第28話 単一

「紫条 蓮……あんたの父親である総代の近くに……俺の親父がいる」


 回向のその言葉にも、蓮は冷静だった。

 

 羽矢さんは言っていた。阿弥陀如来の化身は一つじゃない、と。

 思想の違い、何を信じるかは人それぞれで。

 高宮が言った言葉は、真実を突きつけていた。


『呪殺にしても、その者が悪であるなら、その願いは善になるのではないですか? 己が募らせた思いを叶える術を持っているのなら、己がその術を使う事は公平であると言えますか? そして、その術がどのように作用しようとも、力ある者がその力を封じる事は公平でしょうか。そもそも、神の力を欲したのは国であり、何の為にその力を欲したのか……』


 僕は、高宮へと視線を向けた。

 僕の視線に気づく高宮と目線が重なる。

 小さくも頷きを見せた高宮に、真意を見る。

 だから……。


『それならばお望み通り、神の力を使い、神の力になる為の命を注げばいい』


 高宮が言っていた事は……まさしくその『意向』なんだ。


 そして……その意向を持った者が、当主様の近くにいる……。

 国の中から国を潰す、その術を知っているなんて聞いたら、心配ないと伝えられていても、やはり当主様が心配になる。

「蓮……当主様が……」

「……ああ」

 蓮は、ふうっと長い息をつくと、回向に言う。

「だから……協力を願い出たのか」

 蓮の言葉に回向は頷く。

「……ああ。他に繋げられる道がないだろう。国の中になど、どうやって入り込む。入り込んだとしたって、親父が俺の言葉に耳を貸すとは思えない。それに……そんな思惑を持ちながら、何故、総代の近くにいる事が出来る。それがもう、闇だろう」

「そもそもが『単一たんいつ』だからだろう。だからそれを盾とし、国の中にいて、総代の近くにいる事が出来るんだろ」

 羽矢さんがそう言うと、回向は苦笑する。

「羽矢……お前には分かっているんだな」

「それは、俺がお前を知っているからだ、回向」

 羽矢さんの強くも響く言葉と目線が、回向の目線を逃さなかった。

「総代が協力を拒んだのは、お前の事を考えているからだ。正直、俺はお前の父親が国を潰せるという術を持っているとしても、総代に敵うとは思えない。その総代の力をお前が頼った事がお前の父親が知れば、余計に悪化するんじゃないのか。総代だって役人である前に、父親なんだ。総代はその父親としての考えで動いているはず。お前の父親が総代の近くにいるのは、総代が近くにいるようにさせたからだろう。その『単一』がお前の父親に罪を作らせない予防線にしたはずだからな」

「それは思惑を隠す為だけの偽りだ。いずれ明らかになる」

「それでもそれは同一視されるものだと知っているだろ、回向。お前なら」

 重ねられる羽矢さんの言葉を聞きながら、回向は再度、土を払い除け続け、仏の像を掘り起こした。

 然程、大きくはなかったが、その坐像姿の仏の像は宝冠や瓔珞ようらくといった、豪華な装身具を身につけていた。

 それは、仏の像と言うには華美だが、それも理由あっての事だ。


 単一……。

 神は多数いても構わない、だが、この上ない神はたった一つであるという事。

 それは国家神道に於けるものだ。


 蓮は、頂上を見上げ、少しの間、無言になった。蓮の目線を追うように、僕も頂上へと視線を向けた。

 羽矢さんと回向が、僕たちに並ぶ。そして、同じように頂上を見上げた。

 蓮は、頂上へと目線を向けたまま、口を開く。

「正体を隠した化身……か」

 そう答えると蓮は、掘り起こされた仏の像に近づき、仏の像についている土をそっと払って言った。


「中心ね……成程。験者ならではだな……大日如来だいにちにょらい……か」

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