第25話 呪詛

「この代償……きっちり払って貰うぞ」

 羽矢さんの言葉に神司は、嘲笑するかのようにクスリと笑った。

「代償……ですか。それを言うなら私の領域に入ったあなた方にも、そう言えるという事ですよね」

「河原がお前の領域だと言い張るつもりなら、残念だな……俺はもう河原に立ち入りが出来るんだよ。勿論、この二人もな」


『お前の後ろにいる者……お前の一存で我が前に来るとは、我との関わりを持たせるとの事か』

『閻王……冥府の番人の名において、境界の隙間を見逃す訳にはいかない。それが務めとあらば、関わりは必然』


 ……羽矢さんは、まるで先が見えているみたいだ。


「では……藤兼さん、この神社に足を踏み入れたというのは……どうなのですか」

「ふん……この神社は、参拝客を選ぶのか?」


 羽矢さんって……凄い人だ。


『なあ……蓮。何を信じるかってさ……自由だよな。何処の神社だろうが寺院だろうが間口は広い。誰も……勿論俺も、ここに来いとは強制などしない。勝手にって言ったらなんだけど、いつの間にか檀信徒が増えていくんだよ』


 確かに何処の神社でも寺院でも、中に入る事が出来る。

 信じていようが、信じていまいが、分ける事なく、間口は広い。


 そして……この神社には、怨念を強く感じさせる。まるで……集めているみたいに、大きく膨らんでいくようだ。木の幹に打ちつけられた人形ひとかたがそう伝えていた。


『怨霊信仰も裏を返せば、悪霊崇拝だ。そうなれば当然、意向は一致する。なにせ、怨霊と言われているくらいだからな。それを祓うのも陰陽師のお役目だろうが、そもそもが怨念を鎮める為に祀るものだろう』


 羽矢さんが言葉にしていた事が、全て先読みしていたからだという事が分かった。

 閻王が一目置く程の存在……冥府の番人、そして死神……。だけど本来の顔は僧侶だ。

 蓮がふっと静かに笑みを漏らした。羽矢さんを見る蓮の表情は、誇らしげで、羽矢さんを信頼している表れだ。

 互いに言いたい事を言い合って、皮肉になっても、それでも互いにその言葉を受け止めている。


 羽矢さんと神司の目線が一線に重なった。


 神司を捕らえている羽矢さんの使い魔が、まるで神司を飲み込もうとするように口を大きく開けた。

 それでも神司は動じる事など全くなく、羽矢さんと目線を合わせたまま、口を開いた。


「神仏混淆……神と仏の境界が出来ても、冥府自体が神仏混淆の名を残しているではないですか。だからこそ全ての界に繋がり、全ての界に立ち入る事が出来る……紫条 流……彼が自身の領域において神仏混淆の名を残しているのは、神よりも仏よりも尊き存在を下界に作り上げたという事でしょうか。それならば……」

 神司の目つきが変わった。


「祓ってみせて頂きましょうか……」


 神司の思惑を察した羽矢さんの指が動き、使い魔が神司を飲み込もうとする。

 だけど、きっと蓮も羽矢さんも気づいていた事だろう。

 神司の本当の姿が何処にあるのかを……。


 使い魔が神司を飲み込もうとする瞬間に、神司の姿がそこから消えると、格子の外れた本殿の中から無数の人形ひとかたが飛び出してきた。

 ……この人形……。


 どれ程の怨念を集めたというのか……。

 蓮と羽矢さんの舌打ちが聞こえる中、僕は地に落ち広がった人形を一つ手に取った。

 手にした人形には釘が刺さっている。


「……僕……ですか」


 その人形には僕の名が書かれていた。

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