6.闇落ちの要因は他にもある

 もう無理です。処理能力が追いつけません。


 皇女様と隣国の王子様を間違えたショックに加えて、美青年からの生まれて初めて受ける口説き文句に、至近距離からのスキンシップ。


 首と肩の間にもたれかかったアルフリードの額から彼の頭の重みを感じながら、私の全身から力が抜けていった。


「ひとまず、うちの屋敷へ行こう。いいね?」


 耳の奥の方でアルフリードの声がかすかに聞こえる。なんと言ってるかよく分からないけど、うんうん、と頭を上下に揺らしておいた。



 気づくと、歓迎式の会場から連れて行かれた時のように私の体は抱えられて、どこかに向かって運ばれていた。


 ロウソクが所々に灯された、ゴシックな雰囲気の天井と柱が見える廊下を通り、これまた年季の込んだアンティーク調の家具や内装で固められた部屋に入ると、置いてある長椅子に座らされた。


 ふっと離れていく人影が近くの執事らしき初老の男性に何か告げると、メイド姿の女性がすぐに何かを持ってやってきた。


 まだ頭が朦朧もうろうとするし、体を動かす気にもなれないけど、あの背の高い黒い短髪の男性はアルフリード?

 周りの人々が慣れた様子で彼に従って動いているのを見ると、ここは彼の家……?


 メイドの女性がこちらの方にやってくると、手にしているのがキレイに畳まれたエレガントなレースの施された薄いピンク色の部屋着だと分かった。


 これに着替えて、という事なんだ。

 今となっては恥ずかしさと後悔の象徴でしかない、エスニョーラ家の騎士服。


 ルックスも地位も完璧で何もかも持っているのに、さらに気遣いまでできるなんて。

 思わず胸がジーンとする。


 けど……ここで、素直に彼の好意を受け取ってしまったらどうなるか考えて、エミリア。


 今から3年後の設定ではあるけど、原作でも一目惚れされた令嬢は何人もいた。

 彼のアプローチに落ちても、結局のところ皇女様の面影に捨てられ傷つき、精神をズタボロにされるのだ。


 今はまだ皇女様が特別な存在だと彼が気づいていなくても、それが分かった時、そばにいる女性は同じ目にあうはずだ。


 さっき私に惹きつけられたと言っていたのも、大勢の前で騎士の格好をして目立つような事をするタイプは初めてだったから、ちょっと興味を持っただけ。


 結婚しようなんて言葉も、口先だけなら誰でも言えるのだから……


 絶っっっ対に真に受けてはいけない!!


「お心遣いありがとうございます。でも、私はこのままで大丈夫ですので……」


 椅子に座って俯いたまま、極力、事務的に簡素によそよそしく、聞こえるように口にした。


 けれどもそんな意図も虚しく、私の断りは完全にスルーされ、彼はメイドに指示を出すとどこかへ行ってしまった。



「失礼いたします」


 そう言って騎士服を手際よくサッサッと脱がしているこのメイドの女性も、さっきアルフリードのそばにいた執事も、表情が乏しくて必要な事以外は何も口にしないし、とっても話しかけづらい雰囲気を醸し出している。


 エスニョーラ家だったらニコニコしながら二言三言、会話を交わしながら使用人達は用をこなしてくれるだろう。


 それにこの部屋もさっき通ってきた廊下も、もし一人きりでいたらゾクっと寒気がしてきそうな、古くて重たい空気感が漂っている。

 ディ○ニーのホー○テッドマンションみたいな感じだ。


 ここがアルフリードの屋敷だとしたら、原作が始まる3年後に彼は一人きりでここに住んでいる事になる。

 皇女様が事故にあう何ヶ月か前に父が亡くなり公爵を継いだからだ。


 身近にいた人が短期間で何人もいなくなった上、こんなお化け屋敷みたいな家で、感情の見えない人形みたいな使用人たちと一緒にいたら……


 精神を病んでもおかしくないかも。



 何か、アルフリードが闇落ちしたのは、皇女様が亡くなった事だけじゃなく、他にも色々な要因があるように思えてきた。


 哀愁漂う憂いを帯びた印象が特徴的とされていた原作とは違って、今の彼は爽やかで清々しさしか感じられない。

 このままの彼でいられるなら、その1つ1つの要因を取り除いてあげたいくらいだ。


 皇女様の婚約者・エルラルゴの存在もしっくりこないし。

 恋敵がいたら、もっと早くに自分の気持ちに気がついてそうだけど……


 エルラルゴも途中で何かが起こって婚約者の地位を失い、皇女様やアルフリードとは関わらなくなって原作には登場しなかったのか。

 はたまた最悪の場合、命を落としてしまった……?



「坊っちゃまを呼んで参りますので、お待ちください」


 気付くと着替えは終わっていた。

 ほのかに服から花の香水のいい匂いがする。


 メイドは私から脱がせた騎士服一式とブーツを持って部屋を出て行こうとした。


 ちょ、ちょっと待って……

 この幽霊が出そうな部屋に1人きりで置いていかないでーー!!


 音もなく部屋を出て扉を閉めていったメイドを私は慌てて追いかけた。

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