第24話 侵害

 羽矢さんの使い魔に体を締め付けられて、神司が僕たちの前に姿を見せた。


「鬼のお出ましだ」

 蓮は、口元を歪ませて笑みを見せると、そう言った。


「……鬼……ですか」

 頭を垂れていた神司だったが、そう答えると顔を上げた。

 拘束された状態だというのに、見せる目に怯んだ様子は見られなかった。

「……中々に鋭い目をお持ちの事で。流石は総代と呼ばれる方の御子息です」

 神司は、ゆっくりと瞬きをすると、蓮に目線をじっと向けた。

 蓮の直ぐ側にいる僕まで、その目線に絡め取られているようだ。

 クスリと意味ありげにも見せる笑みが、僕をぞっとさせた。

 神司の言葉が続く。

「それなら河原に私がいても、何の疑問もないでしょう。私を鬼だと言うのなら、認めたと同じ……鬼は閻王が手を下す際の代理だという事を、です」

 神司の言葉に、羽矢さんが返す。

「代理だと? 閻王の許諾なく手を掛ける事が、認められる訳がないだろう」

「河原は私の領域……そこに立ち入る者は、私の裁量次第だと……そう思いますが。言うならば私は、河原の番人ですよ。藤兼さん……あなただって私と同じではないですか」

 神司の言葉に、羽矢さんは苛立った顔を見せて、蓮を振り向いた。

 蓮は、羽矢さんの肩をポンと叩く。

「ほら、な? 同じようなもんだって」

「蓮……お前な……」

 蓮と羽矢さんのやりとりに、神司はクスクスと笑った。


 ……なんで……こんなにも平然としていられるのだろう。

 羽矢さんの使い魔に身を拘束された状態で、不利であるというのに……。

 神司……河原の番人……鬼……。おに。


 うっすらと笑みを湛えながら、神司が羽矢さんに言う。

「冥府の番人……藤兼 羽矢。別名、死神。あなたが狩った魂は、六道の何処にも行く事はなく、浄界へと向かう。仏の道を進んでいるだけある訳です……だからあなたは、河原に領域を持つ必要がないのですよ」


「……蓮」

 僕は、小さな声で蓮を呼ぶと、掴んでいる衣をそっと引いた。

「……そこにないものをあるとは言えないんでしたよね」

「……ああ」

「『おに』は、隠れるという字の『おぬ』から変化したものだと言われています。つまり……」

「姿の見えないもの……か」

 蓮の言葉に僕は頷いた。

「はい」

 霊園で見掛けた時、消えたようにその姿は見えなくなっていた。

 そしてこの神社が、呪いの神社と言われている神社だと言うなら、ここにあるのは怨念だ。

 怨念は苦から生まれる闇のようなもの。怨念も初めからそこにあった訳ではない。

 僕の頭の中で、様々な言葉が繋がりを見つけていく。

 夜だけの神の場所、常夜。

 それに……羽矢さんが閻王に言っていたあの言葉……。


『閻王……河原は奈落を含める三悪道に繋がる処。それは俺の領域外と知って訊ねられるか。それでも口にする事が可ならば、意見する』


『閻王の裁きは三十五日目。それが最後の裁きというが、裁きは七日ごと……道が決まる四十九日までにはざん二つ。四十二日目、変成王へんじょうおう、四十九日目、泰山王たいざんおうの在は如何に。その為の地蔵菩薩では』


『地獄に仏』

 だから……当主様と羽矢さんは……。


 変成王は弥勒菩薩、泰山王は薬師如来の姿を持つ。

 浄界へと導く仏だ。


 羽矢さんが手を神司へと向けた。

「浄界は俺の領域だ。お前は、俺の領域に立ち入った事になる。この代償……きっちり払って貰うぞ」


 何処からか吹き抜ける風が、羽矢さんの着ている黒衣をバサリと揺らした。

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