余裕さえも惜しい。幸か不幸か肝心のキングベアはこちらに警戒はしているものの、襲ってくる様子は未だ見えない。このまま危害を加えずにやり過ごせないものか。

 少女もそれに気がついていたのか、動かずにじっとしていてくれたおかげで何とかなりそうだ。


 「よ、よく聞け……目線は逸らさずにゆっくりと後退するんだ。食料があるなら足元に置きながら下がるんだ」


 一歩、また一歩とキングベアから離れていく2人。そしてキングベアも少女が置いた荷物の中にある食料の匂いに気づいたのか、徐々に荷物へと近づいていく。

 順調だ。順調に俺達から意識が逸れ始めている。あとはこのまま奴の視界から遠ざかりさえすれば、この危機から脱せら――


「ぶぇっくしょい!!」

「んなっ……」

「え……」

「あー森ん中は冷えるなあ……あ?」


 突如辺りに響き渡る声に振り返る。そしてその声の大きさと、勢いで緩みかけていた世界に再び緊張が走り抜ける。

 

 若い男が視線に気がついて目をやると、信じられないといった絶望している顔が2つと、今にもブチギレそうな大きな熊という不思議な組み合わせがそこにはあった。


「何やってんだアンタら? だるまさん……いや熊さん転んだ?」

「あ……あぁ……えぇっと」


 呑気な事を言っているやつに構う余裕は無い。ゆっくりと首を戻すとそこには全身の毛を逆立てて、興奮しきってボルテージ最高潮のキングベアがいた。


「グォォォァアアア!!」

「ギャー!!」

「キャー!!」


 くしゃみが引き金となり、ブチギレたキングベアが2人を敵と見なし襲いかかってくる。形振り構わず全力で走り出す2人を面白そうに笑う若い男。


 あいつは何をやってるんだ!? 笑ってる場合じゃねえだろ!!


 全力で走ってくるジョーたちと、その後ろの巨大なキングベア。それが見えているはずだと言うのに、逃げる素振りどころかおもむろに剣を抜き、ヨダレを腕で拭う。


「あー笑った笑った、腹痛い。ま、ついでに夕飯の調達といきますか」

「おい何してんだ、早く逃げるぞ!!」

「今日は熊汁だな」

「はっ?」


 突然走る2人の間を飛ぶように抜けて、キングベアに向かっていく男。


 まさか、こいつとキングベアを知らない!?


 気付いたときにはもう遅かった。巨大なキングベアの腕と鋭い爪から繰り出される攻撃。それをただの冒険者が剣一本でで対抗できる筈は無い。

 もうダメか……と思ったその瞬間。


 ベチャという音ともに、ジョーと少女の足元に転がってくる何か。ゴツゴツしたもので滴るのは赤い鮮血。敵意むき出しのトラウマ級のもの。


「ギャー!!」

「キャー!!」


 それはキングベアの頭部だった。


 あの若い男のものでなく、キングベアの怒り狂った表情のままだった。そして驚きとともに顔をあげるジョーの目の前に広がる光景は、にわかに信じ難いもの……目を疑い、何度も何度も擦ってしまうほどのものだった。


「ふーっ、解体完了っと」


 若い男の直ぐ側にあるのは、頭を失った巨大なキングベアの立ったままの亡骸。

 若い男が剣を振るって血糊を落とし鞘へと納めた瞬間、その亡骸に細かくピッと線が入ったかと思えば、そのまま肉塊へとなってキングベアは崩れていった。


 そんなものを見ても、見せられてもジョーは信じる事が出来なかった。


 キングベアは俺達のランクの冒険者では倒せない、超凶悪な魔物。B級やA級がパーティを組んで倒せるような魔物を、こいつは……1人で? 


 鼻歌を歌いながら肉を袋に包んでいる若い男にゆっくりと近づいて、先程と同じ質問を問いかける。


「お……お前……ラ、ランクは?」

「あ、俺か?」

「あ、あぁ……そうだ、教えてくれ」


 すると若い男は興味なさげにぶっきらぼうに答える。


「あーS級S級。てかお前らも見てないで手伝えよ」

「え……え……す……えす?」


 そして、ピンときた。


 確か噂で聞いたことがある。王都にいる唯一のS級の男は、やる気が無く常に眠そうにしているがその強さは段違いなのだと。そしてその噂のほとんどが、この若い男に当てはまる。


 ただ、唯一違うとするならば段違いの強さでは無く、もはや次元が違っていたこと。


「あれ、リリィ。というかもう1人居なかったっけ?」

「いいんですよ、レディアさん。あんな奴放っておいて」

「女の子置いてどっか行くってのはどーかと。まぁ、他人の事はいえないか」


 袋に詰めた肉を満足そうに見ている男の顔を少女がタオルで拭き始める。


「レディアさん目瞑っててください。顔についた血とマジック落としますよ?」

「ははは……はぁ!? マジックとかな、なんのここことだし! なななに言ってんだししー」

「もう、じっとしててくださいよ」


 冒険者にはランク至上主義を唱える者がほとんどで、ランクが高ければ高いほど下への態度も悪くなる上、扱いもぞんざいになっていく。しかし、レディアにはそんな気は微塵も感じられず、差別や区別する事なく同じような態度で、誰とでも接する。


 へっ、ようやくこの男が慕われている理由が分かったぜ。


「ママ、マジックとか知らんし! ほんと知らんし! 知らなすぎて例えるならその……えっとほら、あのね……なんというかこう……………………つまり知ら――」

「はいはい、分かってますって」

「まったく、往生際が悪いぞ若いの」

「んだよ、うるせぇなおっさん!」


 その言葉に直様反応して、レディアの頭を脇で締め上げ拳で頭をグリグリするジョーだが、いつの間にか年下のレディアに対して尊敬を覚えていた。


「誰がおっさんじゃ!! こう見えてもまだ42だぞ!!」

「へぇ、若…………いやおっさんだろ!!」

「そんな事ないよな、嬢ちゃん?」

「ソウデスネーマダマダワカイデスヨー」

「片言棒読み!?」


 一方その頃、逸れた冒険者の少年はと言うと……。


「誰か……助けてぇ……」

「グォア」

「グゥ」


 レッドベアの雌に囲まれて、毛づくろいをされているのだった。

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