第21話 成仏

「……祓うしか……ないでしょう。目に見えなくとも、現象が起きなくとも、現象が起きると考え、祈祷する……厄祓いというものでしょう」

 高宮は、目を伏せ、大麻おおぬさを持つ手に力を込めながら、そう答えた。

 その心情とは裏腹の答えだと、容易に分かる口調だった。

「厄祓い、ねえ……」

 そんな高宮に目を向けながら羽矢さんは、そう呟いて少し困ったようにも深い溜息をつき、こう言葉を続けた。


「災いが起きれば祟りだと言い、呪われているんだと因を外部に向ける」


 その言葉に、蓮がニヤリと口元を歪めた。

「……成程な」

 そう呟いた蓮に目線を送る羽矢さんは、小さく頷きを見せた。蓮も羽矢さんに頷き返す。

 ……そういえば……回向が言っていた事って……。


『廃仏毀釈を行った者は、その祟りから逃れる為に、人形ひとかたに呪いを向けさせ、己に呪いが降り掛かるのを避けた。それが呪いの神社と言われるようになった理由だ』


 人形にしても、それは依代の一つだ。


「不思議なもんだよな。結果的に、神を通じて仏に何を懇願していると思う?」

 羽矢さんの言葉に、高宮はゆっくりと顔を上げる。

 高宮の目線を羽矢さんは、真っ直ぐに受け止めて、言葉を続けた。


「『成仏』を願っているんだよ。『成仏して下さい』ってな」


 羽矢さんのその言葉に、高宮はハッとした顔を見せた。

 その言葉に衝撃を受けたのだろう。それは僕も同じだった。

 羽矢さんは、ふっと静かに笑みを漏らすと、更に言葉を続けた。

「願いを叶えるのは、神か仏か。正直、俺にはそんな事はどっちだっていい。見えない姿の中にある、見えない姿……それに気づいた時、神も仏もまた…… 一体であると思えるんだろうな」

 そう言った羽矢さんに、回向も共感を得たようだった。

「羽矢……」

 伝えたい事があるのだという事は、その表情でも分かったが、回向は羽矢さんを呼んだだけで、言いづらそうにも口を噤んでいる。

 だが、回向が答えずとも、羽矢さんには既に分かっている事だろう。


「回向……説一切法清浄句門せいっせいほうせいせいくもん。そう口にしていたな。生きとし生けるもの全て、存在も行いもその本性は清浄である……穢れてなどいないって事だ。全ては『我』ではなく、『因』にある。そうだろう? 回向」


 羽矢さんが言ったその言葉は、あの山で回向と共に諷誦したものだった。


『重ねて法を説く。説一切法清浄句門せいっせいほうせいせいくもん 所謂そい


「羽矢……お前は、全てに目を向けているんだな……」

「言っただろう。そもそも俺は『無量』だと。辿り着く答えは一つであっても、『方便』は様々だ。だから知っている。どんな方便を用い、その真理に辿り着くのか、興味があるからな」

「俺だって言っただろう……俺の進む仏の道は、羽矢……お前の進む仏の道と終着点が違う、と」

「回向……お前が進んでいる道だって、全ては救済の為だろう。それが達成されるのは、あの世かこの世か……」

「羽矢……俺は……」

 口を開きながらも、中々素直に表現出来ない回向だったが、羽矢さんはその真意に気づいている。

「その救済の答えは……」

 羽矢さんは、回向と目線を合わせると、はっきりとした口調で答えた。


「即身成仏……だろ」

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