103

「ういっす~。 昨日撮った廃墟の映像は編集できたか?」


 事務所に足を踏み入れるのと同時に、ピアノで連弾を奏でるようにキーボードを叩いていたウィルが指を止め、季人の方に椅子ごと体を向ける。


「やぁ、おはよう季人。 とりあえず、こっちの検証ファイルをまとめてからかな。 で、ハンバーガーは?」


 ウィルが伸ばした手に、購入したばかりのジャンクフードを袋から取り出して放り投げる。 ウィルはそれを両手でキャッチし、さっそく包装紙を開いて中から顔を出したチーズバーガーに齧り付いた。


「そうか、にしても……」


「うん。 まさかこんなにも閲覧数が増えるとはね……」


 ウィルの提案から約一週間。

 季人としては、期待二割、面白味七割、不確定の感情一割で動いていた日々。

 とりあえずは有言実行してみようと、真偽問わず、時には真偽を確かめるために何でもかんでも手を伸ばし、只々動き続けた。

 結果、その成果は自分達でも驚くほど数字に表れていた。

 ホームページのトップに設置したアクセスカウンターは既に六桁目に突入しようとし、メールの数も日々増加してきている。

 何がきっかけになったかは分からない。 だが、何かが発端となり、アクセス数が増えたのは間違いない。 

 気がつけば、二人が知らぬ間に様々な動画投稿サイトに転載までされていた。

 もしかしたら、それが要因で再生数が伸びたのかもしれないが、二人にとっては願ったり叶ったりだった。


「そういえばウィル、この間やった都市伝説の、え~っと……」


 季人が思い出す前に、ウィルがそれに被せてくる。


「アインシュタインの預言書が神保町にあるってやつ?」


「いや、それじゃなくて……そもそも無かったしな。 ていうか、あってたまるか」


 一週間の内の何日かは、明らかにガセと分かるモノも多く在ったが、それだけネタには困らなかった。

 しかしその分、特別体を鍛えているわけでもない平均的な成人男性の体力しか持っていない季人の体力は、重たい石臼を回すようにゴリゴリと削れていった。


「流石に古本屋が乱立する地を足で回るのは骨が折れた。 いや、もう粉末になってるかも……」


 疲労感の取れない体を部屋の隅にあるベッドに投げ出して、季人は地球の重力から脚部への負担を軽減させる。


「へはは、今度からああいうのは選別して、時には除外していこう。 そうじゃないと本当に骨が折れた時笑えないよ」


「同感だ」


 何故なら、要らん労力を使った割に無駄に時間を食ってしまったからだ。


「そもそも、あんな無駄足を踏んでおいて全くと言っていいほど閲覧者数増えなかったしな、あの件は。 一気に来訪者が増えたのは、定番と言うか王道と言うか、世界中に散らばるミステリーとかオカルトネタに焦点当てた辺りからだろ」


 結局の所、誰もが知っていて一度は聞いたことがあるものや、その筋のものが好きなら自ずと調べたことがあるもの。 つまり、結局のところ誰もが知っている王道ネタが、コアなオカルトネタよりも人目を引くということだ。


「……バズビー・チェアの検証? いや、聖ヨゼフの階段を調べた時?」


 バズビー・ストゥープ・チェア。

 バズビーという死刑囚が愛用していた、俗に言うというオカルトインテリア。

 聖ヨゼフの階段は、支柱や壁のない構造の螺旋階段で、構造と逸話が多くの人の心を引き付けた。


「そういうの引っくるめてだって。 最初はウィルが調べて検証したアンティキティラの歯車の件。 あの時から、一気に閲覧者数が上がったしな」


 アンティキティラの歯車とは、地中海のアンティキティラ島で紀元前に作られた天体観測用の高精度な機械。

 俗にいうオーパーツだ。

 先にあげた二つも含めて、実際に存在する世界のミステリーを代表するものであり、オカルトネタとしては超有名。 まとめサイトならば必ず存在するものばかりだ。


「ちょっと驚いたよ。 海外からの閲覧者もいたし、レポートに使わせて欲しいって人もいたからね」


「じっくり検証する為の金も、情報提供料として時々そいつらが寄付してくれたしな」


 一度だけ大学から研究資料として使わせて欲しいと連絡があり、その際に少なくない額を頂戴した。 当然、遠慮など微塵もしなかった。 金額を見た瞬間にそんな感情はトイレへと流した。 

