第22話 霊廟

「その答えは……即身成仏だろ」

 羽矢さんの言葉に、回向は目を伏せたまま、小さくも口を開いた。


「……叶わないんだよ。当人がそう望まなければ。望んだとしてもそう上手くなど……」

「だったら全てを明かせばいい」

 回向の言葉を遮って、羽矢さんは自分の言葉を続けた。

 言葉を遮ったのは、回向が口を開きながらも、羽矢さんから目を逸らしたからだろう。

「羽矢……もう少しだけでいい……もう少しだけ……」

 羽矢さんの目が、怒ったような強さを見せた。

 目を伏せたままの回向には、その表情を窺い知る事は出来ないが、声で分かる事だろう。

「もう待たない。俺はそう言ったはずだ。だから……」

 強くも響いた羽矢さんの声に、回向は羽矢さんへと視線を戻した。


 羽矢さんは、本殿へ向き直ると、そっと手を向ける。

「待たねえよ」

 強い口調で響いた羽矢さんの声に、回向の目線が羽矢さんに向いた。

 互いの目線が、互いを離さなかった。


「……分かった」

 回向の返事と同時に、羽矢さんの手が動いた。

 本殿の中で、空気が膨張したように圧力が生まれ、側面の扉までもを開き、中が露わになる。

 圧を掛けてくる空気が風のように流れを作ると、神体である鏡の中で動き回っていた光が一つ飛び出し、僕たちがいる石の間から拝殿へと真っ直ぐに抜けていった。


 羽矢さんは、風に運ばれるように流れて行く光を目で追いながら、こう呟いた。


「ここってさ……権現造りなんだよな」

 羽矢さんの言葉に、蓮が答える。

「まあ……霊廟建築といった訳だな。それが権現造りで建てられたんだ。権現造りは八幡はちまん造りを基に、新たに考えられた造りだ。基となった八幡造りは前殿まえどの後殿うしろどのが平行で繋がっていて、前殿と後殿を繋ぐその間をあいという。権現造りでは、石の間と呼ばれるがな。八幡造りの前殿も後殿も本殿だ。そして……」

 蓮は、クスリと静かに笑みを漏らすと、言葉を続けた。


「昼は前殿に、夜は後殿に神が移動すると言われている」


 蓮がそう言った後、また風が流れ始めた。その風の流れは、拝殿から本殿へと逆に抜けていく。

 開かれた本殿では、側面へと風が左右に流れたが、中央へと戻るように流れが変わり、石の間で合い重なると、また拝殿へと吹き抜けていく。それが幾度となく繰り返されているようだった。そしてその度にまた、一つ一つ光が流れていく。


 一周するように光が本殿へと戻って来ると、神体である鏡の中へと光が戻る。

 鏡の中へと戻った光は、一つの光として纏まっているようだった。

 その様を見つめながら、羽矢さんが口を開く。

「俺から言わせて貰えば、祖霊ってさ……弔い上げが済んでからそう言われるんだよ。弔い上げが済むと、法要は打ち切られ、仏教から離れて一つの先祖霊という単一の存在になり、神となる。そうなるのも、元々の神の信仰があったからだろう。穢れがなくなれば、神と結びつける……か」

「……祀り方次第って訳だ」

 そう答えた回向は、苦笑を見せながら、静かな口調でこう続けた。


「人に害をなした者は……浄界への道など望めない。清浄業処……浄界を処とする阿弥陀如来に縋る事など叶うはずもないんだよ。だから……親父は隠したんだ……」

 回向は、ふうっと長く息をつくと、言葉を続けた。


「そして……折伏する為の化身の力を利用する……まるで……罰を与えるようにな。だが……」

 寂しげに揺れる瞳に、一つに纏まった光が映る。

 言葉を止めたまま、光を見つめる回向は悔しげに歯を噛み締めた。

 羽矢さんの手が回向へと伸びる。


「……羽矢……」

 回向へと伸びた羽矢さんの手が、強引に回向を引き寄せ、後ろから抱き締めた。

「光明遍照……それはお前も俺も同じに持っているものだ。ただお前は……」

 背後から聞こえる羽矢さんの声を聞きながら、回向はそっと目を閉じた。


 羽矢さんは、回向の背後から本殿をじっと見つめていた。

 見えない姿の中にある、見えない姿。


「この世にそれを求めただけだ」


 ……その姿を見ていた。

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