第5話 踊るカミヒコウキ
「……ただいま隣の駅で……」
車内アナウンスが流れる。一向に発車メロディが流れないなと思っていたころであった。他の乗客もそう思っていたのであろうか。車内アナウンスが口火を切る形となり、乗客達からは絵も知れぬ苛立ちが溢れだしていた。
土曜日の昼間。さほど混んではいない車内で、ひかりは座席に座りこれからの予定を考えていた。考えたが、何も答えが浮かばない。そもそも予定など何も無かった。梅雨入りしたと思っていたら、もう梅雨明け。傘をさすことなく出かける休日も久々だなと、当てもなくフラフラと出かけていた。
通勤で使う電車ではあるが、普段は降りない駅。小さな商店街があるくらいの、小さな駅。隣の駅では急病人が出たようで、救護活動に時間を要しているみたいだ。あと数分で発車するであろう。このまま空調の効いた車内で待とうとも思ったが、ひかりは意思に反して立ち上がっていた。
――たまには違うことをしてみよう。
このままいつもの駅ビルで買物をするのも悪くはないが、今日は何か新しい何かを探してみよう。ひかりをそう思わせる何かが、この場所にはある気がした。ひかりは立ち上がると改札へ向かった。
改札を抜けると目の前には商店街の入口が、ひかりを出迎えてくれた。200m程のアーケード。珍しいなと思いながらゆっくりと歩き出す。本屋に和菓子屋、喫茶店など、色々な店に笑顔が並んでいる。整然と並ぶと言うよりは、どこか不規則。ひかりにとって、それはどこか懐かしく心地の良いものであった。
歩いていると、胃袋を誘惑する甘く香ばしい風がひかりに流れ込んできた。惣菜屋のコロッケ。昼食もまだだったこともあり、ひかりは風上に吸い込まれていた。
「いらっしゃい! このコロッケは揚げたてだよ! いつも夕方には売り切れる、うちの看板商品だよ!」
「そうなんですか……」
無意識に入ってしまったことに後悔したが、お店のおばちゃんが話しかけてくる質量と速さが後悔を消し去っていく。この場で食べられればいいんだけどなと悩んでいると、おばちゃんが声をかけてきた。
「隣の喫茶店で食べられるよ! うちのコロッケを使ったコロッケパンがあるからね! まぁ、それ以外はいまいちだよ、隣もうちもね。あはははっ」
「そうなんですね。いい匂いだったんで、食べ歩きも考えたけど……恥ずかしいかなって。あははは」
見破られた恥ずかしさもあるが、おばちゃんの気さくさと独特の宣伝に、ひかりは思わず笑っていた。お礼をしたあと、ひかりは隣の喫茶店に入ることにした。商店街ならではの温もりに自然と頬が緩む。
「いらっしゃい。空いてる席にどうぞ」
カウンターから初老の男性が声をかけてくる。店長だろうか。店はカウンター席5席と、テーブル3席。広すぎず狭すぎず、心地よい空間が広がっている。ひかりは奥のテーブル席に座った。
「注文が決まったら声をかけてください。こちらがメニューです。今ならランチセットのコロッケパンがオススメですよ」
「そのコロッケパンセットと、飲み物はアイスコーヒーでお願いします」
「お姉さん、決断が早いね!」
何故か嬉しそうな店長の後ろ姿を目で追っていた。カウンターに入ると、ドアを開けて誰かと話している。その相手がカウンターにコロッケを運んで来たとき、『おばちゃん!』と叫びそうになった。お店が繋がっているのだろうか。ひかりに気が付いたのか、おばちゃんが声をかけてきた。
「食べに来てくれたんだね! ありがとうね! こっちは主人の店なのよ! 初めてくるとみんな驚くわよね! あはははっ」
おばちゃんは豪快に笑いながら、自分の守備位置に帰っていった。別々の店だけど、夫婦二人で力を合わせる。これも商店街ならではの光景なのだろうかと、思いながらも、ひかりは微笑まずにはいられなかった。そして、美味しいコロッケパンに薫りの良いアイスコーヒーを堪能しひかりは店をあとにした。
商店街を進んでいると、ひかりは足を止めて魅入ってしまった。ひかりの目の前にあるのは花屋。ただ花が並べられているというよりは、どんな魅力があるのか伝えようとしている。飾り方の提案、インテリアとのコーディネート。特徴や花言葉などの情報が添えられたポップが、さりげ無い優しさを感じさせる。ポップは独特で紙飛行機が使われていた。そして何よりポップに書かれた文字がかわいい。どんな人が書くのか、ひかりは気になってしまった。少なくとも花が好きで、花に好かれている。そんな気がしてならない。
「いらっしゃいませ」
店の奥から男性の声がする。どこかで会った気もしなくはない。気のせいだろうが。
――それでも
紙飛行機は乱気流に突入した。
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