151.なぜコレがここに?

 私たちの前には最上級の帝国の正装姿をしたジョナスン皇太子様が現れて、塔の方に向かって一歩一歩進み始めた。

 その頭には第1位王位継承者の証である、黄金色をした立派な王冠が被せられていた。


 ナディクス国の関係者さんがいる方からはエルラルゴ王子様が、襟の部分にいつもより複雑な模様が描かれた白い民族衣装を着て、塔の方に歩き始めていた。

 やはり、その頭には植物の葉とツタで出来た冠がはめられていた。


 そしてキャルン国の方からは王子様からの反対を完全に押し切って着用するに至った、シックで豪華に見えるあの前だけ短いドレスを身につけたリリーナ姫が歩みを進めていた。

 やはりその頭には黄金に宝石のついた冠が載せられている。


 3人は塔の前まで来ると、線で区切られている3つの領域にそれぞれ設置されている5段ほどの階段がついた台の上へと登って行った。


 目の前の塔のテッペンには3国の旗が立てられていて、真っ青な青空の中、それらがバタバタとはためいているのが、下にいる私達からも見えていた。


 そんな頭上にある旗に向かって、中央にいる3人は右手をまっすぐに、そして高く掲げたのだ。


「「「私たちはここに宣誓します!」」」


 シーンとした静寂の中、3人のハッキリと揃った声が響き渡った。


「「「今この瞬間より……」」」


 私も含め、息を呑む音があたりから聞こえてきた。



「「「私たちは第1位王位継承者の地位を完全に放棄し、その権利を第2位王位継承者へ引き継ぐことを、ここに誓います!!!」」」



 そう3人が叫んだのも束の間、私たちの前には皇女様が現れて、台の階段を登り始めると、皇太子様がいる上段の1つ手前の段で立ち止まって、そこに跪いた。


 ナディクス国側ではユラリスさんが、そしてキャルン国の方ではエリーナさんが、皇女様と同じポーズを取った。


 王位継承権を完全に放棄すると宣言した3人は、彼らの方に向きを変えると自分たちが頭にしていた冠を手に取って、前に下げられているこうべの上にそれを載せたのだった。



 そう。

 エル様ファンクラブなどの皆が拒んでいた皇女様と王子様がナディクスに行くのを取りやめさせ、帝国にいる状態のまま婚姻という同盟の条件を果たす方法。


 問題の根本には、エルラルゴ王子様がナディクス国の第1位王位継承者だから皇女様と彼は帝国を出なければいけない、という構図があった。


 継承権がある帝国を離れられないのに、キャルン国から阻止されてエリーナ姫を呼び戻せないでいた皇太子様。


 それに、継承権があるのに暗殺の危機やら、自身も毛嫌いしていてキャルン国に戻らないでいたリリーナ姫。


 それらは全部、彼らが第1位王位継承者であることが障害になって起こっていることだった。


 だったら、それを彼らの弟、妹に譲ってしまえばいい。


 そうすれば、王子様は帝国に留まり続け、皇太子様はエリーナ姫の元へ行ける。リリーナ姫はキャルン国へ戻らなくていいし、万事、全て解決してしまうのだ!


「おーほっほっほっ!! これで、あのイモ臭い国とも永久におさらばよ!!!」


 また大砲が降ってくるなんてハプニングも起こらずに、3国の王位継承者が同時に交代するっていう歴史的セレモニーが無事に幕を下ろした後、塔の中にて3国のこれからを祝福する盛大な宴が開かれた。


 リリーナ姫はテンションあげあげで、エルラルゴ王子様が空飛ぶ旅をしている間に舞い降りたとある国で教わったという、ポリネシアンダンスみたいな、腰を激しく揺らすパッションに満ちたダンスで喜びを体全体で表現していた。


「殿下も、エリーナ姫のためにものすごく努力をされて、人前でも声を出す事ができて本当に良かったよ」


 私は皇女様の女騎士としてこの宴に参加させてもらい、今日の主役となった6人がこの場を楽しんでいる姿をアルコールの入ってないリンゴジュースを片手に微笑ましく眺めていた。


 さっきまで公爵様や帝国の重役の方々と難しそうなミーティングをしていたアルフリードが私の方へやってきて、そう呟いた。


 そうだ。

 皇太子様は声が出せなくてピアノで皆さんとコミュニケーションを取っていたのに、あの場ではポータブルなピアノすら持参していなかった。


 久しぶりに再会を果たしたエリーナ姫が姉のはしゃぎように涙を流して笑っている姿を、皇太子様は本当に愛おしそうに微笑んで見つめていた。


 再び、あの宣誓後は言葉を閉ざされてしまったけど、愛の力ってすごいんだな。


「あの大砲を撃ってきた犯人たちだけど、捕らえることができて撃つのに使われた巨大な筒も押収できたし、彼らのアジトも見つかったよ」


 あ! それでさっき偉い人達とミーティングをしていたんだ。


「やっぱり盗まれた黒い鎧の残骸が残されていて、あの大砲の一部にはどうやらその鎧が再加工して使われていたみたいなんだ。3国の結束を弱めるために、ソフィアナ達をまとめて狙える頑丈で威力の高い弾を作るために」


 うっわぁ……そんな使われ方がされてたんだ。武器・防具工房で同じように、その鎧の断片をお豆腐みたいに切った幻の剣を持っていなかったら、今頃は皆この世にいなかったかもしれない……

