精治家ぺぺ ①
「キモ……」
俺の話を聞いた女騎士は、汚物でも見るような視線を俺に向けた。
「それで、その後にあなたの家に行って、風呂場でオナ……風呂に入っていたところ、突然気を失って、気がつけばあの小屋のなかにいたと? ふざけないでください。そのような創作で煙に巻けば、スパイ疑惑が晴れるとでも思っているのですか? 異世界から来たなどと、信じられるわけがありません」
そう言われても、事実なのだから仕方がない。もう何度も同じ話をした。これ以上、何を喋れと言うのだ。もう終わりにしてくれ。のどはカラカラだし、腹もぐぅぐぅと鳴っている。
俺が連行された部屋は、いわゆる尋問部屋だった。薄暗く殺風景な部屋の中心には机が置かれ、俺と女騎士が向かい合って座っている。ひとつだけある出入り口の付近にはさらに4人の女が立っており、逃げるスキなどは微塵もない。ちなみに、目隠しとボールギャグは外されたが、両腕は背もたれの後ろに縛られたままだ。
「あなたはあの空飛ぶ鉄の部屋をつかって、城内に入り込みました。その目的は、アイモの捕虜に何か
「……アイモって、何ですか?」
直後、女騎士が俺の髪をわしづかみにして、グイと引き寄せた。けっこう痛いが、痛がる気力ももはや残されていない。
「とぼけるならもっとマシな嘘をつくのですね。いい加減にしないと、そのふくらませる前のヨーヨーのごときものを、ちょん切りますよ」
(マスター、声を発さず聞いてください。この世界には、エドスとアイモというふたつの大国があり、両者は常に戦争状態です。今我々がいるのはエドスで、どうやらマスターはアイモのスパイだと疑われているようです)
ふーん。しかしその情報を得たところで、この場は1ミリも好転しない。
「……もういいです」
そう言うと、女騎士は俺の髪から手を離した。それから、彼女と俺の間にあった机を、おもむろに真横から蹴った。蹴った、というよりも、薙ぎ払った、と言ったほうが正しいかもしれない。机は壁まで吹っ飛んでいき、「ズドンッ!」と大砲でも放たれたかのような轟音とともにバラバラになった。それを見て、それまではうなだれていた俺も、さすがに背筋を伸ばす。
「散々手間をかけた挙げ句、得たのはつまらない変態の創作話とは。これでは
女騎士は大剣を両手に持ち、高く振り上げた。
「すべて、なかったことにいたしましょう」
そうか。ようやく終わるのか。
そう思い、俺は静かに目をつむった。
どうしてだろう。自分でも不思議なくらいに落ち着いている。たぶんアレだ。最後に
あーあ。どうしてこんなことになってしまったんだろう。俺はただ、潤子に喜んで欲しくて、必死でオナニーをしていただけなのに。まさか射精とともに身体が動かなくなってしまうとは。それで溺れて死ぬなんて、一体、俺の身に何が――。
ん?
ってかそもそも、仮に何らかの発作で身体が動かなくなったとして、それだけで死ぬなんておかしくないか? だってあのとき、あの場には潤子がいたはずだよな。潤子は俺を助けてくれなかったのか? お湯のなかから大の男を担ぎ出すのが難しかったにせよ、お湯の栓を抜いてくれるだけで俺が溺れ死ぬことはなかったのでは? まさか、期待していたより俺のオナニーが地味すぎて、がっかりして見殺しにしたのか? いや、変な女ではあったが、非情な印象はなかった。ではいったい、なぜ――。
「さようなら」
そう言うと、女騎士は大剣を振り下ろした。
「待ちたまえ!」
声と同時に、大剣が俺の太もものあいだを通り抜け、「ドガッ」と地面に突き刺さった。
俺の全身から汗が吹き出す。俺のチンコがもういくばくか左曲がりだったなら、真っ二つになっていたことだろう。エクスカウパーも、震える瞳に涙をたたえて俺を見上げている。
「ほっ……間に合ったようだな」
部屋中の視線が、俺のチンコから声の主へと移る。
「ペ、ぺぺさま。いかがなされましたか」
うろたえた様子で女騎士が言う。その視線の先にいるのは、今まさに扉を開いて部屋に入ってきた――ソムリエだった。
そう。あれはたぶん、ソムリエだ。
何を言ってるかわからんだろうが、とにかくソムリエなのだ。白いシャツに、黒い蝶ネクタイ。同じく黒いチョッキに、腰から膝まで伸びる黒いエプロン。右手にはワイングラスが持たれており、肘から90度に曲がった左手には白いナプキンがかけられている。背中に羽織ったトリコロールのマントを除けば、それは俺のイメージするソムリエそのものだった。
一瞬の静寂のあと、何やら女たちがコソコソと会話をはじめた。
「……ぺぺさまって、あの
察するに、このソムリエはとてもエラいらしい。それは女騎士の反応を見ても明らかだ。そして、確かにものすごい美人だ。くっきりとした顔立ちに、スラッとした長身。カールのかかった長い黒髪は、ポニーテールにまとめてある。全身から大人の女性の魅力が放たれており、かわいいと言うよりはかっこいい。
「あなたも頭を下げなさい!」
そう言うと、女騎士は俺の頭をわしづかみにして、椅子ごと地面に叩きつけた。痛い。めっちゃ痛い。顎が割れそう。
「やめたまえ!」
ソムリエの一言に、女騎士は慌ててひざまづく。
「はっ! い、いやしかし」
戸惑う女騎士をよそに、ソムリエは俺の前まで歩いてきた。それから地面に膝をつき、椅子ごとつっぷす俺の身を起こした。さらに、手にしていたナプキンで、俺の顎からにじむ血を拭った。一連の動作のあいだにも、ワイングラスは不思議と彼女の手から離れていない。
「この者たちが大変な失礼をしてしまい、お詫び申し上げる。私はぺぺ。この国の精治家だ。して、君の名は?」
「……お、俺は、
俺が答えると、ぺぺは微笑み、さきほどまで女騎士が座っていた椅子に腰掛けた。
(マスター。さっき、この
(ああ。政治家だとか言っていったな)
("精治家"です。博士から聞いたことがあります。この世界において、マラルの流通や生産をコントロールすることは、国家運営にとって最重要課題。そのことが転じて、国を治める最高権力者のことを、"精治家"と呼ぶようになったと……)
そう呼ばれる側の気持ちを聞いてみたいが、そんなこと今はどうでもいい。とにかく、このソムリエが最高権力者なのだとすれば、俺に対する害意のない態度から鑑みるに、この状況をなんとかしてくれるかもしれないではないか。
(この叉神のマラル量は計り知れません。私は今までに、このような途方も無いマラル量を持つ叉神を、見たことがありません)
エクスカウパーの声色から、このソムリエがいかにヤバい存在なのかが伺える。しかし、警戒心とともにその姿を見直すも、見た目はただの美人ソムリエでしかない。
「それでは、ムッシュ皺袋」
ぺぺと俺は椅子に座って対峙している。そのほかの女たちは、ひざまづいたまま、固唾を飲んで俺たちを見守っている。女騎士の睨むような視線からは、何かあれば斬り殺さんばかりに俺の一挙手一投足を注視しているのがわかる。
「さあ、まずはこう言わせてくれ。ようこそ、
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