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 翌日、草薙邸にて季人と御伽は朝食を終え、登校の支度が出来た事を確認してから揃って草薙家を出る。

 この後、季人は一度自分の家に帰ってからウィルの部屋へと赴くが、二人の進行方向が分れるその通学路の途中までは、特別な事が無い限り大抵は一緒だった。

 それはいつもと変わらない、もはや定例となっている日常風景。

 だが、今日はそんな定例となった風景にちょっとした変化があった。


「ん? 御伽、携帯変えたのか?」


 季人は御伽が手元で操作しているそれが、よく目にしていたものと違う事に気がついた。

 最後に見た時は二つ折りの携帯電話ガラケーだったのに対して、今では携帯電話ガラケーにも負けないほどの種類と付加機能が充実したスマートフォンだったのだ。


「前まで使ってたのが壊れちゃったから新しいのを買ったのよ」


 加えて「まだまだ使えそうだったのに」と呟く御伽に季人はあきれ顔を向ける。


「よくもった方だと思うぞ。 記念碑を建ててやってもいいくらい長持ちしたな、あれは」


 市場価値がどれほどの物かは知らないが、季人からすればプレミアがついてもおかしくないほど古い物だった気がする。  何故なら、それは画面がモノクロ表示だったからだ。


「そりゃあ誰かと違って乱暴には扱わないからね。 慎み深く、粛々と使っていれば、必要なのはバッテリー交換位なものよ」


 それにしたって限度があるだろう……とは季人は口にしなかった。

 ただ、ウィルは御伽の物持ちのよさについて、「あれこそオカルトだよ」とは言っていたが。


「それ、最近CMでやってるのにそっくりだな」


 口では御伽に勝てないと早々に降参した季人は、これ以上嫌みを言われないようにそっと話題の方向を修正する。


「まさしくそれよ。 音が凄く良いのよね。 音楽プレーヤーを持ってなかったから、これからはこれに好きな音楽を入れて楽しむの」


 新しいものが手に入ったからか、それとも、普遍的な日常にちょっとしたスパイスが加わったからか、御伽は上機嫌に笑顔を見せた。

 まぁ、単音しか鳴らない携帯を使ってたらさぞかし手にしたそれは未来のアイテムだろう……。


「ん~でもよ御伽、それってあっという間にバッテリーが無くなりそうだな」


 今市場に出回っているスマートフォンは電話としての機能以外にも求められるものが多い。 加えて、常に操作していると半日も持たない事が殆どだ。

 しかし、それは動画見たりゲームで遊んだりするなど、スマートフォンに大なり小なり負荷がかかった場合だ。


「大丈夫。 今出てる物の中じゃ一番長持ちするらしいし、しょっちゅう音楽を聴いてるわけじゃないわ。 学校の行き帰りの時くらいかしら」


 往復にしても使用時間は三十分。 それならば他の機種よりバッテリー容量が多いというのだから、充電無しで二日くらいは持つだろう。


「成程な。 まぁそれはいいとして、使い方の方は大丈夫なのか? 筏がモーターボートにクラスチェンジしたぐらいの進化だぞ。 使いこなせるのかよ」

「説明書は完璧に読破したからね。 それに、こういうのって使っていくうちに慣れてくるものでしょ」


「まぁ、その通りだけどな」


 御伽の言う通り、人は多少機能面が複雑になろうとも、柔軟に対応して慣れていく。

 習うより慣れろとはよく言ったものだ。

 ゲームのコントローラーだって、ボタン四個から十二個に増えたところで、やる事はそれほど変わらないし、使っているうちに気にならなる。


「お、今日はタイミングが良かったみたいだな」


 二人は交差点に差し掛かり、通りの向こう側で御伽の友人達が手を振っているのが見えた。


「そうみたい。 きっと朝食がスムーズに終わったからかもね」


 それもそのはず。 今日は卵料理が無かったから心置きなく、葛藤もない落ち着いた朝食だった。

 嫌味に嫌味で返すと長くなりそうだったので、季人は「ごもっともです」と紳士的な手振りを添えて返した。


「ふふ。 それじゃあね季人」


「おう。 授業中携帯いじりすぎて没収されないようにな」


「ふん、優等生な私には無用な心配ね」


 自慢げに鼻を鳴らし、御伽は青となった信号を見て横断歩道へと踏み出す。


「優等生は普通あんな拳の速度出せないぜ」


「普段から家事で鍛えてるから」


「……全国の主婦は世界狙えるのか?」


 だとしたら、グローバルな女性台頭の速度は飛躍的に向上するだろう。

 そんな考えが頭をよぎる中、御伽は友人達に手を振りながら、登校仲間の輪の中へと駆けていった。

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