第18話 他界

 最後の依代。


 姿はあれども意は示さず……生も死もない。

 聖王の身体だけがそこにあり、魂がないという事だ。

 国の主である聖王の魂が、全く別の魂と入れ替わったら、地位は変わらず、意が変わる。

 これが……国の中から国を潰すすべ

 意は違えど、聖王自らのその手で行われる。

 止めようとするなら、聖王を殺せとでも言うのだろう。

 そんな事……出来る訳がない。


 神は神を殺す、神殺しが出来る……最後に残った神が最強。

 あの言葉も、この状況に置かれての事だろう。

 人神は、神号を与えられ、神と結びつく事で力を表す事が出来るのだから。

 そして、その最強の神が聖王の身体に宿ったら、聖王こそが最強の神……という事か。



 冥府を後にした僕たちは、高宮がいた神社に向かっていた。

 既に夜を迎えた下界は、月明かりだけがうっすらと辺りを照らしている。


「だから……言ったではないですか」

 神社を前に高宮は、小声でそう呟くと言葉を続けた。


「目に見えないものが何処に行くかなど……分かりはしない……と」

 そう答えた高宮に、蓮が告げる。

「言っただろう。冥府では明らかに分かる事だ」

「……そうですね」

 寂しげに見えた。

 そっと目を伏せて、笑みを見せたその表情が。

 ……消えてしまいそうに、儚く……。


 立ち止まっている僕たちを追い抜き、回向が先に鳥居を抜けて行く。

「……なんで言わねえんだよ」

 先を行く回向に、蓮はそう言った。

 蓮の声に回向は立ち止まったが、振り向きはしなかった。

 蓮は構わず、言葉を続ける。

「お前……必要な魂がなかったと言っていたよな。聖王の魂を探していたんじゃないのか。だからあの場に留まっていた魂を解放したんだろ。神と仏が併存している霊山。あの山は、下界から冥府にも黄泉にも繋がる神域……『他界』に繋がる神域だ」

「……そうだな」

「おい……」

「俺は……自分がしている事が正しいとは思っていない。何を差し出せば自分が有利に傾くか……考えていただけだ」

「違うだろ」

 回向が蓮を振り向いた。


「何を差し出したとしても、お前には謝罪の条件にしかならない。謝罪が出来る為の条件だ。有利になどならない事は、分かっている事だろう。取引じゃない。罪だと認めるという事だ」


 蓮のその言葉に、回向は少し驚いた顔を見せた。

 回向の表情を見る蓮は、ふっと笑った。

「素直な反応だな?」

「……うるせえ」

 揶揄うような蓮の目線に、回向は決まり悪そうに呟き、歩を進めた。


『善の基準が己にしかないならば、本質的な善が分からない事もまた罪である。この世の悪から放たれる事が儚い夢であるのなら、俺は地獄に落ちても構わない』


 ……回向。

 どんなに悩んだ事だろう。

 因が自分の父親にあるというのだから。


 先を行く回向の後を追うように、僕たちも歩を進め始めたが、冥府を後にしてから羽矢さんの口数が減っていた。

 僕は、後ろをゆっくりとついて来る羽矢さんを振り向いた。

 羽矢さんは、難しい顔を見せながら、何か考えている様子だった。

 ……どうしたんだろう。

 蓮と回向の会話にも気に留める事もせずに、ただ、黙って後をゆっくりと歩いている。

 この神社の何処かにあるだろう仏の像を探す為に、また足を踏み入れる事になったが、気が進まないのだろうか。


 夜だけの神の場所……常夜。

 無数の人形は並んだままだ。

 なんら変わりはない。


 手水舎を過ぎれば、水が流れ始める。

 拝殿を前にすれば、灯籠に明かりが灯り始める。


 そして本殿へと辿り着いた僕たちは、異変に気づく。


「おい……」

 蓮は、辺りをあちこち見回す。

 僕たちも同じ行動をとった。


 ……何故……。


 蓮の言葉に不穏を感じた。


「……羽矢は……何処だ?」

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