第5話 喧嘩するほど仲が良いのは分かったから誰か止めてやれよ。


「もういっぺん言ってみろコノヤロウ!!」

「あぁ、何度でも言ってやるよ!! この筋肉ダルマが!!」


 出血のクロ……いや輸血のク…………いやいや……あっそうだ【金欠のクロウ】を倒した(主にレディアが)一行は、騒動に集まってきた山猫盗賊団の下っ端たちをマスター自慢の筋肉でことごとく蹴散らし、ようやく団長の部屋であろう扉の前にたどり着いた。たどり着いたというのに、急に喧嘩を始める始末。


 喧嘩の発端はレディアからの文句。だが、レディアが文句を言うのも無理はない。何故なら、先ほどまで戦ってきた山猫盗賊団の下っ端たちは騒動に集まってきたというより、マスターが勝手に「近道だ!!」と言い張ってレディアの静止を振り切り、屋敷の壁をぶち抜いた所、下っ端たちがたくさんいた……そういうことである。


「誰が筋肉ダルマだ、もういっぺん言ってみろ!!」

「気に入ってんじゃねえよ!! 誰が言うか!!」

「言えよ!! 待ってんだよ、早く言ってくれよお!!」


 やぁ、みんな。僕はこの二人に勝手に連れてこられて、周りからしたら完全な裏切り野郎扱いの盗賊の男だよ。みんなよろしくね。


 それにしても本当おかしいと思わない? え、何の話かって? そうだよね、分からないよね。

 そもそも僕はね、悪いことをしてたとはいえ、盗賊団の仲間たちを裏切りたくはないから「話し合いをしたい」って言ったんだ。そしたら二人とも「戦わずに済むのなら」って……もうね、何て良い人たちなんだろうって……そう思ったよ。


 そう思ってたんだよ。


 でも蓋を開けたらもうね、ボコボコだよ。みーんなボコボコ。仲間たちも寝ているとこ急に起こされてからいきなりボコボコ。あれ、おかしいなーってさ。どっちが悪者か分からなくなるよね。


「気持ち悪いんだよ、この脳筋ヤロー!!」

「や……やめろよ、照れるだろーが」

「褒めてねえよ!!」

「褒めろよ!!」

「なんでだよ!!」


 二人の喧嘩と自分の立場に不安になり、また胃がムカムカとし始める盗賊の男。しかし理由はそれだけではない。

 この扉の先にいる男、山猫盗賊団団長のレイヴンは残忍且つ残虐的で気に入らない者がいれば、当人だけでなくその家族にまで怒りの矛先を向ける。女子どもにも容赦なく、気に入らないなら殺すのみ。レイヴンはそうやって今の地位を築いてきた。


 彼らは今、そんな男のいる部屋の前で大声で喧嘩しているのだ。


「近道をしただけで何故怒るんだ?」

「そのやり方に問題があるんだっつの」

「確かに敵はいっぱいいた。だがな、筋肉があるからどうにかなるんだ」

「筋肉は理由にならねえよ!!」


 あー、胃がキリキリしてきた。

 誰か助けて。


 口から血でも吐きそうな勢いで、盗賊の男が真っ青になっていると突然、レイヴンのいるであろう部屋の扉がゆっくりと開き始めた。だが二人は相変わらず喧嘩をやめる気配はない。盗賊の男も今、口を開けば吐血しそうで二人にこの事を伝えることが出来ないという絶体絶命のピンチ。


「ったく……騒々しいぞ、扉の前で」


 そうして扉からゆっくり出てきたのは、間違いなく団長のレイヴン。その瞬間に限界を迎えてビチャビチャと吐血する盗賊の男。


「え?」


 騒がしかったから、扉からゆっくり出てきて様子を確認してみれば頬を引っ張り合っている男たちと、青ざめて吐血している男が目に入る。見たくないものが目に入ったので一度扉を閉めてからもう一度開く。しかしそこには同じ光景が広がっていた。


「な、なにしてんの? 人の家でさ」

「お前にはこの筋肉の美しさは理解できないだろ? はぁ、哀れなやつ」

「あーはいはい、分からなくて結構。程よくありゃ十分だし、多すぎたら邪魔になるだろ」

「筋肉は邪魔になどなるか馬鹿タレ」

「あ、言ったな。ついに言ったな!!」


 レイヴンの目の前に広がるこの光景。それはまさに地獄絵図そのもの。


 よし、関わらないでおこう。


 気づかれないようにそーっと扉を閉めようとしたとき、隙間からガッと指が伸びてきて扉を閉めようにも閉められないどころか、筋肉ゴリラに力任せにこじ開けられてしまった。そしてその勢いで外れそうになる扉。


