第4話 読むカミヒコウキ

「ただいま、電話に出ることができません……」


 誰もが一度は聞きいたことがある、澄んだ声ではないだろうか。美咲は、この声の持ち主と古くからの友人ではないかと思えてしまう。それほど慣れ親しんだ声だ。どれ位かというと、電話をかければ八割方は彼女の声に繋がる。いっそのこと直接会って、電話が繋がりにくい運命について人生相談したい位だ。


 美咲は、またかと思いながらスマホの画面を見つめていた。メールやSNSで連絡するのが妥当なのかもしれないが、ついつい電話をかけてしまう。文字でのやり取りは、まどろっこしくて好きではない。何度もやり取りしなければいけないし、終り時が分からずダラダラと続くのが苦手なのかもしれないと、自己分析している。


 友人の結婚式に呼ばれた。高校の部活仲間だ。流れを止めない時間の中で、自分達だけは大人にならないのではないかと思うくらい、止まった時計の中で生活していた。毎日が楽しく、時には喧嘩もあったけど濃密な時間を過ごしていた。悲しいけれど当たり前で、大人にならないことは無い。卒業してからは会う時間も減り、メールでのやり取りが増えていった。寂しいけれど仕方がない。


 結婚式での余興を頼まれた。友人達との約束。『互いの結婚式で余興をやる』という約束。すっかり忘れていたが、頼まれて悪い気がしない。繋がりもそうだが、あの頃の自分に戻れる気がしていた。


 久々に声を聞きたいな。美咲はそう思い電話をしていたが、耳に入ってきたのは友人と思えてしまう自動音声であったのだ。余興の練習とかの相談は今度でいいかな。美咲は電話を諦めた。


 同じ大学に進学したこともあり、その友人とは付き合いが一番長い。美咲は涙腺が弱い。自他共に認める事実だ。友人はそれを楽しむかのように、泣ける映画に誘ってきた。泣くまいと挑んでも、エンドロールは滲んで見えないことがほとんどだ。


 読書をしていても同じことが起きる。周囲の目を気にしなくていい分、気が楽だ。感情を開放できる紙の世界。色々な世界に運んでくれる飛行機。美咲にとって本とは特別な存在であった。


 市役所に勤めることとなり、最初は市民課に配属された。二年ほどしたころ、教育部に異動となり図書館での勤務となった。図書館司書の資格を取得していたことが繋がったのかもしれない。


 今の職場になり、美咲は幸せであった。特別な本に囲まれている。そして、様々な出会いが美咲には増えた。本との出会いだけではなく、人との出会い。貸出しと返却の中での、ちょっとしたやりとり。


「このお勧めの本、面白かったです!」


 図書館の一画に美咲が作成したコーナー。小学生が本と触れ合うきっかけになればと立案した。夏休みの読書感想文にと探しに来たのだろう。返却のときに満面の笑みでもらったお礼が堪らなく嬉しかった。危うく涙を流しかけた。


 返却された本で思い出すこともある。挟まれたままのしおり。流石に読書途中ではないとおもうが、忘れてしまうのだろう。中には手製のしおりもあった。


 ――紙飛行機


 しおりではないかもしれないが。紙飛行機を見てみると、詩の様な文が書かれていた。


『君が輝く道は、君が最も、見て、触れて来たモノの中』


 そして、最後はこう綴られていた。


『この言葉を、あなたに。あなたの役にたてたならば、この紙飛行機を飛ばしてください』 


 美咲は、この詩に目を奪われた。目だけでなく、心も。本に触れ、本を通して人と関わる仕事。美咲はいま、一番輝ける道を歩いているのかもしれないと感じた。


 もっと頑張ろう。もっと楽しもう。美咲は紙飛行機に元気をもらえた気分だった。


「元気をありがとう」


 美咲は静かに呟いていた。そして次の誰かに届けたいと思い、近くに返却され置いていた本にそっと挟んでいた。


 紙飛行機は、離陸準備に移った。

 


 

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