第9話 神域
高宮が河原にいたというのにも、この泉と河原が繋げられているとでもいう事なのだろうか。
冥府と黄泉は、死者が向かう場所という事では同じではあるが……。
僕は、辺りを見回す。
まるで……森の中にいるみたいだ。
ボンッと破裂するような鈍い音がした。その音が聞こえた方を振り向く。
泉が水を噴き上げ、雫が天に広がったかと思うと、
天に張り巡らせたように広がった人形は落ちずに留まり、闇を作るように下にいる僕たちに影を落とした。
羽矢さんは大鎌を構え、天を切る。
閃光が走ると、バラバラと人形が落ちてきた。
切り開かれた人形から、うっすらとした青白い光が浮かんでいる。
青白い光は次第に人形から離れて、辺りを浮遊し始めた。
これは……。
人形を依代に魂を……。
羽矢さんは屈むと、そっと人形に触れた。
「河原と泉が繋げられたというなら……これは冥府から奪われた魂か……」
そう言うと羽矢さんは指を弾き、使い魔を呼ぶ。
大蛇の形を作った羽矢さんの使い魔が、辺りをぐるりと周り、全ての魂を飲み込んだ。
「だからといって、ここに留まらせるだけとは考え
「そんな事は分かっていた事だろ、羽矢。わざわざ冥府から魂を奪うくらいだからな」
「……ああ、まあな」
羽矢さんが再度、指を弾くと、魂を飲み込んだ使い魔は、泉の中へと潜っていった。
「使い魔が冥府に辿り着いたと同時に、道を塞ぐ。だが……既に下界に逃げた魂もあるはずだ」
「……そうだろうな」
「蓮。分かっているだろう?」
「ああ、羽矢」
泉の先へと僕たちは歩を進めた。
そこには洞窟があった。
洞窟を前にする僕たちは、先の見えない暗闇をじっと見据える。
「蓮。俺は俺の道を行く。お前は……」
「ああ。俺は俺の道を行く」
「じゃあ、蓮。行くぞ」
「ああ。依、行こう」
「はい」
僕たちは、洞窟の中へと入った。
洞窟に入り、少し行くと道が二つに分かれている。
「じゃあな、蓮、依」
「ああ、羽矢」
僕と蓮は、迷う事なく右へと進み、羽矢さんは左へと進んだ。
あの山に登った時、頂上に辿り着く道は二つに分かれていた。右へと進もうとした蓮。それを止めようとした僕は、滑落した。
蓮は、気づいたからこそ、右に進もうとしたのかもしれない。
『俺が進もうとした道は端境。神域と冥府を分ける空間領域だ。あの先へと進めば神域の先に冥府がある』
神域の先に冥府がある……。
神域の……先。
高宮の神社は、呪いの神社と呼ばれる、夜だけの神の場所、常夜。それは神域でもあり、常夜の中には黄泉があると言われている。
そしてその黄泉は、冥府に繋げられていた。
「……蓮。一つ……聞いてもいいですか」
「お前が俺を止めなかったら、お前が落ちる事がなかったら、俺はその道を進んだかって事か?」
暗い洞窟の中を進みながら蓮は、そう僕に言った。
「はい」
洞窟の出口が見えてくると蓮は、僕の背中に手を回し、同時に出ようと伝えた。
「そうだな……」
蓮は、問いの答えを口にし始めながら、僕と同時に洞窟から出た。
「進んだよ、依」
「……そう……ですか」
蓮の言葉に少し寂しさを感じたが、蓮が決めた事を僕が止めていい訳がない。
そんな僕の様子に気づかないはずもなく、クスリと笑う蓮は、強い力で僕を引き寄せると、背後から僕を抱き締めた。
「蓮……?」
背後から抱き締められている僕に、蓮の表情は見えなかったが、僕より背の高い蓮の声が僕へと注がれた。
「俺が何処に進もうと、お前はついて来ると……信じていたからな。そして……」
蓮の右手が動くと、前方を指差した。
「お前には絶対に渡さない……」
翳った月が顔を出し、その姿を浮かび上がらせた。
「高宮 右京」
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