「へはは、おかげでしばらくお金に困ることはないね」


 暇を見つけては身の丈に合わない高額の肉体労働系バイトをして、必要最低限の生活レベルを維持してきた季人にとって思わぬ臨時収入であり、目から鱗とはまさにこの事だった。

「ああ、ウィルが所構わずジャンク品を買い漁らなければな」


「それはエジソンから電気を取り上げるようなものだよ季人」


 ハンバーガーの最後の一切れをウィルが頬張り、包み紙をゴミ箱へ放り投げる。 しかし、相変わらずのコントロールで見事に狙いからそれて床へと落下した。

「基本はよくあるオカルトネタの検証だけど、やっぱり誰もが知っている王道っていうのが一番なんだな。 訪問者も増えるし」


 何よりもそれが一番だと季人は思った。

 情報共有こそがホームページの真髄なのだから。 誰かに見てもらえる事を何より一番に考えなければいけない。

 何事もまずは基本。 ピカソでさえ、初めはデッサンから始めたくらいなのだから、自分の色を出していくのは、もっと閲覧者数が安定してきてからで良かったのだ。

「そうだね。 ひょっとしたら、またスポンサーが付いてくれるかもしれないし」

「まぁ、そういうのはよっぽどのケースだろ。 そうそうある事じゃないだろうし。 大体、やり過ぎても本質から外れちまいそうだ。 それに……」


「ん?」


 そこで不自然に言葉を濁した季人に、ウィルは伺うような視線を送る。


「……いや」


 それに、現状ホームページの運営で一番貢献しているのはウィルだ。

 季人の出した漠然としたアイデアを意味のある明確な形にする事も、世界中からアクセスしやすいように、ホームページのレイアウトから言語の翻訳まで、ウィルが殆どやってくれている。

 さらには件の大学との交渉や海外からの依頼などに対する処理までが、彼にほとんど投げっぱなしという運営状況だ。

 特別な表現を持ちいらずに言うのなら、大なり小なり季人はウィルに対して心から感謝している。

 きっと、目の前にいるちょっと何考えているかわからない系のおじさんと出会わなければ、今の自分はもう少しスケールの小さい人間になっていただろうという事は自覚していた季人だったが、そんな彼との出会いは別段運命的なものでもなかった。

 それはもう、二人でさえどれが最初の出会いだったか、何がきっかけで親しくなったのかすら朧気だ。

 どれもがそれらしい記憶であり、どこにでもありそうな日常の延長にあるようなものだった気がする。

 季人が道ばたで酔いつぶれた所に水を差しだしたのがウィルだったような気がするし、電気屋の前で初売りの抽選券の配布を待っていたところで出会ったのが最初だった気もする。

 それ位、二人は普通に出会った。 ドラマ性など微塵もないが、気が付けば既知の間柄となっていた。


「ふむ、血糖値が下がっているんじゃないかなボーイ。 バーガーは食べたのかね?」


 黙ったまま再起動しない季人に、ずいっと手にしたハンバーガーを差し出すウィル。 そんな気のまわし方に笑いながら、季人は首を横に振った。

「朝飯なら御伽の所で済ませたよ」


「いいね~。 毎度の事ながら、かわいい子に朝食を作ってもらうなんてさ。 世の中の男性の半分は敵に回しているよ君は」


「嫌いな物が毎回食卓に並ぶのはくたびれるんだぜ」


「へはは。 羨ましい悩みだね~それは。 まぁ、あちらの親御さんも娘さんも善意でやっているんだ。 ありがたく享受しておきなよ」


「そりゃするさ。 断った時が一番怖いからな」


 その時、ポーンという簡素な短音がテレビから続けて鳴り、二人は同時に振り返る。

 テレビに流れているのは、ランチバイキングで人気の店TOP10。 グルメレポーターの口上でかなり誇張され、映っている料理が美味しそうに説明されている。

 今まではこれと似たようなことをやっていたんだよなぁ……と、思う季人だったが、しかし、注目するのは画面上部に点滅するニュース速報のテロップだ。


 そこに表示されていたのは「行方不明中だった都営大江戸線、都庁前駅の失踪事件における当事者である女子学生三名無事保護」という一文だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る