第30話 口伝

 祭文……神仏に向けての願文。その宣託を乞う……。

『蓮……神籤を引くか?』

 ……羽矢さん。視覚が戻るのだろうかと心配でならなかった。

 だけど……蓮には何か考えがある。僕は信じていた。


 土埃はいまだ消えず、羽矢さんと回向の姿を隠している。

 空へと浮かび上がった人形は、グルグルと周り、風を起こす。

 その風が余計に土埃を舞わせて、二人の姿を隠し続けていた。

 回向の父親は空を仰ぎ、その様をじっと眺めていた。

 蓮も空を仰ぎ、同じに眺めながら、口を開いた。


「山そのものを神域とし、修禅の場として聖地を開く。この神社があの山に繋げられた意味も納得だ。一山境内……あんたらしいじゃないか。そもそもこの神社には、あの山にあった神木が移されている。道を繋げるには好都合だ。接点があるんだからな。そこから見ても、あんたの力は相当なもののようだ。接点があるからと言って、そう簡単に出来るものじゃない。まあ……回向を見ていて分かったがな。回向の力は羽矢に匹敵する。それでもあいつは全ての力を出してはいない。勿体ぶっているのか知らないが、全く……イラつかせてくれるよ」

 その言葉の後に、蓮の背後から舌打ちが聞こえた。回向だ。

 姿は見えなくても、そこにいるのだから。

 蓮は、舌打ちが聞こえた後方に、ちらりと目を動かしてクスリと笑った。


「ああ……そうだ。呼び名がないと会話が止まりそうだな……」

 そう言った蓮を回向の父親は、横目に見た。だが、言葉を返す素振りはない。

 蓮は、構わず言葉を続けた。


「国の神祇祭祀を司る長官……神祇伯じんぎはく……といったところかな……?」

 探るような目線を向けてニヤリと笑うが、確信を得て口にした事だろう。

 この人は、当主様の近くにいる事が出来る存在なのだから。ましてや神職者だ。国の祭祀に携わっている事に間違いはない。

 それならば、聖王の身体状況に手を加える事など容易い事だろう。

 横目に蓮を見たまま、無言が続いた。

 蓮は、その目線を外す事なく、言葉を待ち続ている。

 目線を外さない事で、問いから逃さないと言っているようだ。



「……冥府の番人にしても、お前にしても……しきをひけらかすようだが、私を止めるにしては随分と回りくどい。それとも、それも考えの一部か?」

「一部? ああ、本当は何も分かっていないから、その行動一つ一つから知識を得て、力に変える、的な、か? そうなると視覚要素は絶対だよな。だが、俺はそれだけじゃない」

「……」

 言葉の代わりに蓮に向けられる冷ややかな目線は、変わる事はない。

 蓮は、そんな目線を鼻で笑って跳ね返す。


「あんた……全てを知る事などあり得ないと思っているだろ。それはそうだよな……秘密が多いのは俺も同じだからな、よく分かる」

 笑みを止める蓮。

 相手を見据える目に、強さが宿る。

「勘違いをして欲しくないから言っておくが。俺は……そもそも止める気など、更々ない」

 はっきりとした口調で言った蓮。回向の父親の目が、ピクリと動いた。明らかに反応を示している。それは怪訝にも思っている事だからだろう。

「言っただろ……開扉したくなるまで、相手だと」

 蓮は、ゆっくりと瞬きをしながら、言葉を続ける。

「俺には、経典も聖典もない。その秘密を……」

 蓮の指が、そっと口元へと動いた。


「口伝えに理解している、『絶対秘術』だ」

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