第6話 謝ることより許すことの方が何倍も難しい。
無事に山猫盗賊団を壊滅させ、そして盗まれた金銀財宝の在処を発見することができたレディア一行は、その後の処理をギルドに任せて先にマヤが待つギルドの前へ帰還していた。
そこで普通に入ればいいものをシラフになっていないせいで、わざわざ死闘を繰り広げてきたということにする為に急遽ケチャップでみせかけの血糊をあちこちに作っていく。
そして置き去りにされた、アレも血も吐いて完全にシラフな盗賊の男も後から追いついて、普通に何気なくギルドの前まで一緒に来てしまった。
「あー……っぽいわ。マスターそれだ、っぽいよ!」
「腹筋の上に、3筋の引っ掻き傷……くぅ、かっくいい!」
「……」
1人だけこの謎のテンションについていけないのも、この盗賊の男はマヤにも迷惑をかけていたことを悔いているからだ。今はとっくに悔い改めてはいるが、2人は許してもマヤが許しているとは思えなかった。
あの時、レディアに殺されかけたときレディアの瞳は本気だった。それほどにマヤを苦しめていたと思うと、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
「ここ見て、剣で貫かれましたーみたいな!」
「上手いなレディア! センスあるぅ!」
「僕は……ここにていいんでしょうか」
「は?」
あまりにもテンションが低すぎて若干苛つく2人だったが、盗賊の男の顔を見て静かになる。そして弱気な彼の背中に向かって2人してケチャップをぶちまけ始める。
「ちょ、ちょっと!!」
「まったく、どうなるか分からねえことをウダウダ考えても仕方ねえだろ? やっちまったもんは取り返せねえけどよ、今兄ちゃんが思ってることを素直言えやぁいいんだよ」
「でも……」
「確かにお前のした事は間違いだ。間違いだけどな、その悔いて改めようとする心は嘘じゃないだろ? ほら、さっさといくぞ」
それでも気分は乗らないまま、痛がる演技をする2人の後ろに隠れるようにしてギルドの扉を開いた。
「ぜはぁ……ぜえはぁ……た、只今……帰還……しました…………って」
「辛い……戦いだった…………って」
予想していたものとは違って、ギルド内の照明はほとんど消されていて、ずっとレディアたちの帰りを待っていたのかマヤとヘスティがテーブルに突っ伏して寝ていた。
そしてマスターの妻も椅子にもたれるようにしながら娘を膝の上で眠らせていたが、疲れ切っているのか顔が少しやつれているのが分かる。
ウトウトとする妻と眠る娘の様子に、酔いもすっかり冷めたのか、涙ぐんで近づくマスター。それに気づいたようで妻が顔を上げた。
「……アナタ? アナタ!!」
「おぉ、セシル……今、帰ったぞ」
驚く妻をそっと優しく抱きしめるマスターの目に、そして妻の目には大粒の涙が溢れていた。
その声に娘も目を覚ましたのか、眠そうな目で「パパ……」と抱っこをせがむ。マスターは娘を抱いて、そして強く抱きしめる。
「マリー……ただいま」
「おかえりなさいパパ」
他の誰よりも、なによりも家族の為に……愛する家族の為に身を挺して戦いに挑んだ男、戦士の帰還である。そこに他の誰も入る隙間は無かった。
さっきまでのマスターはもうそこにはおらず、いるのは1人の父親の姿のマスターだった。
「なに……どうしたの……?」
そして次に目を覚ましたのは、幼なじみでありながら今回の依頼主でもあるマヤだった。同じように眠そうな目を擦りつつ、顔を上げた。その目線の先にいたのは、待ちに待ち続けたレディアだった。
「レ……レ……レディア!!」
「ん? のわっ!?」
急に立ち上がって駆け寄ってくるものだから「遅い!!」って殴られるのかと思って身構えたが、予想は外れていきなり抱きつかれていた。あまりに突然すぎてセクハラしないように、両手をすぐに挙げて難を逃れる
何かの間違いだとハラハラしていると、マヤが人の胸の中でどうやら泣いているようだった――ので、左手は挙げたまま、右手で【アイツ】がしていたように頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫、今来たところだ」
「バカ……何でアタシが……待たせたみたいになってるのよ……」
「……待たせたな」
「……バカ」
ポコポコと胸を叩くマヤだが本当に怒っているわけでは無く、実のところ賞金首の男が関わっていることを知って、かなり心配をしていた。そのことをレディアは知らない為、困惑している真っ只中。
そんな状況の中でようやくヘスティも目を覚まして顔を上げると、レディアにマヤが抱き着いているのを見て、少しだけムッと頬を膨らませていたが、それよりも帰ってきたことにホッと胸を撫で下ろすのだった。
