第32話 瑜伽
蓮の言葉を追って、回向の声が背後から流れた。
「
その言葉を聞く神祇伯は、蓮に向けていた檜扇を下ろし、静かに笑みを漏らした。
「……私に……明かせるのかと問うのか。その……隠された意図を」
蓮は、挑戦的な目線を向けて言う。
「ああ。明かせるものならな」
神祇伯は、まだ羽矢さんと回向の姿を隠している、霧のように舞い上がった土埃へと目線を向けた。
「……そこに隠された姿の中にあるのが『
聖意……仏の意図を示すその言葉に、蓮が二人を隠した意味が理解出来た。
蓮と神祇伯が真っ直ぐに互いの目線を捉える中、参道からこちらへと向かって来る足音が聞こえる。
……誰だろう……当主様……?
僕たちの視線が、足音へと向いた。
灯籠の明かりに照らされる姿に、高宮は道を開けるように一歩引くと頭を下げた。
……当主様じゃない。
ゆっくりと、一歩一歩を踏み締める足音。
その様子から落ち着いた雰囲気を感じ取れた。
足を止めると、拝殿へと向かって頭を下げ、僕たちへと目線を向けるとまた頭を下げた。
僕と蓮も、挨拶を交わすように頭を下げたが、神祇伯は、怪訝に表情を歪めた。
法衣に身を包んだその姿は、穏やかな表情で蓮の後方へと目線を向けながら口を開いた。
「……絶対なる秘仏であれば、住職であろうともその姿を拝む事は叶わない。それでも、その姿がそこにあると言えるのは、仏との合一をはかる事で成せるもの……貴殿ならば深く理解出来ているはずでは……? 水景
……水景 瑜伽。それが回向の父親……神祇伯の名……。
回向といい、この神祇伯といい……この名はあまりにも深い……。
そして、この状況を抑えるというより、時をゆっくりと流れさせるような雰囲気を漂わせたのは。
「ふふ……子息の身を案じてか。こうした場で対面するとは……まあ、それも当然と言えようか」
「案じるなど、羽矢には無用の事」
そう……羽矢さんの父親である、住職だった。
「我が息子には、法を守護する化身を与えている」
「では、何をしに来たという?」
「その法を説きに」
「ふふ……まさか、私にとは言わないだろうな?」
「まさか……」
住職は、静かに笑みを漏らすと、姿を隠されたままの羽矢さんと、目線を合わせるように目を向けた。
だけど……視覚を閉ざされた羽矢さんは、住職と目線を合わせられないのでは……。
そう不安に思ったが、クスリと笑う羽矢さんの声が返ってくる。
「……羽矢」
住職の呼び声に、羽矢さんが言葉を返す。
「
「……羽矢……お前……」
「羽矢さん……」
「うん? なに、蓮、依?」
僕と蓮は、顔を見合わせると、住職の表情を窺う。
住職には羽矢さんの姿が見えているのだろう。羽矢さんの方に目を向けていたが、その表情は穏やかだった。
……だが。
「羽矢」
穏やかながらも強い口調で羽矢さんの名を口にする住職に、羽矢さんは、まずいといった様子で、あっと小さく声を漏らした。
蓮は、呆れたように息をつくと羽矢さんに言う。
「……だから普段から気をつけろと言っているんだ、馬鹿羽矢」
「本人の前では言わないと……言っていましたよね……これって……まずいのでは……」
僕は、そう言って苦笑した。
「出るにも出られねえな、これでは。隠して正解だったのは、住職の方になっちまったじゃねえかよ。ホント、馬鹿」
蓮の長い溜息が流れた。
住職は、ゆっくりと神祇伯を振り向くと言った。
その言葉を聞く僕と蓮は、同時に長い溜息をついた。
「俺……もう知らねえ」
蓮は、お手上げだと、その場から離れた。
「瑜伽……私が開扉しても構わないか、な?」
いつも穏やかな住職だが、その穏やかさが一番怖いと思った瞬間だった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます