第35話 三業
神祇伯の言葉は、この界に於いての不平等さと、欲界と言われる事の理由を説いているようだった。
次は……陰陽師の排除。
その言葉に衝撃を受ける僕は、住職と神祇伯へと目線を向けているだけだった。
住職は知っていたのか、気づいていた事だったのか、顔色一つ変わる事はなかった。
神祇伯をじっと見つめる住職のその目は、盾とする嘘偽りがあるならば、その盾を真っ直ぐに突き抜け、真意に目を向けているようだった。
言葉の間があく中、神祇伯は目を伏せ、考えているようだった。ゆっくり目を開けると同時に、答えが決まったのだろう、スッと檜扇を住職へと向けた。
神祇伯の動きに僕は警戒を示し、怖さもあって蓮の腕を掴んだが、蓮は心配ないと言うように静かに手を重ねた。
よく見れば、神祇伯が檜扇を向けているのは、住職が手にしている魂だと気づいた。
不満そうな表情で、ちらりと横目に蓮を見る神祇伯に、蓮はクスリと静かに笑みを漏らし、惚けるようにも小首を
蓮が口にした事が、現実の事象に影響している事に気づかずにいられないからだろう。
「……本当に……策士ですね」
蓮の仕草を見ていた高宮は、そう言って小さく息を漏らした。
「癖が強い程、分かり易いってもんだろ? 回向でよく分かったからな」
蓮は、そう答えてニヤリと笑い、高宮は、呆れたようにも息をつく。
「そう考えると……総代とは真逆ですよね……紫条さんは……」
「それはどういう意味だ?」
顔を引き攣らせる蓮。高宮は、じっと蓮を見て口を開く。
「性格……歪んでるって言われませんか?」
「……高宮……お前な……そういう事を真顔で言うな」
蓮は、そう答えて苦笑した。
「まあ……そうは言っても、総代にしてもこのように事が運ぶ事は、知っての事でしょうけどね……総代も策を講じているのは分かっていますが……」
「住職と同じだよ……御役御免でも恨み言などない」
「ただ……自身の決めた道を進むだけ……ですか」
「……そうだな。住職は……その考えに従うと言っていた。……こういう事だったんだな」
蓮の言う通り、住職は確かに言っていた。
『総代のお立場上、口に出来ない事も多いとは存じます。出来る限りの力添えはしたいと思っていますが、総代のお考えがあっての事……私どもはそのお考えに従いましょう』
住職は手にした魂を、まだ姿は見えないが、羽矢さんの方へと手渡すように動かした。
ふわりふわりと漂う魂は、羽矢さんの元へと向かったのだろう、見えなくなったが、それは一瞬の事であり、光がまた放たれると、羽矢さんと回向の姿を隠していた、霧のように舞ったままの土埃が吹き飛んだ。
……開扉。
その言葉が頭の中で弾けた。
そう頭に浮かんだのも、土埃が吹き飛ぶ時には、神祇伯の持つ檜扇が大きく振られていたからだった。
羽矢さんと回向の姿が露わになる。
羽矢さんは、風が吹き抜けると、ゆっくりと目を開けた。その手には、住職から渡された魂が淡い光を放っていた。
視覚が戻ったのかは僕には分からないが、羽矢さんの目は、神祇伯を真っ直ぐに捉えるように向けられていた。
羽矢さんは、真剣な表情で口を開いた。
はっきりとした口調で流れる言葉。凛とした佇まいが、住職から聞いた言葉を思い起こさせた。
羽矢さんを見る住職の表情は、穏やかな笑みを浮かべていて、その時の羽矢さんの姿を重ねていた事だろう。
「界一切の諸仏に
『俺は、一つの道を進んできた。それが間違いであるのなら、下界に戻る理由はない』
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