152.次に向かうべき所
「無意識のうちに皇女様を追い求めるこの公爵子息様のめくるめく恋愛模様にずーっとハラハラしっぱなしで片時もページをめくる手を止められなくなってしまいますの!」
私にあの小説を渡してくれた子達は、かなり興奮気味でワーッとオススメポイントを伝授してくれている。
……知ってるよ。私もこれを一番最初に読んだ時は、同じことを思ってたんだから。
中身を確認させてもらうと、主人公の名前もアルフリードとは違っているし、舞台となってる国なんかも架空のものに書き換わってるけど、他は全く私が書いた内容そのものだ。
幸いなことに、ここに集まっているご令嬢達は、名前は変えられていても、登場するご令嬢が自分達をモデルにしているとは全くもって気づいていないようだ。
「さすがエル様ですわ! こんなに乙女心をくすぐる物語を書く才能までおありになってしまうなんて!」
ご令嬢達はさらにキャーキャーとはじけ出したけど……
私のコメカミはブチ切れる寸前に達していた。
「王子様ーーー!!!」
彼女達から借りたその本を持って、私は直ちに皇城の王子様の元へと駆け込んだ。
「あれ、エミリアちゃん? まだ整理が終わってないからまた今度にしてくれる?」
王子様と皇女様は結婚を機に今まで使ってたお部屋を引っ越すことになっていた。
その荷物が運び終わって、散乱とした新しい部屋の中に王子様は埋もれていた。
「これは一体、どういうことなんですか!? どうやってこの話を知ったんですか!?」
私は持っていた本を上から片手で掴んで、王子様の前に突き出した。
王子様はそれを手に取ってシゲシゲと眺めると、
「あー! これ! バタバタしてたからすっかり忘れてたけど、無事に出版されたんだね」
そう言ってパラパラと本をめくり出した。
「忘れてたって……私の質問に答えて下さい!!」
懇願するように王子様の方へ迫ると、やっと顔をこちらに向けて彼は得意げに話し始めた。
「いや実はね、今度の結婚式で着るソフィのドレスの参考になる服が無いかと思って、彼女のクローゼットをくまなく見て回ってたんだよ。そしたら……これを見つけちゃったんだよ」
え……
皇女様?
あの小説は厳重に封印するとおっしゃってたのに……
その意味するところは、ご自身のクローゼットの奥深くに眠らせておいた。そういう事なの?
私はちゃんと鍵付きの金庫にでも入れててくれたかと思ってたのに……
「君と手紙のやり取りをしてたおかげで、すぐにエミリアちゃんの筆跡だって気づいたよ。まぁさすがの私もアルフリードが主役っていう時点で一瞬引いてしまったけど……読んでいくうちに話自体にはすっごく惹き込まれてしまってさ」
王子様はパタンと本を閉じると、それを私に返してきた。
「こんなに素晴らしい話、感動してしまって。ぜひ世の中に出すべきだって思ったんだ。もちろん、このままだとエミリアちゃんが書いたものなのに著作権に引っかかるから、人物の名前を変えたりしてね」
そう言って王子様お得意の、キラッキラとした美少女みたいに強烈なニコッとスマイルをかましてきたのだ。
「もう世の中に出回ってしまったのは仕方ないですけど……これの元になった私が書いたのはどこにあるんですか? ちゃんと皇女様のお部屋に戻したんですよね?」
本当に……どうしてこんな勝手なことするの! と思ってしまうけど、あのスマイルを見ると怒る気も失せてしまうのだ。
「やっぱりエミリアちゃんは只者じゃないっていう私の勘は当たってたんだな……えーっと、あの原稿用紙の束は確かこの辺に置いたはずなんだけど、あれ……あれ、無いな……」
王子様は辺りを手探りしたり、キョロキョロと左右を見たりして辺りを探し出した。
しかし結局、それを見つけ出すことは出来ず……
あの原作小説は2度目の行方不明を迎えることになってしまったのだ。
……とはいえ、もうこの件について騒ぎ立てるのには、私自身ももう疲れてしまっていた。
一度皇女様たちに見られて恥をかいているし、もし誰かに見つかったとしても、同じ経験を繰り返すだけなのだから。
私はもう、今日あったことは無かったものと考えて、王子様の新しいお部屋から、サーっと撤収させて頂いたのだった。
確かに『皇女様の面影を追って』は、王子様の予想通りかなりのベストセラーにはなっていったけど、それからすぐのこと。
帝都中、いや帝国中の鐘が至る所でゴーン ゴーンと鳴り響いていた。
皇城前の大広場にはたくさんの人達が集まっていて、皇城の上の方にあるバルコニーの扉が開かれると、そこには真っ白なレースが重ねられて作られたドレスに、薄いベールを頭につけた皇女様。
それに、国境での発表セレモニーでも着ていた珍しい民族衣装を着た王子様が立ち並んでいた。
そうしてこの煌びやかに光り輝く新郎新婦2人は、大勢の帝国民が祝福を贈る中で幸せそうに見つめ合い、口づけを交わし合った。
最初の婚礼予定の時から、かれこれ5年。