「レディアさん、おかえりなさい」
「ただいま帰りましたよっと……って?」
その言葉にヘスティも我慢できなくなったのか、背中からレディアを抱きしめる。
もう何が何やら分からないが、とにかく柔らかい何かが背中にずっしりと当たって……もうどうしましょ。
「レディを待たせるのはいけませんよ?」
「はぁ……心得ておきます」
「ぜひ、そうして下さいね。ところで――」
ヘスティがレディアから離れて、後ろの方で隠れるように立っている盗賊の男に目をやる。それに釣られるようにして、マヤもその男の顔を見た途端に表情が変わり、怒りに満ちた瞳で睨みつけていた。
そうなることは盗賊の男も重々理解していた。そうだとしても、その瞳は……殴られるよりも重く、そして痛かった。
「何でアンタが……アンタがここにいるのよ!?」
マヤのその言葉でギルド内の空気が一変し、ここにいる全員が男に視線を送っていた。マスターの妻も娘を庇うようにして男から隠す。
分かっている、分かっているんだ。自分のしたこと、してきたこと……今更許してくれるなんて思ってさえもいない。でも、そうだとしても、もう出来ることはこれしかないから……こうする事しか出来ないから。
「ご……ご……ごめんなさい!!」
這いつくばり、頭を床に擦り付けるほどに頭を下げる盗賊の男。勇気を出して、自分の過ちを認めて、悔い改めたことを形にする。全ては自業自得の所業かもしれないけれど、その事で悲しませてしまったのであれば、許してもらえずともこの気持ちだけは伝えたかった。
「僕は……僕はずっと、間違いを犯していました。僕のせいでラモネの皆さんを傷つけて……悲しませてしまいました……。でも、そんな僕にも、マスターは酒を飲ませてくれたんです。仲間だって、家族だって……教えてくれたんです!!」
大粒の涙を溢しながらも、頭を下げ続ける盗賊の男。その姿に全員が黙って、彼の言葉に耳を傾けていた。
「僕のしたことは許されないことです……でも……でも…………それでも僕は……みなさんに謝りたいんです……ごめんなさい……ごめんなさい。どんな罰も、仕打ちだってなんだって受けます!! だからせめて……謝らせてください!! ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい!!」
涙で声にもならない声で、頭を下げ続ける。ただただ、ひたすらに謝り続ける。その盗賊の男にゆっくりと近づいていくマヤ。そして男の目の前に立ち、顔を上げさせた。
ギロリと男を睨みつける。どんな罵詈雑言を浴びせるのか、それとも殴りつけるのか……だがマヤはそんな事はしなかった。
「何でも……するんですね?」
「は……はい……」
「その言葉に偽りは……ありませんね?」
「ありません!!」
そしてマヤはマスターに視線を送ると、マスターも妻もマヤに優しく微笑んでいた。そしてマヤは向き直り、ため息をつきながら盗賊の男に告げた。
「……なら明日から店の片付けと修理。それに掃除と仕入れ……その他いろいろと何でもやってもらいますからね!」
「……え?」
「それくらいの事してもらわないと、これまでのツケの分含めて割に合いませんから、覚悟してください!」
「は……は……はいっ!!」
さらに涙を流しながら頭を下げる【元】盗賊の男。「これでいいですよね?」と言わんばかりにマスターたちを見ると、笑いながら頷く姿がそこにはあった。
間違いを理解し、反省し、そして誠心誠意の謝罪をする。彼の言葉には行動には嘘偽りは無く、心からの本心からの謝罪だった。そんな彼をもう盗賊とは呼べない。呼ぶ理由は何一つない。
「よっしゃ、もう夜も遅いが1杯いくか!!」
「ん、待って。マスターもう飲んだでしょ!!」
「あ、やべ……バレちゃった」
「もう、アナタったら」
ワハハハと小さいながらも活気がギルド内に戻っていく。そんな中で1人レディアだけが外へと出ていくのをヘスティは見逃さなかった。
背後から聞こえる楽しそうな声。その中にマヤの声も混じっていて、フフッと笑うレディア。そして歩き出そうとしたとき、ヘスティには見つかっていたのか、彼女もまた外に出てレディアのあとを追う。
「レディアさん、待ってください!!」
「……」
「待ってくださ――わっ!?」
「はぁ……本当変なひ……物好きな人だ」
石につまずいて転びそうになるヘスティを抱きしめるように支えるレディア。そして離そうとするも何故かヘスティが離れようとしないことに、また困惑を隠せないでいた。
