第19話 多神

「羽矢は……何処だ?」


 後ろを歩いていたはずの羽矢さんの姿がない。

 一体、いつ何処でいなくなってしまったのだろう。

 なんだか何かを深く考えているようだった。

 何かに気づいて、一人で探しに行ってしまったのだろうか……。


 羽矢さんがいないと気づいた後、カーンカーンと釘を木に打ち付ける音が響き始める。


「高宮……お前じゃないよな?」

「……ええ、私ではありません。もうあなた方に強制する必要もありませんし……」

「そう……だよな……回向」

「……ああ」

 高宮の言葉に蓮は、回向と共に本殿に近づいた。

 本殿を開こうと蓮と回向が手を伸ばすと同時に、バンッと音を響かせて格子が外れた。

「痛っ……!」

 勢いよく外れた格子が、蓮にぶつかった。

「蓮……!」

 僕は、蓮へと駆け寄る。

「血が……」

「たいした事はない……大丈夫だ」

 蓮は、頬から流れる血を拭った。

「紫条……」

 回向の声が、不穏な状況を訴えている。

 僕たちは回向の視線を追った。


 格子が外れて開かれた本殿。

 本殿には神が祀られているが、それは神が宿るとされる神体だ。


『神社の数を減らす神社整理が行われて複数の祭神も一つに合祀され……』

『合祀された結果、廃された神は祟る……その姿も現せるものもなく、宿る依代さえない……』


「一体……どれ程の……」

 驚きを露わにする蓮の声。

「退いて下さい」

 高宮が僕たちを押し退けて前へと出る。

「おい、高宮っ!」

「紫条さん、あなただって、分かっている事でしょう? そもそも本殿は、拝殿と違い、人を入れる事を想定していません。ですから大抵は、拝殿より本殿の方が造りは小さい……神が宿れる依代を置く処……神を祀る場所なのですから、この中でどうこう出来はしませんよ。それに……依代となるものは一つであっても、神が一つとは限りません」

 高宮は、そう言いながら大麻おおぬさを手にした。

「馬鹿な……だからといって祓うというのか? お前……それこそ……」

「何故、私があなた方を敵視するような事をしたと思っているんですか。そもそも、あなた方と対峙した時、総代が何故、現れたと思っているんです? ただ単にあなた方を助けに来た訳ではありませんよ」

 大麻おおぬさを持つ手に力を込め、高宮は本殿の中を見据える。

 本殿の中には神体となる鏡があり、何に反射している訳でもなく、妙な光が鏡の中で暴れるように動いていた。

「あの山と繋がっているんだ……そんな事は分かっている。だが……あの山にある依代とは違い、本殿の神体は祭神だ。それを今更祓うなどと……」


「だから神殺しなんだろ」


 緊迫した状況の中で流れる声に振り向いた。

「羽矢……! お前、何処に行っていたんだよ?」

「ああ、悪い、蓮。ちょっと、な……」

「何がちょっと、だ。何も言わずに消えんじゃねえ」

「あれ? 蓮、お前、顔……あー……やっちゃったか……つーか避けろよ」

 羽矢さんは、独り言のようにブツブツと呟き、気まずそうな様子で苦笑した。

「……羽矢……」

 蓮は、苛立った顔を見せ、羽矢さんを睨む。

「お前かよ」

「うん? 何が?」

 にっこりと笑って答える羽矢さんに、蓮は苛立った様子で舌打ちした。

「惚けるんじゃねえ。お前、何かやってきたな?」

「はは。夜だけの神……常夜、ねえ……それ程までに神が集まっているって事だろ?」

 蓮の言葉に羽矢さんは、意味ありげにクスリと笑うと、僕たちの間を抜けて、本殿の前に立つと言った。



「入り切らねえんだよ。集まり過ぎちまってな」

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