8.スパルタ徹底教育プログラム発動
私の目の前には今、厚さ10cmはあろうかという分厚い本が20冊以上積み重ねられていた。
100家以上はある帝国貴族の情報があますことなく詳細に記されている『貴族家マニュアル』。
エスニョーラ家が代々保有している極秘資料だ。
各家柄の家族構成、代々の人物の特徴、性格、趣味趣向、人間関係、歴史、使用人の数etc。
ヘイゼル公爵家の屋敷からお父様と馬車で自宅に戻った次の日から、私はエスニョーラ式のスパルタ教育を受けることになった。
取り寄せた出生届の控えが送られてくる3週間以内に、この内容を全て覚えるという地獄のプログラムを私は押し付けられていた。
「いいかエミリア、我が帝国の
これくらいは頭にインプットし、いついかなる状況でもすぐに情報を出し入れできなければ、隙を突かれていつ陥れられるか分からない世界に入るということだ」
お兄様は机の前のイスに座らされた私の周りを、学校の先生のようにウロウロしながら講義を始めた。
頭の構造が他とは違う文官一族のエスニョーラ家の人々は本来、幼少の頃からこのマニュアル本を絵本代わりに読んで育つのが普通だった。
しかし、帝国が始まってからの全ての事柄が記されたこのマニュアル本の存在により、貴族世界の闇も謀略も陰惨な人間関係も全てを知ることになったお父様は、生まれてきたとびきり可愛い一人娘をその中に投げ込むことができず、世間から一切遠ざけて育てることを選んだ。
だからエミリアにはこのマニュアル本は必要ないと判断して、今まで触れさせることはしなかった。
ということを昨日の帰りの馬車の中でお父様から聞かされたのだが……
結婚までは2年の猶予があるのに、なんでこんなに急いで覚えさせられようとしているのか?
それは、出生届の控えが到着する3週間後に、ヘイゼル公爵家との婚約披露会が行われることになったからだ。
両家の関係者が招かれるそのパーティーがエミリアこと私の社交界デビューとなる訳だが、それまでにお父様とお兄様は私を徹底的にエスニョーラ家の人間に仕上げることにしたのだ。
それだったら、招待する人達の情報さえ網羅できてればいいと思うんだけど……
「情報の引き出しは多ければ多いほど有利になるんだ。それに、1つの家門の欄に別の家との交流に関する情報がちらっと記載されてる場合がある。披露会でお前に興味津々の貴族達からどんな話を吹っかけられるか分からないからな、意外とそういう豆知識的なのが実践だと役に立つ」
確かに、それは前にいた世界でもよくある事だった気がする。
「どこで何が繋がってるか分からないから、今持ってる情報は全て覚えて理解するんだ」
お兄様は私の方を見ながら、自分のこめかみを指でトントンと叩いた。
「それから、俺は必ず1年に一度は全ての情報を更新し、四半期に一度は今の状況と不一致がないか内容を確認している。最新のデータほど予測、戦略を立てる上でより信頼性が増すからな」
うげっ パソコンがあるならいざ知らず、お兄様このアナログ全開の分厚い本、しかも20冊以上を3ヶ月に一度は自分でチェックしてるの?
原作でのお兄様の描写といえば、
"真面目で物静か、調べ物ばかりしている引きこもり気質……いわく、まさに学者気質全開のキャラ"
(『1.過保護の深窓令嬢はなぜプロポーズされた?』参照)
この作業のせいで、こんなキャラに仕立てられてたんだ。
本当のエミリアならもしかしたらこの内容を3週間で覚えられるのかもしれないけど、どう考えても私には無理……
「このマニュアル本の他にも、教養の勉強もあるから……とりあえず、今日はここまで覚えるんだ。夜には毎日必ずテストするからな」
お兄様は3巻分のマニュアル本を指差した。
はあ!? テスト……?
私、学生時代に戻ったの? 大学受験をまたさせられてるの??
「うちの家の者ならこれくらい朝飯前だな。じゃあ俺は皇城に行ってくるから。頑張るんだぞエミリア」
ニコリと笑って、お兄様は私の頭に軽くキスすると飄々と部屋を出て行った。
恐る恐る、マニュアル本 第1巻の表紙をめくってみると、整然と項目が分かりやすく並んでいて思ったより読みやすかった。
でもこれを暗記するのは正直……自信は無いに等しいけど、まずはどんな事が書いてあるか気になるから、アルフリードの欄から見てみよう。
マニュアルは帝国の配下になった古い家柄順に並んでいたので、初代皇帝がまだ一国の主だった頃から家臣だった公爵家はすぐに見つかった。
それなのに……他の人の情報はちゃんと載ってるのに、アルフリードに関する記述だけがいくらヘイゼル家の欄をみても見つからない。
よく見ると数ページ分がごっそり抜けている……!
一番重要な婚約相手の項目がないってどういうこと??
仕方なく、1ページ目から私は読み込みを開始したけれど、お兄様もお父様も帰ってくるのは夕方だ。
帰ってきたら、どういう事なのか問いただすことにした。
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