第33話 現観

「依。離れるぞ」

「あ……はい。ですが……人形に点いた火が周りを囲んでいますが……抜けられるのですか……?」

「問題ない。あの火はな……あ、いや。ここは住職に委ねよう」

 蓮は、周囲を囲んでいる、火が点いたままの人形を擦り抜ける。

 これだけの数の人形、それに火が点いているというのに、擦り抜けるのに造作ないなんて……燃え移る事もなく、まるで、人形が道を開けるようだった。

「依」

 蓮が手を差し伸べ、僕はその手を掴む。

 僕は、人形を見ながらも、蓮と共にその場を離れ、住職の近くへと向かった。

 住職は、僕たちの顔を見ると、言葉の代わりにゆっくりと瞬きをした。

 蓮は、住職の瞬きに、頭を下げて答えた。



「瑜伽……私が開扉しても構わないかな……? 勿論、その為であるのなら、調伏も厭わないつもりだが」

 ……調伏……住職が……?

 住職のその言葉に、蓮がクスリと笑みを漏らした。

「蓮……?」

 蓮を振り向く僕。住職の方に目線を向けている蓮は、笑みを浮かべたままだった。



 住職の言葉に、神祇伯は笑って返す。

「調伏とは、奎迦けいか住職の口からそのような言葉が聞けるとは、思いもよらなかったな」

「私が……ではなく、護法の方を言っているのだが。如何だろうか」

「……」

 住職の意味を含めた言葉に、神祇伯は眉を顰めた。

「……開扉せざるを得ないという事か、奎迦」



 燃える人形を間にして、住職と神祇伯の会話の様子を見つめながら、蓮は笑みを見せていた。

 そんな蓮に目線を向ける高宮は、蓮に近づくとこう言った。


「……策士ですね。いつ、そのような策を立てたのですか」

「何の事だ?」

「惚けないで下さい。全ての寺院、神社に立ち入る事が出来る総代なら分かりますが、奎迦住職が現れるなど……ありえませんよ……」

「そうか? 住職じゃなければ、この先は続かず、止まるぞ」

「止まる……? どういう事ですか」

 蓮の言葉に高宮は、眉を顰めた。

「聞いてなかったのかよ、回向の言葉」

「何を言っているんですか、聞いていたに決まっているでしょう」

「だから住職じゃなければ開扉出来ねえんだよ」

「彼らの姿を隠したのは紫条さんでしょう。ならば、開扉も出来るのではないのですか?」

「火、点けちまったじゃねえか、あの神祇伯が」

「点けさせた、の間違いでしょう。その為に人形を使ったのでは?」

 高宮の目線が、蓮の真意を探っている。

「なんだ、分かってたのか」

「紫条さん」

 高宮は、答えを急かすように蓮を呼んだ。

 蓮は、住職へと目線を向けながら、静かな口調で答える。


「『我が器を処とし、境界を定める』……回向はそこに『界』を説いた」

 そうだ……蓮が口にした言葉に、回向が『界を説く』と言葉を重ねたんだ。

「その存在がそこにある事を示したんだよ。そもそも……先手を打ったのはこっちだ」

「紫条さん……もしかして……あの時、聞こえた釘を打ち込む音は……」

「ああ、羽矢が仕掛けたんだよ。怨念が動くってな。そもそも人形には呪いが込めてあるんだ。呪殺って訳なんだから、魂込めんだろ。人形って依代だからな。宿ってるって訳だ。連携取らなくてどうするよ? 羽矢の父親、奎迦住職は……」


 住職の腕が大きく振られ、法衣の袖がバサリと音を立てた。

 袖を煽るように振られた腕。翻る衣が風を起こす。

 火の点いた人形が、風に絡め捕えられて、住職の手元へと一つに纏まった。


 蓮は、ニヤリと笑みを浮かべて、言葉を続けた。

 僕は、蓮の言った言葉に、羽矢さんが言った言葉を重ねていた。

『依代となる神体を『お前立ち』とするならば、見えない姿の中にある、見えない姿の『身代わり』に出来るという事なのかな……?』

『そちらが秘めると言うのなら、こちらは全てを開示する』


「『死神』だぞ。それも……この『界』きってのな」


 ……黒衣を纏った『死神』は、魂を手に笑みを浮かべていた。

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