第29話 調伏

 回向の父親の口から吐き出される言葉は、その時の凄惨さを伝えていた。

 目に浮かぶその光景は、そこにいた者たちの感情さえも、燃やし尽くしていただろう。

 正常な判断さえ、出来ない程に。


「仏の道が開かれ、元々あった神の信仰まで飲み込むようにも、仏の道の広がりは大きいものだった。神仏分離が進むと、験者は寺に属した僧侶となり、廃仏毀釈が起こり始めると、廃寺を免れる為に、寺は神社と名を改め、僧侶は神職者となった。だが……還俗し、神職者になった僧侶は、神職の務めを終えて神社を出れば、密やかにも経を唱える……。二つの道を知る験者、神の道にしてもそれは受け入れ難いものではなかったが、神道を推し進める状況下では、天神地祇と結び付ける事が大きくも要する事だった」

 回向の父親の口調は、とても落ち着いていた。

 その時の光景は、今でも目に焼き付いて離れていない事だろう。思い起こしながら、言葉をゆっくりと吐き出しているようだった。

「……そうだな。だが……仏の道がそれ程までに大きな影響を与えたのも、目に見えての象徴……その尊像があったからだろ」

「ふふ……尊像、か」

 蓮の言葉に回向の父親は、苦笑を漏らすと、言葉を続けた。


「その尊像を否応なしに廃する……尊像だと崇めていたものを容赦なくね……。仏はね……その名を持ったその姿が、一つ一つ存在する。だが神は、その神力がその神の存在を差し示し、そしてその神力は、他の神の神力と結び付けて神号を確立させる。それが人神だ。だが人神は……」


「調伏するんだろ」


 続けようとしていた言葉だったのだろう。

 その言葉を蓮が口にした事に、回向の父親の目つきが変わった。

 きっと、理解など到底出来ないだろうと思っていたはずだ。僅かにも漏れ出た驚きが、その心情を伝えた。

 ……やはりこの人は……。

 蓮は、その表情を見ると、ふっと笑みを漏らした。そして、更に言葉を重ねていく。


「怨念を持った魂は、祟りを鎮める為に宥めて祀り、調伏する……怨念の強さに匹敵する神の力と結び付けるのは調伏する為だ」

 蓮の目線が高宮へと動いた。

 自分へと向いた蓮の目線に、高宮は小さく頷きを見せる。


「 全ては神の一部であり、神の存在無くしては何の存在も成り立たず、一切は神と同一である。これを実存の根源とするならば、神と同一であるという『我』は、神の力をも使う事が出来る……」

 蓮の声が流れる中、高宮の手から弓が蓮へと投げられた。

 蓮は、目線を動かす事なく、弓を掴む。

 高宮から手渡されるように掴んだ弓。だが、そこに矢はない。

 まるでそこに矢があるかのように、蓮の指が矢をつがえるように弦を引いた。

 弾くように引いた弦が、少し重めの音を響かせて鳴く。


 ……矢が……見えるようだった。


 拝殿から本殿へと、その屋根を飛び越えるように。


 四方に弾ける光。

 木々に打ち付けられていた人形が、木から離れて宙に浮いた。

 あの山で無数の符が舞ったように、人形が空を舞って風を起こした。

 蓮は、構えていた弓を下ろすと、回向の父親を振り向いた。

 そして、ニヤリと笑みを漏らすと言った。


「さあ……願いを聞き入れるのは神か仏か……その祭文……宣託を乞おうか」

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