第36話 もういい

「……作戦計画しゅうりょ~」

そう嬉しそうに言いながら伸びをする私に、藍さんは微笑ましそうにニコリとほほ笑んだ。

誰かがしゃべっていなければ無音に等しいこの部屋。

私の嬉しそうに叫ぶ声も、廊下には多分聞こえていない。

聞こえていたならこれは私が藍さんを巻き込んでしまうことになるから大変だ。


「明日……ですよね。……な、なんか緊張してきました……」

私はそう小さな声で藍さんに言うと自分の手で両肩を抱く。

大まかにいえばこれは泥棒みたいなもの……だよね?

「明日です。明日になって「いやだ」とか弱音はかないでくださいね?」

藍さんは私の顔を覗き込みながらそう言ってくすくすと笑う。

「わかってますよ……。ただ……ちょっと緊張してきちゃったから……」

そう言いながらうつむく私に、再び藍さんは笑いながらこういう。

「その気持ち……わからなくもないです」

「やっぱり思ってるじゃないですか……。同じですよ、同じ~」

私は嫌味を言うようにいたずらっぽく言って見せる。

「……はい。そうですね」

藍さんは優しく微笑むと、「失礼しますね、じゃあ明日」と一言いい残すと私の部屋を出て行った。


まだ少し紗矢がいた時のテンションを引きずってしまっている私がいる。

藍さんにはあんな態度取ってられないよ……。

一応年上ではあるんだから……。敬語はさすがに外れることないと思うけどさ……。ここはいつもの日常じゃないんだから! 切り替え切り替え!

私は自分の頬を両手でたたく。

普段はこんなことしないのだけれど……やってみると案外痛い。

まぁ……よく漫画でやってるイメージがあるからやってみただけ。……前もやったっけ? もう忘れた。


……あ、なんでこんなこと考えてるの私……。お母さんが死んじゃったのにこんなポジティブにいてもいいの?……全然何も思ってないんだ、ってお母さんが悲しんじゃうじゃない……。

私は一人お母さんのことを考えて落ち込んだ。

……本当にお母さんは、もういないの。現実を受け入れないといけない。だから…これを忘れちゃダメなんだ、ってずっと思っておこう。



「はぁぁぁぁぁ……」

私は今までにないくらいの深いため息をつく。

……何しよう。カガミ様……呼んでみる? いやいや……そんなの……私の精神が持たない。やめとこう。自分でできる……最低限のことを……あ、おばあちゃんに話でも聞こう。いつかにカガミ様のこと言ってた気がするから……。

そして私は座っていたベットから勢いよく立ち上がり歩いて部屋を出る。

相変わらず廊下はシンとしていて何の音もしない。

……ちょっと寂しい気もするけど……、それは置いといておばあちゃんの部屋まで行こう。


「……おばあちゃ~ん……」

私はそう猫を呼ぶようにつぶやきながらおばあちゃんの部屋の扉をゆっくりと開く。

部屋はやはり私の部屋よりも圧倒的に広く大きなベットが置かれているが、それでも走り回れそうなくらい広い部屋だ。

そこで私の部屋は本当に狭い方なのだと実感する。

部屋にはおばあちゃんは椅子に座って窓の方を眺めており、なんだか絵になりそうな光景だ。そして私に気づいたおばあちゃんがゆっくりと振り返って「おや、麻実ちゃん。どうしたんだい?」と部屋に感心している私に問いかける。

「……あぁ。……あの……さ。……火神家の神様。それのこと、ちょっと聞きたくなったの。なんかすごい神様なんだなぁ……って」

私は淡々と嘘のことを並べる。それを聞いたおばあちゃんはニコリとほほ笑むと、少し顔を明るくした。

「カガミ様のことを知りたいのかい?……おやおや、麻実ちゃん面白い子だねぇ。若い子はみんな気味悪がってにげていっちゃうのに」

興味津々なふりをしている私におばあちゃんは「ふふふ」と笑いながら椅子をこちらに向け手招きをする。

心なしかおばあちゃんは少し嬉しそうだった。

……カガミ様のことを慕っているのはおかあさんもおばあちゃんも同じみたいだった。

「……でさ、そのカガミ様……ってどんな人なの?」

「カガミ様はねぇ、本当に優しいお方なんだよ。……なんでも願いをかなえてくれて、何でも教えてくれて……本当に神様の鏡のような存在だったねぇ……」

おばあちゃんは昔懐かしむように斜め上をじぃ~っと見つめてそう言った。

「優しかったの……?」

やっぱり、おばあちゃんもまた、お母さんと同じことを言う。

2人の前に現れるのは、いつも優しい方のカガミ様ばかり。

……なぜ私だけあの神様にあってしまうのかは、まったくわからない。どっちかといえば私も二人があった方のカガミ様に会いたいのだけれど。

「……あぁ優しかったさ。麻実ちゃんも一度会ってみるといいよ。前にも言ったかもしれないけど……カガミ様は自分を信じる者の前に必ず現れるよ。……冗談に聞こえるかもしれないが……まぁやってみるといい。……きっと願いをかなえてくれる」

「そう……なんだ」

私はあいまいにうなずくと質問を続ける。

「……もう一人のカガミ様がいる……っていうことはないの? 神様ならありそうだな……って思ったんだけど」

「もう一人のカガミ様がいる……?……なんで……そう思ったんだい?」

おばあちゃんの顔色が、明らかに変わる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る