「待ちなよ兄ちゃん……」

「えー……えっと……その……ご、ご要件は?」

「……面、貸せよ」

「え、あ……はい」








「だいたいな、酒癖悪い奴がよう酒場なんてやれたな!! 分かってんならお前もう飲むな!!」

「うるせぇ、俺が何やろうと勝手だろがこのクソガキ!!」

「もう俺は大人だ!! 迷惑なんだよ筋肉ゴリラ!!」

「筋肉ゴリラ……お前もっかい言って見ろ、というか言え!!」

「……」


 気が付けば二人の意味のない喧嘩を傍観するように座らせられているレイヴンと吐血男。白熱する喧嘩の外でよそよそしく座っているだけで何をどうすればいいのだろうか。


 二人が言うには、どっちが悪いか判断できる第三者が必要らしく、たまたま近くにいたレイヴンがそれに指名されていた。指名されたとはいえ何が原因で喧嘩が起こっているのか、そしてよく見ればこの二人が今回ターゲットのラモネのマスターで、尚且なんとなく見かけたことのある名のある冒険者ではないか。

 この二人がここにいる時点で生きた心地がしていない。


 震えながら隣を見てみると、吐血はしているものの自分の部下にこんな奴がいたような気がした。吐血しているもののこんな意味の分からない場所にいて平然としていられるのは、吐血しているもののなかなか根性のある犠牲者のようだ……吐血はしているが。


 こんな訳のわからない喧嘩を見せられていれば吐血だってするだろう……きっと、多分。


「おい君、大丈夫か?」

「……ぐふっ」

(吐血した……)


 事情を聞こうにも聞けなくなってしまった。


「第一に俺は依頼されたから、一人でここに来るつもりだったんだよ。それが何だ!? 勝手に暴れていろいろぶち壊して……そろそろ血ぃ吐くぞ!? 吐き晒すぞ!?」


 吐いてますよ、隣で。あと吐き晒すって何ですか?


「こうしてここに来れたのは誰のお陰だ、あ? 壁をぶち壊しながら進んできた俺のお陰だろう?」


 あ、やっぱりお前か。なんだか穴空いてたり、地響きみたいな音するなぁって思ってたら、やっぱりお前か。


「俺はな、静かに事を収めたいタイプなんだよ。それを近道だからって暴れやがって」

「暴れたんじゃない、筋肉の意のままにだな」

「だからお前じゃねえか!!」


 おそらくこれは一生終わることはないだろう。こんな互いに主張ばかりして、互いに尊重し合うことを忘れてしまっては心が枯れてしまう。喧嘩している二人と吐血する男……今この場で冷静な判断が出来るのはこの俺様……団長のレイヴン様以外他にいない。


 ここは1つ、チームを束ねる団長としてズバッと言ってやらねば。


 おもむろにスクッと立ち上がり、二人の喧嘩の間に自ら割って入るレイヴン。


「まったくやめないか君たち。いい大人がこんな事をしていて恥ずかしくないのか?」

「それは……」

「はぁ……まずマスター。君はここにいる誰よりも年長者だ。そんな君が若者の意見を跳ね除けてしまっていては未来ある若者の可能性を潰すことに成り兼ねないんだぞ?」

「むぐうぅ……」


 意外と効いているのか、このままさらに押していく。


「それと君の筋肉は確かに素晴らしい」

「だろ、そうだろ!!」

「そうだ……がしかしだ。人の価値に自分を当てはめてはならない。人の価値観というのはある意味で自分らしさを象徴するものなんだぞ? つまりそれを否定したり、強要させようというのは相手を否定することと同じなんだ」

「……確かにそうかも知れん」


 熱くなっていたマスターが、少しずつ冷静になってまともな判断ができるようになってきた。そして何故か吐血男は、さらに吐血しながらその場に倒れ込んでいた。


 次は「そら見たことか!」と余計な事を口走っているレディアの番。


「次は君だ。君は年長者のマスターに対して物言いが酷すぎるぞ。何が筋肉ゴリラ……だ。失礼にも程があるぞ!!」

「いやでも……喜んでましたし……」

「そういう問題じゃない!! いいか、君はこれからを担っていく未来ある若者なんだ。そんな君が、他人の痛みを理解できていないようでは一体何の未来があると言えようか!! これから君にはたくさんの試練が待ち受けている……だがそれを感情的になっていてはダメなんだ」