 考えただけで身震いするけど、犯人たちが捕まって一安心だよ。


「それにしても、ここに来るのも久しぶりだな。あの頃は、まさかこんな事態が起こるなんて夢にも思ってなかったけど」


「あの頃っていうのは……もしかしてあなたの社交デビューした時のこと?」


 アルフリードが12歳の時、王子様達の人質返還式がここで行われた。その時、今回と同じようにこの塔で宴が行われて、それが彼の社交デビューとなった。

 前に話してくれた回想で彼はそう教えてくれたのだ。


「ああ、そうだよ。あれから10年近くも経とうとしてるけど、あの時僕はなんだか不安を感じていたな……」


 彼は話しながら、私と同じようにフロアの中央で踊っている人々の方へ顔を向けていた。


「前の年に母上がいなくなって、それ以前も父上にも僕に対しても冷たい態度を示していた母上を見て……僕は本当に大事な人を見つけられるのか心のどこかで疑問を持っていたんだと思う……」


 こんな話を彼がするのは初めてのことだった。

 私の脳裏には、以前ヘイゼル邸で見たアルフリードの肖像が浮かんできていた。


 自信がなさげで、憂いを帯びた少年らしからぬ11歳頃の彼。

 それが12歳の社交デビュー後には、朗らかで明るい笑みをたたえた別人のような少年の姿をしていたのだ。


 それを変えたのは、エルラルゴ王子様と皇女様だった。

 愛想良くしてた方がアルフリードには似合うって言われたからだ。


 今の彼がそうしないのは、多分そんな事をするのがバカバカしくなってしまったから、なのかもしれない。


 私が……彼の全てを否定して、捨ててしまったから。


 この場でまた、”あなたの笑顔が見たい”ってお願いしたら、王子様達の時みたいに言うことを聞いてくれるのかな……


「あの……」


「もうこれで、満足したかな?」


 彼に向かって話し掛けようとした時、逆に私の言葉は彼の声に遮られてしまった。


「え?」


「ソフィアナの女騎士だけでなく、伝説にまでなったんだ。もうそろそろ、僕の番でもいいよね?」


 彼は穏やかな雰囲気で私の方を見つめていた。


 私はポカンとしながらも、徐々にそれが何を言っているのか理解してきて、胸がバクバクと鳴り出すのを止められなかった。


「これから、ソフィアナの正式な王位継承の儀式に、エルラルゴとの結婚の準備と忙しくなるけど、それが全部落ち着いたら……」


 そこで言葉を止めると、彼は再び他の貴族家の人に呼ばれて向こうへと行ってしまった。


 そんな意味深な会話があったものの、塔の中での宴で彼は特に変わった事をする事もなく、私達は帝国へと帰還することとなった。


 これまで1年以上に渡って帝国に滞在していたリリーナ姫とユラリスさんはナディクス国へ。

 皇太子様とエリーナさんはキャルン国へ。


 彼らとはお別れになってしまったけど、なぜだろう。

 またいつでも会える。

 平和が戻ってくる兆しに、そんな楽観的な気持ちが芽生えていて、不思議と淋しさを感じさせなかった。



 それからすぐに3国に分かれた婚約カップル達は次々に結婚の日取りを発表していって、各国において同盟に反発する勢力は影を潜めていった。


「ぷはーっ、やはりキャルン産は純度が違うな」


 一時は毎日の朝食からなりを潜めていたオーガニック野菜ジュースは、キャルン国からの農作物の輸入制限が解除されたことにより、再び姿を現してお父様は大満足だった。


「これこれ! リカルドがお腹にいた時もお世話になったマタニティケアグッズ!」


「やっぱりお肌の調子が最高だわ〜。配送が2週に1度になったから切れる心配もなくなったし」


 ナディクス国からの美容グッズも流通が復活して、お母様とイリスも大満足の様相を呈していた。


 帝都の街中も、おかしな街頭演説をして扇動してる人々もいなくなって、平和で安全な私がこの世界に来た頃の姿にすっかり様変わりしていた。


 皇太子様がキャルン国の王女様の配偶者への道に転向したことにより、彼の側近だったアルフリードは昔みたいに皇女様の側近となった。


 それはすなわち……将来の女帝ソフィアナ付きの側近になるという事でもある。



 この前言っていたみたいに、色々な準備に忙しく彼が奔走している間、予期せぬこんな出来事が起こった。


「エミリア様! こちらをご存知かしら?」


 私は普通のご令嬢らしく、お友達のご令嬢達とごく普通にお茶をたしなんでいた。


 そんな和やかな雰囲気の中、彼女達からあるものを渡されたのだ。


「今、ちまたでとーーーっても流行ってる小説なんですの! すごく面白いからエミリア様にもぜひ読んで頂きたいんですの」


 皆、口々に美青年の悲恋の物語だというそのロマンス小説をおすすめしてくれるので、私も言われるがままにその表紙を手に取った。


 そして、その題名に目を向けると……


『皇女様の面影を追って』


 ……はぁ?


『作エルラルゴ・ナディクス』


 ……はぁ? はぁ? はぁ??



 いや、これってわたしがここに来る前に読んでた、アルフリードが主人公の小説のタイトルだよね?


 私が半年かけて書いたやつは、王子様が帰還する前に皇女様が厳重に封印したはずなのに……


 それをなんで……なんで彼が、こっちの世界で出版なんかしちゃってる訳!!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る