やっとお2人にとって待ちに待ったこの日を、無事に迎える事ができたのだった。
「うわー、すごいな。エミリアがよく描かれてる」
皇女様達のウェディングという一大イベントが終わって、だいぶ肩の荷が下りたアルフリードが感嘆の声を上げたのは。
騎士服を着て、でっかくて黒くて丸い物体に、空中で剣を振りかぶっている私の姿だった。
ここは帝都の中にある美術館で、国境での発表セレモニーを見に来れなかった人々のために、その時の様子や関連する場面が描かれた展覧会が催されていた。
あの時、知らなかったんだけど、前にもご登場した帝都にいる女性画家さんが同行していて、ずっとスケッチをしていたそうなのだ。
もちろん6人の王族達が主役なので、絵のほとんどは彼らが占めているんだけど、なぜか”女騎士エミリア”というコーナーがあって、そこには私の活躍を描いたという絵画がいくつも掛けられていた。
ここへは私とアルフリードの他にも、お互いの家族達も普通に知り合い同士なので、珍しく皆して予定を合わせてお出掛けにやって来ていた。
「あ! あれ、フローリアが付けてるの僕があげた花じゃない?」
イリスと手をつないでいたリカルドは、黄色い花を耳にかけたフローリアの上で立ち上がって、アルフリードの手に私が足を乗せている瞬間が描かれている絵画を見つけると、ママの手を振り払ってその方にパタパタと駆け出した。
「エミリアちゃん、すごいわねー! 大活躍じゃない。だけど……ソフィアナ皇女様の女騎士だったのよね? それなのにどうして皇族騎士の制服じゃないのかしら?」
そんな疑問の声を上げたのは、キャルン産のイモ焼酎が帝国に輸出できず、ずっとこっちに来れずにいたルランシア様だった。
はぁ……
本当に、こんな風に絵になって残されるなんて分かってたら、出発の朝に寝坊なんてしなかったし、ましてや制服を間違えちゃったりなんかしなかったよ。
このコーナーに張り出されている私が着ているのはどれもこれも、エスニョーラ騎士団の普通で平凡に地味な騎士服なのだ。
「アルフリード、ごめんね。あなたからもらった大事な騎士服を着ていなくって……」
私は思わず、アルフリードに向かって頭を下げてしまっていた。
「いいよいいよ、そんな細かいこと。だけど、あそこにあるのは、ちゃんと着てるじゃないか」
彼が指を差して、一緒に近づいていったのは、一際大きな額縁に入れられた1枚だった。
そこに描かれていたのは、真っ赤で裾は金色をしている床まで届く分厚いローブに、濃紺の
そしてその皇女様の後ろに描かれているのは……ちゃんと白くて、所々に青磁色のアクセントが施された洗練された騎士服、そして装飾のないシンプルな剣を腰に携えた小柄な女騎士だった。
確かに……これは大満足の絵姿に違いないよ。
そこに切り取られていた場面は、正式な王位継承の儀式において次期女帝が誕生した、まさにその瞬間のものだった。
一通りの順路を終えて美術館から出ると、予約していたランチのお店まで皆して歩いて行くことになった。
家族達が前を行く中、ルランシア様とお母様がペチャクチャと喋っている様子を眺めながら、私とアルフリードはその少し後ろを付いて歩いていた。
秋の涼しくて穏やかな風が吹いている中、私はこの次は何に向かっていけばいいんだろう……
そんな疑問が心に湧き出していた。
救おうとして結局救えなかったアルフリードのための仕込み作業、女騎士として皇女様を守り抜いたこと。
その過程では色んな人との出会いや、まさかお会いする事になるとは思わなかったクロウディア様の出現などなど、様々な出来事があったけど……
もう自分がやろうとしていた事はやり尽くしてしまった感があって、ここ最近はぼんやりとした毎日をなんとなく過ごしていた。
欲を言えば、願っていることが1つだけあるにはあるけど……
それはもう私がどうこうできる事ではないのだ。
ここでこうして彼が隣りで一緒に歩いていてくれる。
それだけでもう何も望むものはないよ……
「エミリア」
呼ばれて声のした方を振り向くと、アルフリードが静かにこちらを見ていた。
「君に伝えたい事と渡したいものがある。明日、ヘイゼル邸に来て欲しいんだ……母上の庭で待ってる」
さっき考えていた事を悟っていたのかは分からないけど、そう告げられたところで、ちょうどランチのお店に到着した皆はゾロゾロと中へ入って行った。
「分かった。明日、あなたのお家に向かうね」
そう返事をかえし、私たちは皆と一緒にその後は帝国の伝統料理を楽しむに至り、アルフリードはお仕事をしに皇城へと向かって行った。
そして翌日。
彼と初めて会った時にもらった部屋着を身につけ、ヘイゼル邸の大舞踏室の向こう側へと私は赴いた。
そこには美しい秘密の花園が広がっていて、その庭の少し外れたヘイゼル邸の敷地が見渡せる石造りのテラスの所に、アルフリードは1人佇んでいた。
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