「まぁ……言われて見ればそうかも……」


 するとようやく二人は落着きを取り戻したのか、気まずそうにモジモジしている。そして何故か吐血男は、白目を向きながら泡を拭き始めていた。


 ここまで来ればあとは誰かが背中を押してあげるだけでいい。

 互いが互いに素直になれないせいで小さな蟠(わだかま)りが生まれ、それがどんどん大きくなっていずれ深い溝になってしまう。だがそんな蟠りも、こうして互いの気持ちを理解し合おうとすれば生まれることなく、そして互いに手を取り合っていけばどんなに高い壁だって越えていけるようになる。

 

「ほら、二人とも! 仲直りの握手だ」

「……すまなかった、レディア」

「いやぁ、俺こそ……自分勝手だったよ、ごめん」


 互いに手を取り合って、交わす握手。うんうんと満足げに頷くレイヴン。これぞまさに友情、そして愛だ。人は生きている限り道を違えることもある。生きていれば誰でも違えることがある。だが、それに気づくか気づけるか、あるいは気づかせてもらえるか……それだけでまた人は違わずに先にすすんでいけるのだ。


 そう、まるでこの二人のように――といかないものである。

 

 メキメキっと目の前で急に音がしたかと思えば、マスターがレディアの手を強い握力で握りしめていた。


「ギャーー!!」

「思い知れ、これが筋肉だ!!」

「やりやがったなてめぇ!! 喰らえ目潰し!!」

「ギョエーー!!」


 あ、全然話を聞いてらっしゃらない。


 その心の声と同時に口から吐血するレイヴン。しかし負けじとまた説得するために二人の間にもう一度割って入っていく……がしかしだ。


「ま、待て待てぃ!! いい加減にしないかぁ!!」

「あ? うるせぇよ!!」

「邪魔してんじゃねえ!!」

「え……え?」


 先ほど違いレディアに右肩、マスターに左肩を捕まれるレイヴン。そして何故か怒りの矛先がこちらに向いていることをヒシヒシと感じる。

 そう、最初からこの二人を止めることは誰にも出来なかったのだ……二人ともまだシラフにはなっていないのだから。


「え……あの……ちょっと…………ぐふっ」


 二人からくる酒の匂いにいろいろと察して、ここで始めて吐血男が吐血していたことを理解させられる。そして同じく吐血する。


 そしてぐったりしたまま、顔を上げた途端。


「部外者は……」

「てめえは……」


 左右同時に響くステレオボイス。

 なーんだ、息ぴったりじゃないか。


 握られた拳が、まるでスローモーションのようにレイヴンの顔面へと叩き込まれていく。


「すっこんでろコノヤロウ!!」

「ぶげばっ!!」


 二人の全力の拳を受けたレイヴンは扉を突き破り、ベッドのシーツに隠れていた裸体の女たちの間を通り抜け、分厚い壁をも破壊して遥か彼方へと飛んでいった……吐血しながらも。


 女たちがブルブルと恐怖に身体を震わせる、その目線の先でスッキリとした顔のマスターとレディアが額の汗を拭う。


「ふぅ、スッキリした」

「なんかどうでも良くなったな、マスター」

「そうだそうだ、喧嘩なんてみっともない」


 ガハガハと二人で楽しそうに笑い合う。勝手に喧嘩して勝手に仲直りする時点で、第三者など必要無かったのだ。


 喧嘩もようやく終わりを迎えたということで、すでに開いてしまってはいるがようやく団長と対決するために、床で血を吐きながら寝ている盗賊の男を跨いで部屋の中へと入る。しかしそこにはベッドのシーツで身体を隠して震えている裸体の女たちと、大きく壁に空いた穴しか無く、団長と呼ばれる者の姿は見当たらなかった。

 騒動を大きくし過ぎたのか、どうやら逃げられてしまったらしい。女たちに聞いてみても震えるだけで考えるのも嫌なようだ。


 とにかく、女たちを解放するついでに金銀財宝の在処を聞くと、部屋の地下へと案内されて今まで盗んできた金銀財宝の山を発見することができた。


「この量は俺たちにゃ無理だ」

「ギルドにはあらかじめ伝書鳩ならぬ、伝書闇鴉を送っておいたから問題ないさ。しかもアレなら夜目が利くからな」

「ぬかりねぇな」


 そうして、壁を突き破り遥か彼方へと飛んでいく団長の姿を目撃した、ボコボコにされずに外へ逃げた山猫盗賊団たち。そんな彼らは、何事もなく楽しく会話しながら出てくる侵入者たちの姿に不気味さと恐怖を覚え、誰もが即座に足を洗うことを決意したのだった。


「なぁレディア、俺たち何か忘れてないか?」

「……さぁ? 何もないだろ」


 こうしてレディアたちと山猫盗賊団との戦いは幕を閉じたのであった。


「……ぐふっ」


 盗賊の吐血男を置き去りにして。

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