第25話 平和
「……あ、でさでさ。あたしお菓子作ったから食べてよ」
紗矢がふと思い立ったように私に言った。
「お菓子作ったの? 紗矢が? へぇ、珍しいじゃん。すごいね」
私は紗矢が珍しいことをやっているのに思わず感嘆の声を上げた。
普段紗矢はこういうことしないし、やるとしたらすごく珍しいことだ。
でも紗矢は私がこんなことを言ってしまったのを不満に思っているのか、こちらを見つめながら怪訝そうな表情を浮かべていた。
……我ながら悪いことをしたとは思っているけど、思わず口から出てしまったのだからしょうがない。正直な気持ちを口にするのも時には大事なこと。甘やかすな、って子供のころによく言われたはずだよ。
「……ごめんごめん。……楽しみに待ってるからとって来て」
私は紗矢をせかすようにそう言うと紗矢は無言で部屋を立ち去った。
……少し根に持ってしまうかもしれない。
それにしても紗矢のお菓子って言うのは手抜きなのか凝ったやつなのか気になるところだよね。めんどくさがり屋の紗矢なら手抜きっぽいけど今回なんだかやる気ありそうだったから凝ってるやつだと私は予想する。
たまにやる気になるからね紗矢は。ほんとに気まぐれ。
そして私は暇になり風でひらひらと揺れているカーテンに目を止め、特に意味もなくじーっと眺める。
この世界がずっと続いたのならどんなにいいか……。紗矢と楽しく笑って遊んで、カガミ様のことなんてこの世には存在しなくて、そしたら私はずっと幸せに暮らせることができたんだろう。
今はカガミ様のせいで、夢か現実かもわからないようなおかしな世界で殺人を見せられ怪異を見せられ、もう私の精神はボロボロだ。
だから私が次、起きた世界ではカガミ様なんていなくてこれまでのことが本当に夢じだったんだ……っていう奇跡が起こってくれればいいのに。
でもその奇跡が起こらない限り、私は必ずカガミ様を追いかけてみんなと同じ目に合わせてやるんだ。バラバラに切り裂いてえぐって、……みんなが幸せでいられるための未来を創るために。……私はどんなことだって……。
そんなふうに私が考えこんでいると、いつの間にか紗矢が部屋のドアを開けようとする音が聞こえていた。
そして紗矢が部屋のドアを開けると、きれいに盛られたマカロンがテーブルにゆっくりと置かれた。
「……なんかぼーっとしてるけどどしたの?」
「ううん。考え事だよただの。……ていうか、マカロン作ったんだ。すごいね……難しいのに。紗矢にしてはよくできてる。」
マカロンといえば、お菓子の中でもけっこう作るのが難しいお菓子だ。
私も初めて作ったとき結構苦戦したっけ。今思うと懐かしい。
「……紗矢にしては……って。私だってこれくらいできるよ。……甘く見ないでよね~」
紗矢が不満げにこちらを見ながら言った。
「ごめん」
私は苦笑いを返しながら素直に謝った。
紗矢も本気を出せば何でもできるんだけどね。普段からやる気を出そうとしないからこれを知ってる人は少ないと思う。親友だから知ってる秘密情報……みたいな。男子がきいたらうらやましがるよね~秘密なんて。
そう考えるとちょっと特別な気分……。
「……まぁいいよ。……さ、食べな食べな」
少しあきれたような表情を浮かべた紗矢はせかすようにマカロンの入ったかごを私のもとに置いた。
私は「いただきます」と小さくつぶやきピンク色をしたマカロンを一つ手に取ってゆっくりと口へ運ぶ。
……味は多分ラズベリー。お店で売ってるみたいな触感と味だ。
紗矢のお菓子は何度か食べたことはあるけど今日のは特別おいしかった。紗矢のやる気が感じられて微笑ましい。なんだか母親にでもなった気分だ。
酸味と甘みのあるラズベリーのマカロンってなんでこんなにもおいしいんだろう。
「……おいしい」
思わず口からこぼれ出てしまった私の言葉は紗矢を満面の笑みへと変えていた。
そして何とも言えないどや顔。
……まぁでもうれしがってるからいっか。
「ねぇねぇ、もっとたべなよ~」
紗矢はせかすようにそう言った。
私は紗矢の言う通りもう一つのマカロンに手を伸ばした。
「……ごちそうさま」
私はその場で手を合わせ、そうつぶやく。
紗矢が何回も「もっと食べなよ」っていうから素直に手を付けてしまった。おいしかったけど……。
……こうやって太っていくんだよね。悲しい。
これだからお人好しは……ってなっちゃう。
「……よく食べてくれたね~。私は嬉しいよ。うんうん」
紗矢は深くうなずく。その顔は今までにないくらい満足げだった。
「おいしかったよ。なんで作ろうと思ったの?」
私はふと思いついて聞いてみる。
「……えぇ~。なんか作りたいなって……。急に思っちゃったのよ」
……まぁそんなことだろうとは思ったけど……。
紗矢はやっぱり気まぐれな性格なんだなぁって改めて思った。
「……そうなんだ。私もお礼になんか作るよ、今度」
「え、いいの……⁉」
紗矢は子供のように目を輝かせた。
やっぱりこういうところ無邪気……。
「うん、いいよ。お礼だから。……なんか作ってほしいものは?」
「……ん~とね……」
紗矢が手を顎に当てて悩みだす。
「……じゃあ、ガトーショコラで!」
紗矢は当分悩んだ末、思いついたように大きな声でそう言った。
「……オッケー。了解」
私は紗矢からの注文を頭に入れて返事を返した。
ガトーショコラくらいなら簡単だしすぐに渡せるだろう。
「ありがと~」
「うん」
私は返事をすると、再び紗矢との談笑を楽しんだ。
……平和だなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます