7.強力な後ろ盾
扉を開けてもすでに廊下には誰の姿もないし、どっちへ行けば、どこに出るのか、それすら分からないので左右をキョロキョロ見渡していると、右の奥の方からザワザワとした数人の話し声が聞こえてきた。
一旦部屋に戻って、さっき座らされた長椅子に腰かけてビクビクしていると、何人かの男性が入ってきた。
ワシのような鋭い目つきをした50歳前後にみえる風格のある男性と、アルフリード、そして……
「お、お父様……」
家では見たことがない、勲章をいくつもつけた立派な正装姿を着こなしていたけれど、その顔には焦りの表情が浮かんでいた。
「エミリアなのか?」
お父様は私を見ると一目散で駆け寄ってきて、きつく抱き締めた。
「どうしてこんな心配させるような事したんだ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
この世界にきてまだ3ヶ月あまりだし、いつも変わった家族だとばかり思っていたけれど……
見知った人の顔を見た安堵感に、涙腺が一気に緩んで涙が溢れてきた。
私がおかしな行動をしたばかりに、迷惑をかけてしまう。もう、申し訳ない気持ちしかない。
お父様は体を離すと、私の目を見ながら両肩を掴んだ。
「いいかい、ヘイゼル公爵閣下と話し合って決めたんだが……お前をアルフリード
ん?
「お父様、今なんて……」
いやいや、待って。
アルフリードが皇女様を差し置いて血迷った事を言っているだけならいざ知らず、両親公認でそんな関係になってしまうの?
それじゃあ、困る……
「お前を閉じ込めていた私も悪かったが、このままでは世間体というものがある。つまり強力な後ろ盾が必要なのだ。これまで我が家門は実力のみで切り抜けてきたが、そうもいかなそうでな……その役をヘイゼル家が申し出てくれた」
ああ……それはそうですよね。
もう何も言えない、そんな権利は私にはない。
今回の件で、周囲からどんな評判と扱いを受けるか分からない。皇帝にも意見が通じる公爵様がバックに付いていれば、下手に手出しされるのも防げるという事だ。
「初めてお目にかかる、エミリア嬢」
ワシみたいな目つきの紳士が近づいてきて、椅子に腰かけたままの私の目線に合わせてひざまずいた。
「公爵当主のリチャード・ヘイゼルだ。まったく、帝国史に残って語り継がれそうな珍事だったな」
白髪がチラホラ混じっているけれど、アルフリードと同じ黒髪で、威厳に満ちた冷たい印象の顔つきだ。
「息子の婚約者選びには苦慮していたがエスニョーラ家なら申し分ない。お互い利害が一致したまでだ、後ろめたく思うことはない。アルフリードも気に入っているようだしな」
話し方は有無を言わさない圧を感じさせるけれど、言っていることは私たちを対等に扱おうとしてくれている。
公爵様がチラリとアルフリードの方を見ると、彼は思い詰めたような表情で公爵様の脇にひざまずいた。
「父上、お願いがあります」
公爵様は彼の腕を掴むと「なんだ?」と言いながら一緒に立ち上がった。
「婚約ではなく、今すぐ彼女と婚姻させてください」
……はぁ?
ものすごく真剣な眼差しで公爵様を見ているけれど、本当にこの人はどうしちゃったの?
あなたはこれから皇女様のことしか考えられなくなる時期がくる。
そのときに他の人と結婚していたら必ず後悔することになるから、そんなこと言わないで!
ううっ
言いたいのに、言えないこのもどかしさ……
「それは無理だ」
鋭い目つきをさらに鋭くして、公爵様が言い切った。
さすが公爵様!ナイスフォローです。
「婚姻するには時間がかかる。まず、今まで公にされてこなかったエミリア嬢が本当にエスニョーラ家の令嬢なのか証明が必要だ。レ……いや侯爵、確かにエミリア嬢の出生届は出しているんだな?」
「ああ、人目に触れないようにしていただけで、書類は問題なく出している。取り寄せるまでに数週間かかるだろう」
「それから、皇帝陛下の許可をいただく。しかし、それより問題なのは……エミリア嬢はいくつなのだ?」
「娘は今、14になる」
私もエミリアの年齢はこの世界にやってきてすぐ、記憶喪失を装っている時に聞き出した。
アルフリードや皇女様に比べて4つほど年下なのだ。
公爵様は、ふぅとため息をついた。
「婚姻ができるのは16からだ。それまでは婚約で我慢しなさい」
「2年も待てません。その間に他の家に横取りされたら? そんなの耐えられません」
アルフリードは眉根を寄せて、なぜか焦ったような口調で公爵様への主張を止めない。
彼の剣幕に私のお父様も若干、引き気味な表情を浮かべ冷や汗を垂らしながら、2人の間に割って入った。
「公爵子息殿、婚約を破棄することは絶対にありえないとエスニョーラの名にかけて誓います。だから落ち着いて……」
もはやこの婚約は、私以外ここにいる全員が望むものとなってしまっている。
公爵家が後ろ盾となってくれる婚姻以外の方法を考えるか、他の後ろ盾を探すかして、なんとか結婚回避しないと……
それに隣国の王子様がなぜ原作には登場しなかったか突き止めるのと、公爵様が亡くなってアルフリードが1人きりでこの屋敷に放置されるのも防がなきゃ。
少しでも彼が闇堕ちする要因を取り除くんだ。
そして、女騎士の座でも何でもいいから最終目的である皇女様を事故死から守らないと……
今後の計画に没頭していると、スッと私の目の前にアルフリードがひざまずいてきた。
そして私の手を取ると、
「僕の愛しいフィアンセ。逃げられないくらい君を虜にしてみせるから。何があっても離さない」
そう言って、私の手の甲に口付けした。
上目遣いでイタズラげに微笑む目元に、心臓がドクンッと跳ね上がった。
どうしよう……顔がどんどん
虜にしてみせるって、あなたが目の前にいるともうそれだけで立てていた計画も何も考えられなくなってしまうんですが……
そんな私を見て、もう一度彼は掴んだ手の甲に唇を落とした。
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