第7話 領域

「冥府の番人、藤兼 羽矢。別名、死神。その門を開けてくれ」


 蓮の言葉に彼は真顔になったが、少しすると表情を緩めた。


 冷ややかな表情と穏やかな表情。

 真逆の表情を見せる事に、二つの顔があると証明する。

「その呼び名で呼ばれたら、お前に手を貸さない訳にはいかないか。神は仏の化身……そう言われるのも無理はない。仏の道を進んでいても、そうやって交差するんだからな……」

 静かな笑みを見せる羽矢さんだったが、その目の奥には冷たさを秘めている。

 仏は祟らないが、神は祟る……。

 それは生きている中での己の行いを、生を持って裁かれる、そういう意味も含まれている事だろう。

 神仏混淆は、人の手によって分離されたが、その名残りは人の中にも残っている。いや……人の中に残っているから、互いが交差しようとも、存在を否定する事は出来ないんだ。

 穏やかな風貌に秘められた、真を見据える冷ややかな瞳が、その事を物語るようだった。


「それで? 門を開けるはいいが、どうするつもりだ? 俺にだって立ち入れるところと、立ち入れないところの境界は決められている。事の次第によっては、連れ帰る事が出来なくなるぞ」

 羽矢さんは、蓮の真意を問うように、蓮の目の奥を覗くような目を見せた。

「馬鹿言うな。それを連れ帰るのがお前の役目だろ」

「蓮……お前ね……俺を破門にする気か?」

「はは。心にもない事を言うな。これだけの堂を持つ寺院の御子息が、抜け道を知らないとは思えないな?」

「はは。神仏混淆を残す紫条家の、しかも総代の御子息が何を言う? 門派を問わず、全ての神社、寺院に立ち入りが出来る総代様だぞ。俺たちは頭が上がりませんよ」

「じゃあ、どんな事があろうとも、嫌とは言えないよな?」

「うわ……お前、最悪。そこでその力を使うか?」

「持っている力を最大限に使わないのは、道理に反する」

「ふうん……? それならそれ相応の対価を要求しようかな。リスクを背負うのが俺だけじゃ、お前も思い切れないだろう? 身を切るなら、共に切ろうぜ」

 ニヤリと企みを含めた笑みを見せる彼に、蓮は眉を顰める。


「依」


 羽矢さんが僕を呼ぶのと同時に、腕を掴まれる。

「え……?」

 彼が強引に僕を引き寄せると、背後から捕まえるように腕を絡めた。

 バサリと羽矢さんの衣が目の前で翻る。


 ……衣の色が……変わっていく。


 遮られた視界が開けると、蓮を向かい合わせに見た。


「……」


 蓮は、無言で僕と羽矢さんを見ていた。


 蓮……怒ってる……?

 だけど……なんか……少し違う。


 少しの間、無言で僕たちの方を見ていた蓮が、目を伏せるとふうっと息をついた。

 そして、目線を羽矢さんに向けると、静かな口調で口を開いた。


「黒衣を纏う死神は、対価以上を要求する……もし無事に戻る事が出来ないならば、お前も道連れだ。いいな? 羽矢」

「勿論、承知だ」

「……絶対に……離すなよ」

「……分かっている」

 蓮……羽矢さん……?


 冷たい風が頬を掠めていく。

 風が強さを増すと、カンと鐘の鳴るような音が聞こえた。


「蓮……ここからは俺の領域だ。お前の全てを俺が預かる」

「ああ……頼む、羽矢」


 吹き抜ける風と羽矢さんのその言葉で、門が開けられたのだと分かった。

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