第6話 死神

 僕の反応を楽しむかのようにクスリと笑った蓮だったが、顔に触れる手を解く時に見えた真剣な目を、僕は見逃していなかった。

 ……蓮……僕の中に……何か見た……?

 僕がそう感じたのにも理由があった。

 気怠さを感じていた僕の体が、スッと軽くなったからだ。

 蓮は、僕から離れると、部屋を出て行く。

「外で待っている」

「はい。直ぐに行きます」


 着替えを終えて、蓮の元へと向かった。

「蓮……お待たせ……しました……」

 空を仰ぐ蓮。

 流れゆく緩やかな風は、木々の葉を包み込んで、蓮に纏うようだった。

 蓮のその姿に、僕の目が惹きつけられる。

 ……まるで……この空間全てを従えているみたいだ。


 僕の声に、蓮はゆっくりと振り向いた。

「行こう、依」

「はい」

 蓮の歩く速度に合わせて、蓮の少し後を歩く。

 敷地を出て、歩を進める先には、家々が建ち並んでいる。

 擦れ違う人たちと挨拶を交わしながら、更に歩を進め、辿り着いた先は寺院だ。

 本堂へと向かう僕たち。本堂に辿り着くと、僕たちを迎えるように立っている男がいた。


「蓮。悪いね、急に呼び出したりして」

「いや。俺もお前に話があったから、ちょうど良かったよ」

「……ああ、例の事か」

「まあな」

「俺もその事について話したかったんだ」

 蓮と少し会話を交わす彼の目線が僕に向く。

「依、お前も一緒か。お前、ガキの頃と顔、あんまり変わんねえな」

「それ……褒め言葉ですか? 羽矢はやさん」

「はは。お前と会うのは久しぶりだからな」

「そうですね。ですが……昨年、一度お会いしていますよ」

「勿論、覚えてる」

 彼は、そう答えてニヤリと笑った。

 藤兼ふじがね 羽矢。僕たちは子供の頃から互いを知っている。この寺院の息子である彼は、立場的に蓮と同じだ。

 だからこそ分かり合えるのだろう。

「あれ? 依、お前、なんか……」

「え……? 僕に何か……」

 羽矢さんの手が僕へと伸びる。

 その手が僕に触れる前に、蓮が彼の手を止めた。


「触れるな。祟るぞ」


 ……祟る……って。

 何故、僕がと、呆気に取られる僕。

 蓮のその言葉に彼が笑い出した。

「悪い、悪い。なんか、あまりにも無防備だからさ、つい揶揄からかいたくなる。……それにしても、祟るってな……本尊目の前にしてそう言えるのは、お前だけだぞ、蓮」

「ふん……寺でも『みくじ』を置くが、それは宣託も同じだろう。神の籤で『神籤みくじ』だ」

「蓮……お前ね……知っていて言ってるよな? だから平仮名で書いてんだろうが。漢字で書くなら、うちは御の籤で御籤みくじだ。それにしてもお前、それ、たとえでもなんでもねえぞ……依の意向とか言うなよな? あ、もしかして蓮、お前の意向か?」

 彼の言葉に、蓮の言葉が頭に浮かんだ。


『仏は祟らないが、神は祟る』

『それは……僕が嫉妬するとでも……?』


 蓮の意向……蓮が嫉妬するって事……?


「黙れ」

 蓮が羽矢さんを睨む。

「はいはい。じゃあ、真面目な話に戻ろうか。ちょっとこっちに来てくれ」

 歩き始める彼に、僕たちはついて行く。


 この寺院も相当な広さだ。

 彼が僕たちを案内した場所は、幾つもあった堂の中の一つだが、この堂は新しい。

 蓮も僕も気づいていた。


「蓮……総代は何を考えている? 神仏の完全分離を納得した訳ではないだろう?」

 彼が言う総代とは、蓮の父親の事だ。

 蓮は、堂に近づき、堂の中をじっと見つめていた。


 暫くの間、堂の中を見ていた蓮。蓮は、目線を変える事なく、ゆっくりとした口調で言った。


「……そんな話じゃない。ここに託す理由があったんだ」

「理由? おい……まさかそれって……」

「羽矢……連れて行ってくれないか」

「おい……蓮……それは……」

「お前にしか頼めないだろう? だから……頼む……」


 蓮の目が強く彼を見る。そして、続けた蓮の言葉に、彼は真顔になった。


「冥府の番人、藤兼 羽矢。別名『死神』その門を開けてくれ」

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