第3話 主従

「だから……秘密なんてものはない」

 高宮を睨む蓮は、はっきりとした口調でそう言った。


 秘密なんてものはない。

 その言葉が僕の胸に強く響いた。その言葉が、僕の盾になるように、僕の抱えた不安を消していってくれるようだった。


「そうですか……それは残念……今一度、秘密を作りたくもなりますが……」

 高宮は、笠を外し、ゆっくりと瞬きをした。

「時を待つと致しましょう」

 そう言いながら見せるその目は、強くも見開かれ、勝ち誇った表情に見える。


「化身に眷属……ね。お前の思想は神仏混淆にあるという事か」

 言いながら羽矢さんは、袖を振ると腕を高く上げ、その手に大鎌を握った。

「神は仏の化身……本地垂迹ほんじすいじゃくを言うならば、仏でも神でもそこにあるのは救済だろう。垂迹とは、その文字の通りあとを垂れるという意味だ」

「救済、ですか。藤兼さん……それは当然、苦しみからの解放という事になるのでしょう? それならば私は、神としてのその役割を十分、果たしていると思いませんか?」

「呪いの神社が、か?」

 羽矢さんの鋭い目線が、高宮へと向く。

「怨念は苦しみから生まれるものですからね……」

「……噛み合わねえな」

「それは当然でしょう、藤兼さん……私とあなたは、道が違うのですから」

「だったら何故、神司であるお前がこの冥府にいる? 輪廻転生の概念はないだろう。その道に進みながら、神仏混淆を口にする……理解出来ねえな」

 羽矢さんの問いに高宮は、答えるのを待っていたとばかりに笑みを見せて答えた。


「それはどうでしょうか。そもそも、神仏混淆というものは仏の道から神の道を解釈したものであり、両部神道の理論です。仏が主で、神が従……それが本地垂迹ではないですか。ですが、神が主で仏が従、反本地垂迹が神道の優位を示し、その思想に傾いた結果が廃仏毀釈なのではないですか?」

「……成程。その境地を変えるという訳か」

「藤兼さん……やはりあなたとは気が合いそうですね」

 高宮の言葉に羽矢さんは、目を伏せるとふっと笑みを漏らした。


 そして羽矢さんは、高宮に目線を戻すと同時に大鎌を振った。

「合わねえよっ!」

 河が大きく波を立て、高宮が乗る舟を揺らした。

 ザブンと音を立てて、舟が転覆する。

「羽矢っ……! 上だ!」

「任せろっ!」

 羽矢さんの手が動くと、大きく波を打った河の水が大蛇の形を作る。

 その大蛇が、上へと高く飛び上がった高宮を捕まえようと口を開くが、高宮は容易に擦り抜け、羽矢さんへと向かう。

 羽矢さんは、高宮を捕らえようと大鎌を構えた。

 蓮の足がスッと地を蹴る。

 重くも重圧を掛ける風が、僕を押し退けた。

 風に押される僕を、羽矢さんが支える。


 高宮を捕らえたのは蓮だった。

 仰向けに倒れた高宮の上に、蓮が抑え込むように乗っていた。


「神が主で仏が従……じゃあ……」

 高宮を抑え込む蓮の手に力が入ったのが分かった。

 僕を支えながら羽矢さんは、深い溜息を漏らした。

 蓮が高宮に問う言葉は、その境界を曖昧にもする抜け道になっていたのだろう。

 閻王の言葉が聞こえるようだった。


『藤兼、お前のところからはここまで迷わずに来るが、何処ぞの導きであろう、河原で消える者がいる。我にせよ、河原を渡すべきでない者を渡しはせぬが、手を下す前に消えている。何か知らぬか』


「お前に従う『寺院』は何処だ?」

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