何故か何も話さないヘスティと、困ったまま固まるレディア。だが次第にヘスティがレディアを抱きしめる力を強めていく。
「もう……私だって心配したんですよ?」
「そんな盗賊相手に、心配しすぎだっての」
「賞金首の紙、持っていきましたね」
「……」
誰にも言わずに黙っていたが、どうやらヘスティにはバレていたようだ。というのも、レディアの狙いは最初から流血のクロウであり、酒場ラモネと山猫盗賊団のいざこざ関係なく最初からクロウを殺すことはレディアの中で決定事項だった。
これ以上の被害を増やさせない為に……。
王国の指定する1級犯罪者たちを金銭目的では無く、安全な暮らしの為に今の今に至るまでレディアはたった1人で裁き続けてきた。だが、それを知る人はヘスティやギルドのリーダー、その他数名程度に限られている。
それもレディアの要望によるもので「褒められた事ではない」らしい。
口や態度では横柄だったり、屁理屈だったりを聞いても聞かされても、そんなレディアの一面を当時から知っているからこそヘスティはレディアに一途に好意を抱いていた。
だが知っているのはそんな表の顔だけではない。あの日からレディアが胸のうちにしまい込んだ【心の闇】のことも、本当は知っている。
マヤにさえ知らないフリをする事で、彼が成そうとしていることを……彼が望んでいることを助けてあげたくて……そして強くて、弱い彼に寄り添っていたくて。
「ふふっ、誰にも言いませんから安心してください」
「それはどーも」
「でも、私お喋りですから誰かに口を塞いで貰わないと……喋っちゃうかもですね」
そう言い、普段誰にも見せない意地悪な顔をしながら人差し指を立てて自分の唇に当ててから、レディアの唇にもそっと当てる。
思わずドキッとするレディアだったが、微笑むヘスティを見てからかわれた事にため息を吐く。
「まったく、性格悪いなアンタ」
「こんなこと、レディアさんにだけですよ?」
「はいはい、さいですか」
「いつもそうやって……本当なのに」
すこし寂しそうにしながらも、ようやくヘスティから解放してもらえた。ずっと抱きつかれていただけあって、ヘスティの付けている甘い香水の香りがほのかに鼻に香る。
そしてハッとしてヘスティを見ると、いつもの笑顔の中に意地悪な顔が見え隠れしているのを感じた。
まったく……猫じゃあるまいし。
そんなヘスティに指を上に指して、空を見上げるよう誘導し、何事かとヘスティが上を向いた途端おもむろにヘスティの頬を両手で優しく引っ張った。
「ひゃにひゅるんへふかー!?」
「お返し……なんてな」
「もう……意地悪っ」
「お互い様だ」
そうして2人だけの夜空の下で笑い合う。
彼女が見せるその笑みは、いつも誰もが見ている美しい笑顔とはまた違って、とても綺麗だと……そう思えた。
「それで、今日も報告ですか?」
「まあな。【アイツ】にも今日のことは教えてやらないと」
「……さいですか、ふふっ」
「人の真似して……まったく」
そうして、レディアは1人歩き出す。暗い夜道をいつものように何も考える事なく、目的地の協会まで。
ようやく協会までたどり着くと、直様裏手の共同墓地へと足を運ぶ。するとその途中で車椅子に乗ったかなり高齢の老婆【アンネばぁさん】が石に車輪を取られて動けなくなっていた。
「アンネばぁさん、また1人で……夜なんだから冷えるぞ?」
「あうぅ……うぅ…………」
「ほら、もう大丈夫。1人で帰れるかい?」
「あうぅ……うぅん……あぅ」
歳のせいもあるが、アンネばぁさんは夫を亡くしてからというもの、ボケが年々酷くなっていて今では会話をするのもかなり難しい。
仕方ない、報告は明日にするか。
ここまで足を運んだものの、アンネばぁさんを家まで送るため車椅子を押して来た道をまた歩いていく。するとアンネばぁさんがこちらをじっと見つめてなにやら呟いている。
「あぁ……アル………………アル……ト…………」
「ん? ばぁさん?」
「あ…………アル……ト……アルト……アルト」
「……」
視力の衰えもどうやら酷いようだ。人を……誰かと見間違うなんて。
「アルト…………アルト…………」
「ばぁさん、俺はレディアだ。レディア・ノエストラ!」
「アルトノ……ストラ…………アル……」
ブツブツ呟くアンネばぁさんを押して、ため息をつきながら闇夜に消えていく。ずっとずっと同じことを考えながら……【アイツ】の事を考えながら。
「まったく……俺は【アイツ】じゃない。【アルト】……じゃないんだよ」
俺は……レディアなんだよ。
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