チンコを握りし者

 俺は俺を連行する女たちを横目に見ていた。


 先頭を歩くのは、さきほどの女騎士だ。彼女はどこからどう見ても洋風なのだが、残りの三方を囲む女たちはどちらかと言うと和風だ。戦国時代の侍のような兜と肩当てをまとってはいるが、胸はさらしを巻いているだけだし、ミニスカートみたいな腰巻きからは太ももがあらわになっていて、薄暗い牢獄のなかでもその白さがまぶしく映る。


 アニメやマンガでしか見たことのないその煽情的な格好に興奮したいところなのだが、


「さっさと歩け変態! そのちっせえチンコ、すりつぶすぞ!」


 などとのたまっており、無防備にさらされた俺のチンコは勃起するどころか、見ていてかわいそうなくらいに小さく縮こまっている。


(おいエクスカウパー。この状況、大丈夫なのか?)

(かなりまずいですね)

「ま、マジかよ!」


 思わず声を大きくすると、先頭の女騎士が足を止めた。ご機嫌を損ねてしまったのは明らかで、眉間に皺を寄せ、俺の股間を大剣で指し示した。


「あなたのようなスパイは、生きて外に出ることなどできません。あなたがこれから味わう苦しみを思うと、ここで死んだほうがあなたのためかもしれませんね」


 剣先が俺のチンコに触れ、俺の足がガタガタと震える。


「……次はないと思ってください」


 そう言うと、女剣士は再び背を向けて歩き出した。


(マスター。大丈夫ですか?)

(あ、ああ。縮み上がりすぎて内臓まで引っ込むかと思ったがな。それよりあの女騎士、なんかめっちゃ怖いこと言ってたけど。ここから出れないとか何とか)

(どうやらマスターにはスパイ疑惑がかかっているようですね。スパイは良くて終身刑。普通なら死刑です)

(ちょ、マジかよ。くそやべえじゃねえか)

(そうなんです。しかし逃げようにも逃げられません。あの女騎士はかなり高位の叉神さがみです。下手に騒いでも瞬殺されるでしょう)

(あの女騎士も叉神なんだな。ってことはあの女騎士も精子を……なんて考えてる場合じゃねえ! な、なにか打つ手はないのかよ。おまえの使命は俺を守ることなんだろ!?)

(うーむ、困りましたね。こうなったら、いちかばちか――)


 そしてエクスカウパーは、何やら神妙な面持ちで、言った。


(私の精剣せいけんとしてのちからを使ってみましょう)


 聖剣としての、ちから……?


("精剣"です。詳しく説明している時間はありません。マスター、まずは私を握ってください)

(は?)

(さあ、私を握るのです)


 握るって、どこを? いや、聞かずともわかる。エクスカウパーを構成しているであろう物体のなかで、「握る」と表現できそうなものはひとつ――否、"一本"しかない。それでも念のため確認しておくか。いや、その必要もなさそうだ。俺を見るエクスカウパーの瞳からは「私を信じろ」と言わんばかりの強い意思が伝わってくる。


 俺は「ゴクリ」と唾を飲み、チンコを握った。


(……で、これからどうするんだ?)

(引き抜くのです)

(は?)

(スポンッと、いっちゃいましょう)

(て、てめぇ――)


「そんなの無理に決まってんだろうが!」


 あ、やべ――。


 そう思ったときには、すでに手遅れだった。女騎士が足を止め、再びこちらに振り返った。それから俺の股間に視線を落とすと、どういうわけか、表情を引きつらせた。


「あ、あなたは、なんてふてぶてしい変態なのですか。よもやこんな状況で、オ、オナ……」


 俺は慌ててチンコから手を離した。


「い、いえいえいえいえ! 決してそういう意図ではなく」

「黙りなさい! 誰か、この変態の両腕を縛ってください! あと、さっきからぶつぶつうるさいから、ボールギャグでも噛ませておいてください。それに、なめまわすような視線がキモすぎます。速やかに目隠しを」


 事態は急激に悪化した。俺はもはや「フガフガ」としか喋れないブタと化した。目隠しをされ、首輪を繋がれ、よちよちと歩く情けないブタ。


(……すいません。タイミングを考えるべきでした)


 エクスカウパーが悲壮な声で言う。


(……えーと、この状況から逃げ出すチャンスなんて、あると思う?)


 しかし、エクスカウパーは答えない。


 ん? どした?


(その……本当に、すいません……)


 もしかして、打つ手なし?


 あ、そう。


 つまり俺の異世界生活は、一生牢獄の中ってことか。ユートピアを目前にしているというのに、マラルを放出することすらなく、ここで力尽きて死ぬわけか。


 マジか。マジか。マジかマジかマジか。


 最悪だ……。前世でオナニーの最中に死んだってだけでも十分な仕打ちだと言うのに、死体を蹴るとはまさにこのことだ。あれ、ちょっと上手いこと言った? なーんちゃって、グスン……もう……あんまりだ……俺がナニしたっていうんだ……。


 ふと、俺の脳裏に、俺のしょうもない人生が走馬灯のように映し出されはじめた。


 あれ、もうそんな展開? 一応、まだ生きてるんですけど。


 いやー、それにしても最悪な人生だったな。良い場面がひとつもない。異世界に転生してもこのざまだ。もう救いようがない。


 いやー、せめて、一生のうちに、あれだ。あれがしたかった。


 せめて……せめて――。


 セックスがしてみたかったああぁぁぁぁ!


 せっかくドスケベな異世界に転生したのに。ここから出られたら、そのチャンスだってあったはずなのに。でも、出られないんじゃあどうしようもない。ああ、こんなことなら、生前に貯金してた10万円で高級ソープにでも行っておけばよかった。童貞卒業は好きな人と、なんて似合わないポリシーなんて捨てさればよかった。どうせシコるしか能のない俺に、そんなチャンスなんて――。


 いや、あった。


 そうだ。いちどだけあったじゃないか。


 それも、記憶のなかではつい最近に。


 彼女の名は、相模さがみスレスキン潤子じゅんこ


 今までに出会ったことのない、とびきりのいい女だった。そんないい女が、俺の部屋に来て、風呂場で俺のオナニーを見ていた。うまくいけば、その後はきっとベッドで――。


 く……く……くっっっっそぉぉぉぉぉぉぉ!!!!


 悶絶していることが女騎士に気取られないように、俺は自分を落ち着かせようと努めた。しかし、いちど瓦解してしまった未練は急速に膨張していき、俺の脳裏には、風呂場で死を迎えるまでの数時間、潤子と出会い過ごした記憶が克明に映し出されていくのだった――。

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